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ニューノーマルを切り拓く人たち

3Dプリンター製フェイスシールドが証明したメイカームーブメントの果実

3D PRINT FACE SHIELDで配布されている3Dデータの一部と、実際の着用例(写真提供:燕三条メイカーズサポートネットワーク・小林直樹氏)

新型コロナウイルスが猛威を振るう中、マスクや消毒液が手に入りづらい状況が続いている。とりわけ医療現場における防護具不足は深刻だ。マスクやガウン、フェイスシールドなどの防護具は感染者に対応する医療従事者だけでなく、検査前の感染者や無症状感染者と接触するリスクのある一般病院でも必要だ。また、高齢者向け介護施設や密室状態の店舗/施設での集団感染も心配されているように、病院以外での需要も高い。

こうした状況下で、飛沫感染を防ぐフェイスシールドを3Dプリンターとクリアファイルで自作する動きが活発だ。企業が製造し、販売ないしは無償で提供するケースもあれば、医師など利用者自らが3Dプリンターを導入するケースもある。また、3Dプリンターを所有する個人や法人がフェイスシールドを3Dプリントし、地元の医療機関に寄付する動きもSNSなどでシェアされている。

安価な3Dプリンターがメイカームーブメントと共に登場した際、「必要とする人に向けて、必要なときに、必要な量を作る」という理想論があったが、それを実現する流れが起きている。こうした活動に貢献する人たちは、どういった現状を直視しているのか。医療現場から誕生したフェイスシールドを有志で無償配布するコミュニティ「3D PRINT FACE SHIELD」の運営に携わる、デジタルアルティザンの原雄司氏と小野正晴氏に話を聞いた。

今すぐ必要としている人に、直接届ける自作フェイスシールド

阪大フェイスシールドを3Dプリントして、市販のクリアファイルを留めたもの。(写真提供:デジタルアルティザン) 阪大フェイスシールドを3Dプリントして、市販のクリアファイルを留めたもの。(写真提供:デジタルアルティザン)

フェイスシールドは顔全体を覆い、着用者の目や顔を飛沫から守る防護具だ。医療現場では感染リスクの高い現場において使用されることが多い。

新型コロナウイルス感染の世界的な拡大によって医療用フェイスシールドの需要が高まり、必要な医療現場に十分に行き渡らない状況が続いている。この現状を憂慮した中島清一氏(大阪大学大学院医学系研究科特任教授)が中心となり、フェイスシールドのフレーム部分の3Dデータ(通称:阪大フェイスシールド)を2020年4月3日に公開した。

改良版フェイスシールドの使い方やプロジェクトの主旨を説明する中島氏

大型3Dプリンターや全身撮影可能なスキャナーを開発するデジタルアルティザンの代表である原氏に中島氏から電話があったのは、その公開から数日後だという。フェイスシールドの3Dデータを必要な人に行き渡るようにしたいという相談を受けた原氏は中島氏に呼びかけによって後日に開催されたオンラインミーティングに、デジタルアルティザンのメンバー数名と共に参加した。。そこでフェイスシールドが全ての医療現場行き渡っていない現状を、デジタルアルティザンのメンバーと共に初めて知る。

「フェイスシールドのフレームを量産したいが、予想以上に時間がかかる。今、医療現場は逼迫している中でどうしたらいいだろうかという相談でした。私もそのときに初めてフェイスシールドが枯渇している状況と、新型コロナウイルス感染者の治療に従事している医療関係者だけでなく、一般病棟でも必要とされていること、そして政府や大企業による大量生産・大量調達では行き届かない現場があることを知り、危機感を覚えました」(原氏)

中島氏は3Dデータを大阪大学内のサーバーで公開したが、全国からアクセスが集中してサーバーがダウンし、データの流通にも問題を抱えていた。

「それだけ反応があるのであれば、量産に向けてデータを改良していくためにも、幅広くいろいろな方からの参加を募ると同時に、情報を拡散と共有がしやすいSNSを活用しませんかという提案をしました。ミーティングに参加していたデジタルアルティザンのメンバーである小野がFacebook上にグループを作ってくれて、まずはコアメンバーを招待して土台作りから始めたのが4月13日でした」(原氏)

Facebookで運用されている「3D PRINT FACE SHIELD」グループ Facebookで運用されている「3D PRINT FACE SHIELD」グループ

Facebookグループの立ち上げから数日後に一般公開すると、1週間足らずで参加者は500人を超えた。5月28日現在ではメンバーは1000人を超えている。日々、日本各地の医療関係者からのリクエストに3Dプリンターユーザーが対応し、これまでに1カ月間で配布したフェイスシールドは両氏が把握している範囲だけでも2000点を超えるという。

支援するのは3Dプリンターユーザーだけではない。フェイスシールドの配達や3Dプリント後のバリ取りなどの後加工を地域の企業がサポートするケースも生まれている。また、文具メーカーのキングジムが中島氏らにフェイスシールド用のクリアファイルを無償提供するなど、「医療というライフラインを自分たちのできることで守る」というグループの主旨に賛同する輪は有機的に広がっている。

「ググレカス」と上から目線コメントの禁止

Facebookグループを立ち上げる上で、関係者間でいくつかの取り決めがなされた。1つ目は、参加するハードルを下げること。初心者にも丁寧に接し、間口を広げることに注力した。

「そのために、初心者に対して丁寧に接することができ、ものづくりが好きで、こういうときに使命感を持って協力してくれる人をまず招待し、コアメンバーとして活躍いただいています。マニアックなコミュニティにありがちな上から目線のコメントや、『ググってから来い』みたいな対応はせず、どんな人でも受け入れるスタンスでスタートしました」(原氏)

また、ボランティアや善意の活動というよりは、医療という社会的なリソースを守るための行為というスタンスで参加することを呼び掛けた。それを短期的なものに終わらせないためにも実績を競ったり本業を犠牲にして取り組んだりするのではなく、各々の生活に支障を来さない範囲で参加してほしいという、いわば「おすそ分け」のような形での参加を促した。

そして公開されたデータは無償配布を前提とし、データの改良・改変は可能としたが、有償での頒布・販売は控えるようにお願いした。途中、この方針に対して異議を唱えるメンバーもいたが、「あくまでも地域の医療機関を守るための活動であり、自分たちの生活を守るための行動」だと訴えた。

無償にこだわったのには法令面の理由がある。有料で販売するとなると、製造物に欠陥が生じた場合の責任を製造者自身が負うPL法(製造物責任法)が適用される。コミュニティが提供したデータを善意でプリントして配布するメンバーに、過度な責任を負わせてはいけないと関係者は考えた。

デジタルアルティザン代表の原雄司氏(左)と同社3Dディレクターの小野正晴氏(右)。今回の取材はオンラインで実施した デジタルアルティザン代表の原雄司氏(左)と同社3Dディレクターの小野正晴氏(右)。今回の取材はオンラインで実施した

少量を、今すぐ届けるという存在意義

しかし、一方で中島氏らのデータを使い、有料で販売する事業者も現れた。善意で提供しようとする人たちの心理的な妨げになると判断し、クリエイティブ・コモンズのライセンスを活用することをデジタルアルティザンから中島氏らに提案し、改変は可能だか営利目的の利用を禁止する「CC-NC」のライセンスを付与することにした。

こうしたルールを追加したことで、有償での販売を希望していた、ごく一部の参加者はコミュニティから去った。それでも原氏個人のSNSアカウントには、有料で販売する事業者からの疑問の声や意見が多数寄せられたという。原氏は有料で販売する事業者と競合する取り組みではないとして、コミュニティの考え方を伝えることに腐心した。

「企業が販売しているモデルを欲しいという医療機関もあるし、さまざまなルートで必要としているところに行き渡らせるべきです。私たちが届ける先は、注文したフェイスシールドを待っているけれど、今日使う2〜3つが欲しいという医療機関や、政府や行政が大量に調達したフェイスシールドが届かないような小さな医療機関。こういったところに届けるには、私たちの手法が適しています。有料で販売する企業には『ぜひ続けて下さい』とエールを送り、自分たちの考え方をお伝えすることに、かなり時間を割きました」

現在、フェイスシールドを医療機関に届けるルートは大きく3つある。1つは政府や自治体などの行政がフェイスシールドを大量に調達し、新型コロナウイルス感染者の治療にあたっている医療機関など緊急度の高い現場に届けるルート。2つ目は医療機関が自ら、フェイスシールドを製造・販売する企業に必要な数を注文し、しかるべきリードタイムを経て受け取るルート。これらの「正規ルート」では、簡易的なものではなく医療機関向けに量産されたフェイスシールドが入手できるが、需給が逼迫しているため緊急度の高い医療機関以外には届きにくい。また納期の面でも注文して翌日に届く状況ではないので、今すぐ必要だという需要には対応できない。

こうした優先順位や納期の問題から、今すぐ必要だが手元にストックがない医療機関や、介護施設、政府からの自粛要請の対象外となっているような業種に従事する人たちに届けるという補完的な役割、3つ目のルートを担うのが民間の有志によるコミュニティだ。
原氏は、3つのルートが担う役割は異なるため、互いに競合する関係ではないと訴える。

「医療現場に行っても、資格も無ければ何も分からない自分たちは役に立たない。お金が潤沢にあるわけでもない。でも、3Dデータの知見があって3Dプリンターもある。技術と環境があって目の前に困っている人がいるのに何もしない選択肢は無いでしょう。最前線で戦っている人に最も効果的な支援をするというスタンスに理解を示してくれた人は、想定以上に多かったですね」(原氏)

焼け石に水ではない——少量生産だからこその貢献

フェイスシールドは現場からのフィードバックを基に改良され、さまざまなモデルが共有されている。写真は新潟の燕三条地域の企業ネットワーク「燕三条メイカーズサポートネットワーク」が製作した眼科医用モデル。顕微鏡を使うことが多いため、目の部分だけを覆い、跳ね上げしやすい形状にしている。(写真提供:燕三条メイカーズサポートネットワーク・小林直樹氏) フェイスシールドは現場からのフィードバックを基に改良され、さまざまなモデルが共有されている。写真は新潟の燕三条地域の企業ネットワーク「燕三条メイカーズサポートネットワーク」が製作した眼科医用モデル。顕微鏡を使うことが多いため、目の部分だけを覆い、跳ね上げしやすい形状にしている。(写真提供:燕三条メイカーズサポートネットワーク・小林直樹氏)

こうしたコミュニティは原氏らのコミュニティ以外にもあり、個人で製作・寄付を行うユーザーもいる。利用者からのフィードバックを得てデータは日々改良され、コミュニティをまたいで共有されている。

原氏と共にコミュニティ運営をサポートしてきた小野氏は、「家庭用の3Dプリンターで造形したものが、ここまで流通したケースは初めてかもしれない」と驚きを隠さない。

「量産品が既にある状況で3Dプリンターを使っても、焼け石に水になるのではないかと思っていました。実際にやってみると『こういう使い方があるんだな』と気付かされました」(小野氏)

実際に医療従事者が3Dプリントして、現場で使用した結果をもとに改良しているデータもあり、製造業の製品開発の現場を知るデジタルアルティザンの両氏の想定以上に改善のスピードは速いという。立場やバックグラウンドが多様な人が集まることで、製品開発の現場にも劣らないどころか、より短いサイクルでデータもアップデートされている。

「このために初めて3Dプリンターを買った人、自宅に眠っていた3Dプリンターを久しぶりに動かしたという人もいれば、『データの、この部分はフィレットではなく、チャンファのほうがいい*』といったディスカッションをしている人もいて、一般の人からプロまで混ざっているのが非常に面白い」(原氏)

*フィレット/チャンファ:どちらも角になる部分の面取り加工

デジタルアルティザンは無償でプロジェクトをサポートしている。ただ、以前から、コミュニティを軸に製品が改良されていく流れの中からビジネスを生み出したいと考えていたこともあり、そのPoC(コンセプト検証)になっていることは価値といえるかもしれないと原氏は捉えている。

とはいえ、関わるすべての人にとって、金銭など直接的な対価ではないにしろ、何かしらリターンが必要に思える。原氏らはどのように捉えているのだろうか。

「今回の活動を受けて、多くの人がフェイスシールドの重要性に気づき始めていると思います。新型コロナウイルス以降の社会では、医療だけでなくさまざまな業界でフェイスシールドが必要とされるでしょう。既に理容業界にいる方から理容師が安全に働けるよう、専用のフェイスシールドが欲しいという相談を受けています。いろんな現場で安全に働けるようなフェイスシールドが開発されたり、そこに付帯するソリューションが今後生まれたりしても不思議ではないと思います。そういった新しいビジネスをスタートさせるために、このコミュニティでの経験を生かしてほしいと思います。無償でひたすら手伝った人たちがいるのに、途中で抜け駆けした人だけが儲けてしまうというのは止められないでしょうし、仕方ないと思っています。。それでも、『さまざまな社会課題をコミュニティのメンバーで共有し、その解決策からメンバー同士で企業間の枠組みも超えて、ビジネスを生み出していく』という姿が、これからの時代と環境に適したやり方のひとつになるのではないかと思っています」(原氏)

「コミュニティによる草の根での課題解決の有効性を今回限りにしてはいけない」と小野氏は話す。感染症だけでなく、震災や台風など新たな災害が起きた際にも今回のようなコミュニティが貢献できると考えている。

「医療現場のような、一般の人には関わりづらいと思われるようなところに対しても、大掛かりな仕組みではなく、草の根でサポートできる方法があるということを知れたのは大きな収穫でした。今いる1000人を超えるメンバーは作る力も行動力もある人たちなので、新型コロナウイルスが終息したとしてもコミュニティは残しておきたいですね」(小野氏)

中島氏によるフェイスシールドはfabcrossでも既報のとおり、量産に向けたクラウドファンディングを実施し、5月時点で3000万円を超える寄付が集まった。現在量産を進めているが、並行して3Dプリンターによる配布活動は続くという。

中島氏によるクラウドファンディングのページ。 中島氏によるクラウドファンディングのページ。

3Dプリンターブームでは得られなかった成果

2013年前後に安価な3Dプリンターが登場し、メイカームーブメントの勢いも加わって、ものづくりの流れを変えると騒がれた「3Dプリンターブーム」。

安価なFFF方式の3Dプリンターの性能には限界があったことや、データ作成の難しさから、一般層へ大々的に普及することはなくブームは終息した。

しかし、そのブームをきっかけに3Dプリンターを使い始めた人たちが日本各地にいることや、3Dプリンターの価格が手頃になったこと、無料で使える3D CADソフトが普及したことで、自分たちの暮らしを守るためにできる選択肢が増えた。日本各地で作られているフェイスシールドは、大衆化したテクノロジーの可能性を静かに押し広げていたことを証明したのだ。

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