ニューノーマルを切り拓く人たち
町工場の声から生まれたAI——製造業を支えるスタートアップを目指すロビット
新型コロナウイルス感染拡大に伴い、それまでできていたことが滞り、変革が否応なしに求められている。しかし、見方を変えればテクノロジーで課題を解決しようとしているスタートアップやMakerが必要とされている時期だとも言える。
そこでfabcrossでは、コロナウイルス以降の社会で活躍するスタートアップやMakerの取り組みをシリーズで紹介していく。1回目に取り上げるのは、コンシューマー製品の開発を経て製造業をAIで救うサービスを開発したロビットだ。現在、力を注いでいるAIソリューション「TESRAY(テスレイ)」誕生の背景や、新型コロナウイルス以降の環境変化についてロビットCEO兼CTOの新井雅海氏にオンラインで話を聞いた。
量産の現場で見た職人の苦労から誕生したAI
スマートフォンと連動し、自動でカーテンを開閉する「mornin’」を2016年に発売したロビット。これまでの出荷台数は5万台を超える。ハードウェアスタートアップとして次のプロダクトに期待が集まる中、製造業の課題を解決するAIソリューションに軸足を移した。
きっかけはmornin’の発売前、量産でやりとりしていた関東近県の町工場からの相談だった。mornin’の一部の部品の仕入れは海外に委託しているが、量産はほぼ国内企業で行っている。それら委託先の町工場とのやりとりの中で、多くの工場が後継者不足や社員の高齢化に悩んでいること、それ故に職人の勘や経験に頼っている作業を、いかに自動化するかが喫緊の課題であることが分かった。ロビットのメンバーは彼らが抱える悩みを聞くにつれ、製造した製品の外観検査であれば、自分たちのバックグラウンドである機械学習や画像解析を生かして課題解決ができるかもしれないと考えた。
ロビットには、画像処理の研究を専攻していたメンバーがいた。新井氏自身も半導体最大手のインテル在籍時に、ソフトウェアエンジニアとして機械学習エンジンの開発に携わっていたことから、mornin’の生産と並行して外観検査に特化したAI開発に着手した。
「まずは市販のWebカメラや秋葉原で売られているようなLEDライトを買いました。工場には不良品のサンプルを捨てずに残しておいてもらい、社内に撮影ブースを組んで検証していきました」
まだ検証の段階とはいえ、当時はロビットとして最初の製品であるmornin’量産の真っただ中。2つのプロジェクトを並行して進める余裕は無かったはずだ。それでも開発を進めたのは、間近で見ていた町工場の苦しい状況を知っていたからだ。
「70歳を過ぎても仕事をしていながら後継ぎがいない町工場の人たちを間近で見ていて、時間の猶予は無いと思っていました」
mornin’の開発段階から親身にアドバイスしたり、自分たちの意図を酌んで高い技術力でサポートしたりしてくれた町工場の経営者——彼らがこぼす「困っている」という言葉の重みと深刻さを深く理解していた新井氏らに迷いは無かった。
その後、mornin’を2016年に販売開始しヒット商品となる。会社の経営も軌道に乗ったタイミングで本格的にAI開発に集中した。これまで取引のあった町工場での検証に加え、2017年には愛知県豊田市による「製造業とベンチャー企業のマッチング事業」に参画し、自動車部品メーカーの外観検査にもAIを応用した。
町工場がスタートアップを育てる
ロビットが最初に発表したmornin’は一般消費者や個人向けの製品だが、製造業向けのAIは法人向けのサービスだ。個人向けの製品と法人向けのビジネスではプロダクトの作り方だけでなく、売り方、ビジネスモデルなど、あらゆる面で勝手が違う。
フィールドを個人向けから法人向けに変えるに当たって、町工場の協力があったからこそ、良いサービスが開発できたと新井氏は胸を張る。
「24時間365日動いている業界も多いので、製品に求められる信頼性や考え方が個人向けの製品とは異なります。1個当たりの単価を抑えてたくさん売る個人向けのビジネスモデルとは対極の世界なので、どのように信頼性を担保するのかには苦心しました。そうした中で、mornin’の量産でお世話になった町工場の人たちには随分助けていただきました。設計のノウハウだけでなく、どういった評価を受ければ法人は買う気になるのか、トラブルが起きたときの産業機器の業界における対処方法など、具体的かつ的確なアドバイスをもらえたことが大きな財産になっています」
mornin’でも町工場の職人たちからアドバイスを受けながら製品化にこぎ着けた。このときの関係がロビットの次の開発にもつながった。
「もともと私はものづくりを楽しみながらやっていく性格で、泥くさいことも好んでやる姿勢で町工場の方とやりとりしていました。もちろん、知識面では自分たちのほうが不足しているので、現場で勉強させてもらいながら落としどころを決めていくスタンスでやっていました」
ロビットのメンバーたちの人柄や開発に対する熱意もあり、彼らの取り組みを町工場から町工場へと紹介してもらえるようになったという。大企業のような資本のないスタートアップを商売仲間に紹介するということは、町工場の経営者にとってもリスクがあったはずだと新井氏は振り返る。しかし、そうしたつながりができたのは、町工場の経営者らに認めてもらえる何かがあったからだろう。
実証実験と開発を繰り返した末、ロビットはこの外観検査AIソリューションを「TESRAY」と名付け、2018年2月にリリースした。自動車の部品検査では検出する難易度が高いとされる50µm以下の傷を±10µmの精度で推定し、かつ検出精度99%を達成した。また、製造業だけでなく農作物の傷や虫食いなどの外観検査に使われる事例も生まれているという。新井氏はmornin’に次ぐビジネスとしてTESRAYに期待を寄せる。
「現在はセミオーダーメイドのような形で顧客からの要件に合わせて開発する方式ですが、それではスケールしないので汎用性の高い形にしていきたいと思います。そのための研究開発も並行して進めています」
AI頼りになることが、AI化を阻む
少子高齢化による後継者不足に悩む日本の製造業では、AIの活用や生産設備のデジタル化など、DX(デジタルトランスフォーメーション)が喫緊の課題といわれている。しかし、諸外国と比較して日本ではDXの対応が遅れているという指摘もある。
ロビットが注力している製造業向けのAIも、これまで職人の勘と経験に頼っていた作業をデジタル化することで、製造業が抱える課題を解決しようとしている。ロビットがTESRAYをリリースする前から、画像認識と機械学習を組み合わせたソリューションはさまざまな企業が開発していたが、精度が低く正常な製品も不良品と見なす過検出を出すなどのトラブルも少なくない。
こうしたことが起きる要因として、新井氏はAIベンダー側の製造業に対する理解度が低いことを挙げる。
「例えば、お客さん(発注者)が撮ったNGサンプルの写真データを読み込ませて学習する際にトラブルが起こりがちです。実際に検査する現場と違う環境で撮影されたサンプル写真は、学習データとしては適切ではないのです。現場で正しく異常を検知するためには、撮影環境やハードウェアのスペックを検証することが重要で、AIだけで解決しようとしてうまくいかないケースが多いようです」
ロビットでは撮影するためのハードウェアや撮影環境などを入念に検証し、AIだけに頼らない仕組みを重視しているという。効率だけを重視すれば、どのケースでも対応できるようなプログラムやAIの開発を重視する方向に行きがちだ。しかし、それではうまく機能しない実態が浮き彫りになった状況においては、ハードウェア部分のアプローチから最適解を求めるロビットが今後どのような成果を挙げるか注目すべきだろう。
新型コロナウイルスという向かい風を追い風に変える
新型コロナウイルスの流行によって、製造業の動きはスローダウンしているようにも見える。ロビットもmornin’では一部の部品の調達に苦戦するなどの影響を受けているが、前もって部品や材料の調達を進めていたことが功を奏し、現状では「だいたいなんとかなっている状況で、最近も増産を開始したばかり」だという。一方で、TESRAYは製造業に限らず、需給が逼迫している幅広い業界メーカーからの受注や相談が多いという。
「余力がある企業ほど事業の継続性を真剣に考えるタイミングに来ています。リモートでも機能するよう省人化や自動化を進める流れはロビットにとっては追い風です」
省人化・自動化の流れは不可逆だとして、現在も増産を続けるmornin’と並行してTESRAYを大きく育てたいと意気込む。
「世の中にないソリューションをソフトウェアとハードウェアを組み合わせて、簡単で使いやすい形で提供するアプローチはmornin’で培ったものです。現在は開発のリソース配分をTESRAY中心にしていますが、外観検査AIにとどまらず製造業を支える新しい仕組みをどんどんやっていきたいと思います」
(クレジットの無い写真は、いずれもロビットが提供)
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