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no new folk studio/Makers Boot Campインタビュー

AI搭載のスマートフットウェアでno new folk studioが目指す「Makerが成功する社会」とは

音と連動してソールが光るスマートシューズ「Orphe」を開発したno new folk studio(以下、nnf)。現在は足の動きを解析するスマートシューズプラットフォーム「ORPHE TRACK」の開発を進めている。

1つ目のプロダクトで実現できなかったことに向き合い、さまざまな実験を重ねて行き着いたというORPHE TRACK。2019年2月には2億5000万円の資金調達を済ませ、創業以来拠点としていたDMM.make AKIBAから、スポーツ分野のスタートアップが利用するシェアオフィスに移転した。またアシックスや三菱UFJ信託銀行と開発段階から提携し、開発規模も創業時よりも大きなスケールになった。

インタビューの中で「スタートアップにとって、ファンタジーな時代は終わった」と語ったnnf共同創業者でCEOの菊川裕也氏。彼が見据えているものを通じて、新たな成長を目指すハードウェアスタートアップの今を取材した。(撮影:荻原楽太郎)

最初のプロダクトを世に出した喜びと、予想外のいら立ち

nnfにとって最初のプロダクトであるOrphe。AKB48やジャスティン・ビーバーなど、さまざまなアーティストが使用し、エンターテインメント業界でnnfの名を広めることに成功した。 (写真は2015年取材時のもの。撮影:加藤甫) nnfにとって最初のプロダクトであるOrphe。AKB48やジャスティン・ビーバーなど、さまざまなアーティストが使用し、エンターテインメント業界でnnfの名を広めることに成功した。 (写真は2015年取材時のもの。撮影:加藤甫)

nnfは2015年にフルカラーLEDを搭載したソールが光るスニーカー「Orphe」を発表。クラウドファンディングでの資金調達にも成功し、翌年には一般発売を開始した。それ以降、さまざまなファッションブランドとのコラボレーションモデルが発売された。また、Orpheの開発で培った技術をアイドルやアーティストのライブパフォーマンスに応用するなど、エンターテインメントの世界でも華々しいキャリアを積んでいた。
そんなnnfが次のプロダクトとして発表したのはエンターテインメント向けではなく、スポーツ向けに開発された「ORPHE TRACK」だった。

ORPHE TRACKはソールの中にセンサーモジュールを搭載し、リアルタイムに収集した足の動きのデータを機械学習で分析し、ランニングフォームや健康状態をアドバイスする。特定の靴向けのセンサーではなく、さまざまなメーカーの靴に搭載できることを目指していることから、靴ではなくプラットフォームと位置づけている。

アシックスとの共同開発によるORPHE TRACK対応シューズ。1000足を生産して、一般のユーザーに配布した。 アシックスとの共同開発によるORPHE TRACK対応シューズ。1000足を生産して、一般のユーザーに配布した。

ORPHE TRACKの構想はOrpheのアイデア段階から既に存在していた。そもそもOrpheはパフォーマーに新たな演出を盛り込むだけのために開発されたわけではなく、靴を使った「入力と出力」のプラットフォームという構想の下で開発した製品だった。菊川氏は初期の構想段階からスポーツ市場だけでなく、さまざまな分野への応用を想定しながら、最初のプロダクトを完成させるべく奔走した。苦労の甲斐もあり、Orpheは製品化に成功。センシング技術とLEDによる演出はプロのパフォーマーを納得させる出来で、さまざまなパフォーマーが着用するなど素晴らしい成功を収めたように見えた。

しかし、さまざまな分野に応用できるセンシングプラットフォームとしてのOrpheを理解する人は少ないことに、菊川氏は課題を感じていた。

「Orpheが持っている『靴がスマートになる』という可能性に対して、『光る靴』という狭いイメージでしか受け取ってもらえなかった」(菊川氏)

そこからnnfは、Orpheが持つ可能性を生かした次のプロダクトを模索すべく、さまざまな実験を行った。Orpheを活用したスポーツを開発するハッカソンを開催したり、Orpheをリハビリの現場で使ってもらったりといった実証実験も行った。また、大手自動車部品サプライヤーのデンソーと共同で、散歩用のアプリと専用のサンダルを開発するなど、大企業との連携の経験も積んだ。

こうして自分たち以外の企業や個人のリソースを積極的に取り入れながらトライアルの結果を積み重ねることで、nnfはスマートフットウェアでしかできないこと、そしてそれを実現するためのプロダクトのアイデアを研ぎ澄ませていった。

自分たちの強みと優位性を再定義すべく、さまざまな検証を行った結果、ORPHE TRACKに行き着いたと語る菊川氏。 自分たちの強みと優位性を再定義すべく、さまざまな検証を行った結果、ORPHE TRACKに行き着いたと語る菊川氏。

「その結果が着地や足の動きといった、靴でしかセンシングできないデータが取得できるというところに自分たちの強みを定め、データ収集できるプラットフォームをパッケージ化して、いろんな靴メーカーに使ってもらおうと製品という形に落とし込んだのがORPHE TRACKです」(菊川氏)

ORPHE TRACKの開発に進む手前でnnfには2つの道があったという。一つはエンターテインメントの世界にフォーカスして、Orpheのような新しい演出装置となるようなものを開発するという道。もう一つはORPHE TRACKのように靴にフォーカスして、エンターテイメントとは異なる方向に進む道。菊川氏は「日常に張り付いて、ひとの生活を変えられるポテンシャルがある」後者を選んだ。

ランニングをデータ化できるIoTプラットフォーム「ORPHE TRACK」

ORPHE TRACKは靴のソールの中に埋め込む専用のセンサーモジュール「ORPHE CORE」で、ユーザーの足の動きをリアルタイムで収集、解析する。ORPHE COREには6軸モーションセンサー、気圧センサー、振動モーターと、マイクロコンピューターを内蔵、収集されたデータは機械学習で処理され、ランニングフォームのコーチングや健康状態のアドバイスを提供する。これまで専用の設備がないと実現できなかった足の動きのデータ収集と分析を、一般の市民ランナーでも利用できるようにしたプラットフォームだ。

ORPHE TRACKの開発はnnfに出資するVCのMakers Boot Campがサポートしている。電機メーカー出身のプロジェクトマネージャー二上範之氏はnnfのCTO金井隆晴氏を陰から支えている。

「工場や提携する企業とスタートアップの通訳+αが私達の役割。伝統的な製造業とスタートアップとの間には、さまざまな溝があります。その際に両者の考えを通訳するだけでなく、お互いの溝の埋め方や着地点を見出すための助言やサポートを行っています。とはいえ、最終的に決めるのは菊川さんや金井さん自身です」(二上氏)

Makers Boot Campでプロジェクトマネージャーとしてハードウェアスタートアップの試作開発支援に携わる二上範之氏。Orphe開発時からnnfをサポートしている。 Makers Boot Campでプロジェクトマネージャーとしてハードウェアスタートアップの試作開発支援に携わる二上範之氏。Orphe開発時からnnfをサポートしている。

ORPHE TRACKに連携する靴の開発にあたって、nnfはアシックスと提携。2018年11月には1000足の試作品を使ってデータ収集を開始した。資金面や生産体制で制約の多いスタートアップだけでは1000個単位の試作品を量産してPoC(概念実証)を進めることは難しいが、靴はアシックス、センサーとプログラムはnnfというように互いの得意領域に注力することが協業のメリットと言えるだろう。

データ活用の面でも大企業との提携を果たした。三菱UFJ信託銀行が進めるデータ管理プラットフォームの実証実験に参加している。これはユーザー自身がデータを銀行に預け、自分のデータを企業に提供することで対価を得られるという新たなサービスで、「情報の銀行」とも言える取り組みだ。

スタートアップを使ったほうが大企業にとってはリーズナブル

スタートアップと大企業が提携することの意義を菊川氏はどのように見ているのか。

「大企業にとっては自社だけで新しいことを始めるよりも、スタートアップを利用したほうがリーズナブルだしリスクも少ない。ただ、僕らも自分たちにしかできないこと、スタートアップじゃないとできないことが分かっているので、自分たちに特別な存在だと思わないし、かといって自分たちに価値がないとも思わない。今のタイミングであれば、僕らにしかできないことが確実にあると思っているので、それを徹底的にやりきるという姿勢です」(菊川氏)

nnfよりもはるか以前から、大手靴メーカーがセンサーを内蔵した靴を研究していたことは想像に難くない。これはnnfに限ったことではなく、多くのスタートアップ発の製品は大手メーカーでも一度は検討されたり、基礎技術を研究していたりしたものであるケースは少なくない。企業規模が大きくなればなるほど、革新的な製品や新しい市場を創造することが難しくなる——いわゆる「イノベーションのジレンマ」があるからこそ、多くの大企業がスタートアップとの協業を模索しているとも言える。

スタートアップだからこそできることを突き詰めることが、大企業との共同開発において重要なことだと語る両氏。

大企業との開発において、スタートアップが注力しなければいけないことは自らの得意分野へのフォーカスと意思決定の早さを維持することだ。

「不確定要素が多い状況の中で投資して、世の中にプロダクトを出して、責任を取るということが大きな企業ほど難しい。でも、僕らのようなスタートアップはそういう状況下でも判断して行動できる。ORPHE TRACKを見て『大企業じゃ作れないんですか』と言われることが未だにあるけど、作れることと世の中に出せることは別だということが、大企業と一緒にやっているとよく分かります。大企業とスタートアップの違いは、不確定要素が多い状況でも作りきれるか否かの違いしかないんです」(菊川氏)

「スタートアップのプロダクトを大企業では作れないんですかと言われたら、『作れますよ』という答えになる。でも、スタートアップの強みは大企業の担当者や決裁者ではできない判断をしてやりきること。大企業と横並びのガチンコ勝負になる前に先に出して、成功したら次へ行くという気概で突き進むことが重要です。

一方でスタートアップから品質基準や品質管理について聞かれるのですが、大手と全く戦力が違うスタートアップが同じ品質を目指すことは難しい。であれば、できないことは無理せず割り切って、できるところに頼む。スタートアップは自分たちが本来勝負すべきところに集中しないと戦えません」(二上氏)

変化の曲線と質が変わるのがスタートアップ

nnfは元陸上競技選手の為末大氏が運営するスポーツ分野のスタートアップ向けオフィスを拠点にしている。為末氏はアスリートの視点からORPHE TRACKの開発にも助言している nnfは元陸上競技選手の為末大氏が運営するスポーツ分野のスタートアップ向けオフィスを拠点にしている。為末氏はアスリートの視点からORPHE TRACKの開発にも助言している

1つ目のプロダクトを出した経験と、そこから得られたものを基に新たな製品開発に注力するnnf。開発段階からの大企業との連携に加え、社員や開発パートナーも増えつつある中、創業メンバーの働き方や意識は変化しているのだろうか。

「成長していくフェーズで役割が変わっている自覚があります。自分たちのプロダクトを使う人、使い続けている人が増えていくなかで社会に対しての義務も変わっていく。CEOというポジションにいると、その変化に敏感になるしパーソナリティーを変えるぐらい自分自身も変化していかなければならないと思います。その上で社員やパートナーの皆さんに、変化をどう感じてもらい、ついてきてもらうかということを今は考えています」(菊川氏)

2〜3人のチームから、ある程度の人数を抱える組織になろうとした際に必要なのは意思決定の分業を明文化することだと、さまざまなスタートアップを支援してきた立場から二上氏は説く。

「この範囲までは君が決めていいということを上に立つ人が言わないと、お互いがお互いを期待してるのに何も決まらないみたいな状況が生まれる。スピードが命のスタートアップで、お互いの責任範囲が分からないために減速してしまうのは非常にもったいない。企業でいうと職務規定で定義するようなことですが、スタートアップには規定を作る時間がありません。従って、CEOが失敗しても自分がカバーできるか否かを瞬時に判断して、『君に任せた』と言うべきだと思います。もちろん、カバーできないような話であれば、CEOが判断すべきですが、タスクが増える中でメンバーの裁量を明確にして、ナビゲーションに努めることも組織で成長するために必要なCEOの仕事だと思います」(二上氏)

スタートアップが大企業と連携する際に、お互いの得意領域に注力することが重要であると同時に、スタートアップの内部でも創業者が全て判断し、メンバーを牽引するのではなく、組織として判断を分業化する環境作りが必要なタイミングがやってくる。
その際に忘れてはならないのは、ルールや仕組みを作ることが目的ではなく、変化し続ける成長曲線に対応してスピードを落とさないことが目的であるべきだと菊川氏と二上氏は語った。

Makerからスタートアップとして成功することを証明したい

首都大学東京大学院在学中にハードウェアコンテスト「GUGEN」で受賞したことをきっかけにスタートアップへの道を選んだ菊川氏。3人での創業を経て、大企業との提携による開発と環境は大きく変わった。しかし、自身の出自はMakerであるという意識は強く、だからこそ世の中に必要とされるものを生み出したいという意欲は強い。

「Makerとして製品化への憧れを抱きながら、自分が考えたものを世に出せたのがOrpheだとすると、世の中の役に立ちたい、世界に必要とされるものを出したいというのが今やっていることだと思います」(菊川氏)

Orpheを発表してから現在に至る4年間で、スタートアップに求められることも変化したと感じているという。

「僕らがOrpheを作っていた頃はクラウドファンディングで目新しいガジェットが出たら、そこにお金が集まって量産できたら皆で喜ぶみたいな、ハードウェアスタートアップにとってはファンタジーな時代だったけど、今はそういうことは求められていない。むしろMakerからスタートアップになってもうけを出している例って少ないと思うんです。それをなんとかしたいな思っているし、2020年のオリンピックまでには自信を持って形にできている状態にしたい」(菊川氏)

IoT分野のプロダクトは販売による売り上げだけでなく、収集したデータを活用したビジネスを展開することで新たな収益を生みだせるという特徴がある。現在、nnfが三菱UFJ信託銀行と進めようとしている「情報の銀行」化は、メーカーや情報を収集・保持する企業だけでなく、自身の利用データを提供するユーザーも利益が得られるという点で、IoTによるデータ流通の新たな市場が生まれる可能性がある。

「IoTで取得したデータを使った新しい市場を作るためのパーツはそろったと思っています。あとは皆がやるべきことをやれば、次のフェーズに進める。Orpheを出して、何がしたいか分からない期間がしばらくありました。実際に靴も生産できているし、次の展開が決めきれないという状況のなかで、Orpheをいろんな方向に拡散させた中から、いろいろと試してみて、コアコンピタンス(中核となる強み)を設定したら、それ以外は一度捨てて次の開発に進めたのが良かった。譲れないところが決まると、他の企業とのコラボレーションもしやすくなって、結果的には大きな提携にも結びついたと思います」(菊川氏)

ORPHE TRACKは現在、実証実験で得られたデータ分析や、ユーザーからのフィードバックを基に改良を重ねていて、2019年前半の製品化を目指している。

自身でも<a href= 自身でもPodcastでスタートアップ関係者との座談会を配信するなど、ビジョンを伝えることが自分の役割だと語る菊川氏。

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