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ロケットエンジニアを現地、北海道・大樹町で直撃

宇宙への飽くなき挑戦を続けるインターステラテクノロジズの今

どこまでも広がる大地に、抜けるような青い空。北海道は帯広にほど近い広尾郡大樹町に来ると確かに宇宙に近づいたような気になる。民間による宇宙開発を目指して2013年に設立されたインターステラテクノロジズ(略称IST)は、ここから何機ものロケットを飛ばした。中でも2019年5月4日に打上げを実施した「宇宙品質にシフト MOMO3号機」は、「宇宙」と定義される上空100km以上の高度(高度113.4km)に到達。民間単独で宇宙に到達した日本初のロケットとなった。挑戦を続けるISTの今を、現地・大樹町で推進系エンジニアの金井竜一朗氏に聞いた。

宇宙到達のその後

——宇宙に到達した「宇宙品質にシフト MOMO3号機」以降の歩みについて教えてください。

2019年7月に「ペイターズドリーム MOMO4号機」、2020年6月に「えんとつ町のプペル MOMO5号機」、2020年7月に「ねじのロケット」(MOMO7号機に相当。7号機を6号機に先駆けて打上げ)と都合3回の打上げを試みましたが、残念ながら宇宙までは到達できていません。

2019年5月に宇宙(高度100km以上)に到達した「宇宙品質にシフト MOMO3号機」。 2019年5月に宇宙(高度100km以上)に到達した「宇宙品質にシフト MOMO3号機」。

——宇宙まで届かないと、失敗と見なされ、周りから心配されたりしませんか?

確かに周りにご心配をおかけしているのは事実です。それでもISTの宇宙開発への歩みが止まることはありません。宇宙まで到達できなかった原因を徹底的に探ることで、さまざまなデータや知見が得られ、次の成功へと続いていきます。軌道投入も見据えた技術開発のための実験としては、失敗も失敗ではありません。本当の失敗はそこから有用なデータが得られなかったときです。

「失敗の原因を徹底的に追求することが次の成功につながります」と語る金井氏。 「失敗の原因を徹底的に追求することが次の成功につながります」と語る金井氏。

——NASAでさえ、宇宙開発の初期の頃は失敗の連続でしたものね。

そうですね。でも高度100kmならNASAにとっては今は技術的にむずかしい話ではないでしょう。しかし民間企業であるISTが目指しているのは「誰もが行ける宇宙」です。多大なコストと時間をかけて宇宙に行くことではありません。その意味ではNASAなどとは目的が違うと思います。

ISTの前身となる組織は、2005年に生まれました。宇宙好きの漫画家、作家、科学ジャーナリスト、エンジニアなどが集まった「なつのロケット団」という組織です。素人集団が無謀にも日本国内で民間宇宙開発を目指すという夢のような話からスタートしています。15年たった今もそのときの志は変わっていないと思います。

歴代のロケットと姿勢制御飛行実験機。 歴代のロケットと姿勢制御飛行実験機。

コストを下げて誰もが行ける宇宙を

——夢の実現には壁もあるように思うのですが……。

「誰もが行ける」をコンセプトにするならコストも問題になります。当初から「従来費用から1桁、2桁安く打上げられるようにしよう」というのが目標の一つです。もちろん安全性を担保した上での話です。大きな人災事故が起きれば、事業自体がストップしてしまいますから。安全性に関する保証度合いを下げず、低コストで開発を進めることがポイントです。

幸い、この15年間でかなりコストパフォーマンスの良い打上げはできるようになってきました。宇宙(高度100km以上)への弾道軌道を目指すのであれば、まだ少なくとも数億円はかかります。1桁2桁下げるとなると数千万円台で打ち上げなければならないのですが、かなりそれに近い数字が出せるようになりました。

——そこにはさまざまなノウハウがあるのでしょうね。

かけるところはかけて、安くするところは安くする。この取捨選択が大事なところでノウハウといえるかもしれません。

そもそもロケットがなんで飛ぶかといえば、エンジンから出る推力です。推力は、推進剤(燃料)を混合して点火し、燃焼させて高速のガスとして噴射することで生まれます。MOMOの場合、液体燃料を使用しています。高出力の割に制御がしやすいからです。特に問題が起きた時に即座に止めることができるのは大きな利点です。

具体的には液体酸素とエタノール。混合の際には強い力で加圧する必要があるのでヘリウムガスも使います。エンジンとこれら推進系のタンク、宇宙へと運ぶもの(ペイロード)、姿勢制御やエンジン始動停止のためのメカ、それを動かす電子機器などを筒状の構造体で包んだもの。大雑把にいうとこれが我々のロケットです。「なるべくシンプルなシステムで」「部品はできるだけ民生品で」「無いものは自分たちで作る」。こうした努力の積み重ねが、コストを抑えた民間単独での宇宙到達につながっています。

北海道・大樹町に本社がある理由

——なぜ、ここ大樹町に本社があるのでしょうか?

一般にロケットの発射場は、赤道に近く、東側に開けた土地が発射場に最適とされてきました。1960年代に作られたフロリダのケネディ宇宙センター(NASA)、アフリカのギアナ宇宙センター(フランス)などです。日本の種子島もかなり近い条件です。ただこれらは、地球の東西を巡る静止軌道(高度3万6000km)などを目指す場合です。静止軌道の場合は、赤道から遠ざかるほど赤道上空に移動するための燃料が追加で必要となります。しかし、これからのビジネスの主力となる超小型人工衛星(100kg以内)が目指す、高度200~500kmの地球周回軌道の場合には必ずしも当てはまりません。この軌道を目指す場合には地球を南北に巡る極軌道が使われることが多く、高緯度地方でも東あるいは南北に打上げ可能であれば適地となります。

さらに安全性や回収の手間などを考えれば、広い範囲で付近に民家がなく、東側と南北側が海になっていれば申し分ありません。大樹町は見事にこれらの条件を満たしています。部品調達という観点からも、日本国内であれば輸出入の規制はなく、たいていの材料や部品が手に入ります。ISTの本社工場から発射場まではわずか8km。車で10分ほどです。開発拠点を発射場に近い場所に設けることで、ロケットや実験機器の輸送コストなども大幅に削減できます。

発射場から飛び立つ「えんとつ町のプペル MOMO5号機」。発射場の周りに民家はない。 発射場から飛び立つ「えんとつ町のプペル MOMO5号機」。発射場の周りに民家はない。

新ロケットの開発

——民間単独での宇宙到達に続く次の一手はなんでしょうか?

現在、新しいロケットとなる「ZERO」の開発に取り組んでいます。こちらは衛星軌道(人工衛星が多く存在する地球周回軌道)への投入を目的としています。高度は200kmから500kmとなるので、今のMOMOでは到達できません。エンジンから機体からほぼすべてを一新して開発する必要があります。

ZEROを開発する理由は、今後需要が増える超小型人工衛星の打上げニーズに応えるためです。衛星データを使ったビジネスはさらに盛んになることが予想されています。望む軌道に、望む時期に、「なるべく安いコストで、衛星を打上げたい」という会社はますます増えていきます。信頼性と安全性を担保しつつ、頻繁に打上げ可能で、かつコストパフォーマンスの良いロケットが求められています。ZEROはそれらの条件をすべて満たすロケットになるはずです。

ISTの次世代を担う新しいロケット「ZERO」のイメージイラスト。 ISTの次世代を担う新しいロケット「ZERO」のイメージイラスト。

——具体的にZEROはMOMOとはどんなところが違ってきますか?

MOMOは全長9.9m、直径は50cm、打上げ時の総重量約1100kgでしたが、ZEROではおそらく全長だけでも2倍程度にはなろうかと思います。打上げコストも数億円はかかるでしょう。エンジンの構成や機体も変わりますし、燃料もエタノールから、推進剤の効率が良くなるメタンになります。そのほか、全体として難易度がぐっと上がりますが、技術的なブレークスルーを前提とした画期的なロケットになるはずです。

ただMOMOの打上げも継続します。ビジネス上の必要だけでなく、成功、失敗を問わず、MOMOで得た技術上の知見もZEROに生かす必要があるからです。例えば、打ち上げ時に新しい姿勢制御方法を取り入れるなどしています。MOMOのビジネスモデルに影響しない範囲でのZEROへ向けた技術的な蓄積は不可欠と考えています。

コストを抑えながら、かつ開発スピードはあげていかなくてはなりません。なんとか数年以内にZEROの打上げを成功させるべく、日々取り組んでいます。

金井氏は語る。「ZEROは衛星軌道へ向けた画期的なロケットになるはずです」 金井氏は語る。「ZEROは衛星軌道へ向けた画期的なロケットになるはずです」
新ロケット「ZERO」へ向けて本社工場で開発作業中。 新ロケット「ZERO」へ向けて本社工場で開発作業中。

宇宙へは「ワンチーム」で

——金井さんの現在のお仕事についてお聞かせください。

今は2つの顔を持って業務に当たっています。ひとつは推進系エンジニアとしての仕事です。ZEROへ向けた新しいエンジンや加圧システムの開発、燃料タンクや機体の構造設計など推進系システム全体を見る業務を担当しています。例えば燃料を加圧するためのターボポンプ。MOMOには積んでいません。非常に技術的なハードルが高く、開発に時間がかかる上に最先端の技術だからです。特にそういう部分を担当しています。

もうひとつは研究開発企画統括としての仕事です。大学の研究室やJAXAさんなどの関連組織と連携してテーマを区切った研究開発をしています。また2019年からは「みんなのロケットパートナーズ」という枠組みを作って社外の協力者の方を募っています。そういった外部の組織とのコーディネイト役もしています。志を同じくする人や組織とタッグを組みながら宇宙開発に向かっていくイメージです。やはり宇宙へは「ワンチーム」でないと効率よく取り組めないという側面もあります。

外部の組織と共同で研究開発したときの記念撮影。 外部の組織と共同で研究開発したときの記念撮影。

宇宙を身近に

——将来の夢についてお聞かせください。

これは夢というよりやらなければならないことになりますが、ZEROの打上げを成功させ、常時飛ばせるようにして衛星運搬ビジネスを文字通り軌道に乗せたいと思います。これが成功して、初めて次のステップとなる有人宇宙飛行に進めます、その先には月や火星への飛行も控えています。なにしろ社名が「インターステラ(恒星間)テクノロジズ」ですから。太陽系を飛び出すところまで夢想していきたいですね。

同時にISTには「宇宙をもっと身近にしよう」というコンセプトがあります。打上げ機体を低コストで作れれば、お客さんとして「ペイロードを乗せる」「微小重力を利用した実験をする」「広告としてマーケティングに使う」といった参加がやりやすくなります。また、誰もが打上げロケットのオーナーになれるよう、クラウドファンデングで資金を募集したこともあります。ハードルをさらに下げていき、より宇宙を身近に感じられる世界を作りたいと思います。

個人的には、もうひとつ思っていることがあります。私自身もそうでしたが、学生時代にロケットエンジンとか、航空宇宙工学とかを学んで、将来、宇宙開発に関する仕事がしたいと思っても、業界の間口が狭いんです。モチベーションが高い人材にとって宇宙が身近になっていない現実があります。ISTや関係する会社が伸びていくことで、宇宙産業で働きたい人の受け皿になりたい、そういう環境を作りたいという思いは強いです。『誰でも行ける宇宙』を目指してこれからもがんばります。

「これからもがんばります」と力強く語る金井氏。 「これからもがんばります」と力強く語る金井氏。
近い将来、ISTの軌道投入ロケット「ZERO」が宇宙を飛ぶはずだ。 近い将来、ISTの軌道投入ロケット「ZERO」が宇宙を飛ぶはずだ。

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