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街とデザイナーをつなぐ、3Dプリンターのある雑貨店−−蔵前「-ish general store」

3Dプリンターで作られたプロダクトが、さまざまな場所で販売されるようになっている。注文のたびにオンデマンドで製造する3Dプリントサービスや、個人で開設するネットショップ、あるいは小売店での委託販売など。こうした新たな販路は作ることと売ることの関係を変容させ、「ものをつくって生活する」ことの新たな可能性を見せている。

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蔵前にある「-ish general store」は、3Dプリント雑貨を製作するアトリエと、それを販売するショップが一体となった空間だ。ものを作る装置である3Dプリンターが、街に開いたショップと融合することで、「客と店員」という一度きりの関係を超えた、新たな関係性が生み出されつつあるようだ。

ものづくりの街「蔵前」で、3Dプリンターが稼働する

東京都台東区の蔵前は、江戸時代から皮革や木工などのものづくりで盛えたエリアだ。古い倉庫をリノベーションしたゲストハウスやコーヒーショップが、昔ながらの店舗や住居と共存して並ぶ光景には、時代を超えた手作業やクラフトの雰囲気が漂っている。

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「-ish general store」は、そんな街並みの中にふと現れる。普通の雑貨店かと思いきや、ガラス越しに店内を覗いてみると、カラフルなアイテムに囲まれた2台の3Dプリンターが動いている。壁には熱溶解積層方式3Dプリンターの素材となるフィラメントも並び、この一角だけ切り取ればFab施設のようにも見える。

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この一風変わったアトリエ兼ショップを運営するのは、デザイナーの石川雅文(いしかわ まさふみ)氏。企業のインハウスデザイナーとして働きながら、MASAFUMI ISHIKAWA .Designという個人名義でプロダクトの企画、デザイン、製造を手掛けている。「この店のような形式が、商売の原点なのかもしれない」と語る石川氏に、3Dプリント製品を売ることの面白さや難しさ、工房とショップを兼ねる場所だからこそ起こる出来事について伺った。

ポップでミニマル。手元に置きたい3Dプリント雑貨

まずは石川氏が3Dプリンターで製作し、販売しているアイテムを見てみよう。

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こちらは「小さい」を意味するイタリア語、Piccoloを冠した置き時計「Piccolock 2.0(1980円、以下価格は全て税込)」。片手に収まるほどのサイズながら、ころっとしたかわいらしい形状や、ポップな色合いで独特な存在感がある。机の上や棚に置けば、見るたびに元気をくれるようなアイテムだ。長針と短針、壁掛け用のバンドは、柔らかいTPU素材で3Dプリントされている。

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続いて紹介するのは「重なるトレー(880円〜)」。シンプルな形状は、ペンや鍵などの小物を置くのにぴったりだ。大理石や木のような素材は手触りも良く、サイズ違いのトレー同士を重ねたり、並べたりすることも可能。お気に入りの色や形を選べば、自分だけの組み合わせを楽しめるだろう。

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「季節もの」として人気なのは、手のひらサイズの鏡餅「Pop-up Kagamimochi(4,180円)」。マトリョーシカのように入れ子式に収納できるから、保管場所を取らないのも嬉しいポイントだ。鏡餅の文化がない海外に向けて製作した「Pop-up X'mas tree(3850円)」も人気だという。

そのほかにも、石川氏のスケッチを3Dプリントしてコースターにした「Sketch Coaster」や、ピーナッツを模したブローチなど、個性の光る作品が並ぶ。価格は高いものでも数千円程度で、気軽に購入して生活に取り入れたいと思えるものばかりだ。シンプルながら洗練された形状は、自宅に置いてもいいし、ギフトとしても喜ばれるだろう。

通行人の目を引く3Dプリンター

取材に訪れた10月の店頭では、年末に向けて「Pop-up Kagamimochi」と「Pop-up X'mas tree」を製造していた。「今は年末に向けたハイシーズンですね。鏡餅の後にクリスマスツリーを考えたのですが、時期が重なってしまって(笑)。ほぼ毎日のように3Dプリンターを動かしています」と石川氏は大変そうに語る。

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店に置いている3Dプリンターは「Original Prusa i3 MK3S+」と「Qholia」の2台。プリントの安定性やクオリティを重視した上でのセレクトで、仕上がりに申し分はないという。プリントに用いるフィラメントも、理想的な色合いや質感を求めて試行錯誤した結果、現在はcolorFabbやPolymakerから取り寄せたものを利用している。

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3Dプリントの安定性を考えるならば、周囲からの影響が少ない密閉空間で造形した方が良いが、あえて店頭に置き露出した状態でプリントしている。その理由について伺うと、「こうして外から見えるようにした方が、お客さんの反応が良いんです。機材が動いていることに興味を持ってくれるみたいで」との返事が返ってきた。壁にズラリと並ぶフィラメントの丸い束を見て「ここは時計屋さんですか?」と尋ねてくるお客さんもいるというから、その声や視点の新鮮さにはハッとさせられる。

「家族連れから職人さんまで、本当にいろいろな人が入ってきます。蔵前という土地柄、昔気質の職人さんが多いのかと思いましたが、皆さん新しいものにも興味があるようで、関心を持って話を聞いてくれます。単なるショップではなく、工房らしい雰囲気もあることが、入りやすい印象を与えているのかもしれません」(石川氏)

大企業ではできないものづくりに個人で取り組む

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石川氏はプロダクトデザイナーとして企業に勤める中で、日常的に3Dプリンターを扱っていた。アメリカ赴任中には自宅で使うための機材を個人で購入し、ちょっとした日用品などを作っていたという。海外ではなかなか手に入らない鏡餅の代わりに、「Pop-up Kagamimochi」の原型を作ったのも同じ頃だ。

「大企業の中でものづくりをしていると、一つの製品が世の中に出るまで1-2年はかかります。完成度の高いものを作る楽しさもありますが、僕は世に出なかったものにも魅力を感じていました。簡単なものであれば、自分で作って試しに売ることができるのではないかと思っていたんです」と語る石川氏。気に入ったアイデアを形にすべく、会社に勤めながら、個人でのデザインワークにも取り組んでいた。

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初めてMASAFUMI ISHIKAWA .Design名義で販売した製品が、こちらの「World Clock」だ。本体を転がすと針の向きが変わり、世界12都市の時間が分かるというアイデアが評価され、国際的なデザインコンペティションで賞を獲得した。もともとは審査と展示用に数個だけ製作したものだったが、購入したいという声が多く届いたという。

「展示で実物を見た方々から良いリアクションをいただけたので、まとまったお金が用意できた2017年に製品化することにしました。当時はまだアメリカにいましたが、何事も経験だと思って日本で手伝ってくれる企業をネットで探したのですが、生産数が少なかったせいか、話を聞いてくれる人はあまり多くなかったです」と当時を振り返る。

最終的に製造のパートナーとなったのは、プラスチックの射出成形や金型成形を得意とするミヨシ。ArduinoやRaspberry Piで制御可能な教育用ロボット「RAPIRO」の製造にも関わった企業だ。石川氏の試みに興味を持ち、アメリカと日本でやりとりしながら、金型の設計や製造を共に進めていった。

金型を使って作った筐体と、時計のムーブメント(駆動部)など、必要な部品は日本に集約した。すべての部品がそろうタイミングで石川氏のアメリカ赴任も終わり、帰国後には数百台を手作業で組み立てた。ミヨシや家族の協力を得て無事製品化した「World Clock」は、親族の結婚式で引出物として配られたほか、MoMA NYやPaul Smith Londonといった世界各国のデザインショップで販売されたという。

前例のないものだからこそ、顔が見える場所で売る

帰国して数年がたち、仕事の都合で蔵前に引っ越してきた石川氏。現在「-ish general store」が営まれている4階建ての建物は、普通に住むつもりで借りた物件だった。しかし、酒屋の倉庫として使われていたという作りや、通りに面した人通りの多いロケーションに触発され、1階で「デザイナー自らが作っているプロダクト」を売る店を開くことを思い立つ。

店を開くのならば、「World Clock」専門店にするわけにもいかない。所有していた3Dプリンターと時計づくりのノウハウを生かし、ショップで売るための新商品「Piccolock」の開発に取り組んだ。しかし、大量生産品の設計や金型を用いた少量生産を経験してきた石川氏にとって、3Dプリンターで製造したものをそのまま売ることに、抵抗や不安はなかったのだろうか。

現在販売されている「Piccolock 2.0」は、初代「Piccolock」の後継機。 現在販売されている「Piccolock 2.0」は、初代「Piccolock」の後継機。

「2019年のオープン当時は、3Dプリンターで作ったものを最終製品として売る人自体、あまり多くなかったと思います。不安もありましたが、まずは一旦売ってみないと、何が不具合になるかさえわかりません。そこで、3Dプリンターで作る製品は、実店舗に来てくれた人だけに販売し、不具合があったら直接対応するつもりで始めました」(石川氏)

クオリティが保証されているものであれば、いきなり卸売や通販に回すこともできただろう。しかし、まだ前例が少なく、個人で小規模に生産する3Dプリント製品だからこそ、直接手にとって、その質に納得してくれた人だけに販売する。さらに、もしトラブルが起きてしまった際には、同じ場所で交換や修理を行うという、作り手と使い手の「顔が見える」スタイルでの模索が始まった。

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店頭の3Dプリンターでプリントの設定を追い込む。 店頭の3Dプリンターでプリントの設定を追い込む。

実際に、初期の「Piccolock」では破損や変形などが起きることもあったという。申し訳なさを感じつつも、お客さんから直接もらったフィードバックは、しっかりと次の製品へと反映させていく。

「お笑い芸人やミュージシャンがライブのたびにパフォーマンスを上げていくように、反応を見ながら完成度を上げるものづくりがしてみたくて。3Dプリンターはそれが得意な機械だと思うし、実際にショップでお客さんとやり取りするのはとても楽しかったです」(石川氏)

製造過程でどうしても生じてしまうB品(訳あり品)は、値段を下げて販売することもある。「食べられるけど形の悪い野菜」のようなイメージだろうか。 製造過程でどうしても生じてしまうB品(訳あり品)は、値段を下げて販売することもある。「食べられるけど形の悪い野菜」のようなイメージだろうか。

3Dプリンターならではの柔軟&スピーディな商品展開

フィラメントの色や素材の多様さは、そのまま製品のバリエーションにもつながっている。 フィラメントの色や素材の多様さは、そのまま製品のバリエーションにもつながっている。

1つの商品をブラッシュアップするだけでなく、新商品の開発やバリエーションの展開にも、実店舗ならではのフィードバックや3Dプリンターのスピード感が反映されている。たとえば「Piccolock」の売れ行き自体は好調だったが、時計というプロダクトの性質上、同じ人が複数台買うものではないことに気付かされた。そこで開発したのが、色や形の違いによるバリエーションが豊富で集めたくなる「重なるトレー」だった。

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石川氏と親交のあるデザイナーのハイロック氏とコラボレーションでは「Pop-up Kagamimochi」をベースに、みかんの代わりにバナナが乗っている特別版を着想から数週間程度で完成させた。石川氏自身も3Dプリンターの2色造形機能にインスパイアされ、みかんの代わりに「かじられたりんご」にしたものを作るなど、遊び心あるアイデアが次々と形になって製品化されていく。

ちょっとしたアクセサリーも人気だ。 ちょっとしたアクセサリーも人気だ。

「ひたすら技術を追い込むよりも、アイデアを考えるのが好き」という石川氏にとって、発想をすぐに形にできる3Dプリンターがあり、その場でお客さんの反応も見られる「-ish general store」は、唯一無二の理想的な空間なのかもしれない。

作ることと売ることが一体化した、古くて新しい空間で

店頭に並ぶポストカードや他の雑貨などもすべて、石川氏とつながりのあるクリエイター達が自ら製作しているものだ。 店頭に並ぶポストカードや他の雑貨などもすべて、石川氏とつながりのあるクリエイター達が自ら製作しているものだ。

たまたま店の前を通りがかった楽器職人やお寺の住職から相談を受けて、3Dプリンターを使った製品開発の手伝いをすることもあるという石川氏。この場所に引っ越してきた時には想像しなかったような出会いやコラボレーションが生まれるのも、「-ish general store」が街に開かれているからだろう。

「『石川さんって、江戸時代の町屋で商売しているみたいですね』と言われたことがあります。土間で草履を作ったり直したりの商売をして、奥の座敷で暮らしているようなイメージでしょうか。僕の場合は、1階がお店でその上が生活空間になっているだけ。もしかしたら、自分が暮らす場所でものを作って売ることが、いろいろな商売の原点なのかもしれません」(石川氏)

現在は大型の壁掛け時計を開発中。 現在は大型の壁掛け時計を開発中。

「もの」に興味はあっても、「ものづくり」に興味がない人にとって、ショップという空間は気軽に訪れやすい。他方、長年にわたって「ものづくり」に取り組む石川氏自身も、ショップを訪れる人々から影響を受け続けている。作り手と使い手との交流が自然と生まれる空間は、「作ること」と「売ること」の関係を考えるに当たって、大いに参考になるものだろう。

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店名の「-ish」には、「〜っぽい」という意味が込められている。「石川氏っぽいもの」が買える「general store(道具屋)」で出会えるのは、デザイナー自らが手がけたアイテムであり、その工房で活躍する石川氏自身でもある。ものづくりの街で動き出した3Dプリンターは、今日も一人のデザイナーと街の人々の架け橋になっている。

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