今度の週末は宇宙に行こう——有人気球で身近な宇宙遊覧を目指す北海道のスタートアップ「岩谷技研」
民間企業による宇宙開発が、世界的に盛んだ。日本人実業家がISSに滞在したニュースも記憶に新しいが、訓練や数十億円とも言われる参加費が必要で、「誰でも気軽に行ける」というほど、宇宙はまだ身近なものではない。ところが、気球に乗って宇宙を自分の目で見る「宇宙遊覧」の実現を目指す日本の企業がある。「宇宙旅行の民主化」を目標とする「OPEN UNIVERSE PROJECT」に取り組む、岩谷技研代表取締役 岩谷圭介さんにお話を伺った。(記事中の写真提供:岩谷技研)
古い読者はご存知かもしれないが、fabcrossは2014年5月に、特別企画「子どもの日なので高度30000mまで鯉のぼりを揚げてみた」という記事を掲載した。その企画にご協力いただいたのが、当時ヘリウム風船を使った空中撮影の第一人者として知られていた岩谷圭介さんだ。
——鯉のぼりの撮影後、岩谷さんはTV番組「情熱大陸」に出演され、fabcrossでも紹介させていただきました。その後、2016年に岩谷技研を設立、有人大型気球による宇宙旅行を目指されているとのことですが、空中撮影から宇宙遊覧と、スケールアップがすごいですね。
岩谷さん:鯉のぼりを飛ばして以降、いろいろな方から空中撮影の依頼を受けるようになりました。鯉のぼりの機体は100g弱だったと思いますが、それが10倍20倍とだんだん大きくなっていきました。空中撮影を始めた頃に比べると100倍くらいの重量まで飛ばせるようになったんです。
50kgまで飛ばせるようになり、「このままいけば人も飛ばせるのでは?」と思い始めたのが2016年頃です。そして2018年に生体を使った実験に成功して、気球で宇宙に行けるという確信が得られ、有人気球開発の計画を立案したというのがおおまかな流れです。
自分の目で宇宙を見てみたいという想い
——空中撮影を手掛けられていた頃から、「いつかは宇宙へ」という想いはありましたか?
岩谷さん:風船で行けるとは思っていませんでしたが、「カメラでなく自分の目で見られたら、どれほど素晴らしいだろう」という思いは ありました。私は大学で航空宇宙工学を専攻し、ロケットについて学んでいましたが、一般の人が宇宙に行けるようになるとして、それはロケットではないだろうとも考えていました。
ロケットは非常に不安定で、制御が難しい乗り物です。事故や失敗というニュースも耳にしますが、宇宙ロケットの死亡率は3%といわれています。米航空宇宙局(NASA)やロシア、米運輸安全委員会のデータなどを基に当社が調べたところ、ロケットを100回運航して一度も事故を起こさない確率は4.8%で、とても安全な乗り物とは言えません。現状のロケット打ち上げは、国のため、人類のため、決死の覚悟で飛んでいるのであって、「宇宙に行ってみよう」と気軽にドライブ感覚で行けるものではないのです。
私はこれまで350回ほど気球を飛ばしていますが、爆発や墜落といった破局的な事故は起きていません。気球の安全性については、実際に飛ばしている経験から確信していますし、宇宙を見て帰ってくるという宇宙観光に限って言えば、ロケットにこだわる必要は全くありません。
——気球はロケットに比べてはるかに安全だということですね。可燃性の推進剤を使っていないのが大きな理由でしょうか?
岩谷さん:ロケットが時速3〜4万kmで飛ぶのに対して、私たちの気球の上昇下降速度は時速20km程度ですから、運動エネルギーとして100万倍のオーダーで違います。制御の難易度も桁違いに高くなり、ロケットが不安定になる大きな要因です。
また、空を飛ぶもの、飛行機やヘリコプター、グライダーもそうですが、どれも空気よりも重いものを揚力で浮かせて飛ばせています。こうした乗り物は燃料がなくなったり、翼が破損したりした場合、墜落するしかありません。ところが、私たちが使う気球は空気より軽いので、万一制御が失陥しても墜落するのではなく飛び続けることになります。つまり、気球は墜落するリスクが他の飛行体に比べてはるかに低いです。
安全な気球を使い2023年にも宇宙を目指す
——誰でも気軽に安全に宇宙に行く、という目的には、ロケットよりも気球が適しているということですね。どのような計画で進められていますか?
岩谷さん:2023年内に高度25kmぐらいの成層圏を目指します。環境的には宇宙服を着ていないと生きられませんので、体感としてもほとんど宇宙空間と変わりません。有人用の気密キャビンは完成して、真空に耐えることも試験済みです。
——気球として空気よりも軽くなければいけないわけですから、軽量化と高強度化という相反する要件を満たす必要があると思います。開発にあたってどのようなところが難しかったですか?
岩谷さん:気球は主に、ヘリウムガスが入ったガス気球と、人が乗るキャビンによって構成されています。まずガス気球ですが、立ち上がった時のサイズは40m以上あり、いわば超巨大な風船です。これほど表面積が広いと重量も大きく、気球の皮だけでは耐えられませんから、骨に相当する強度部材を入れています。硬い骨にしたり軟骨のような骨にしたり、部位によって使い分けていますが、この辺りの設計は難しいですね。
キャビンは加圧容器になっていて、頑丈に作らないと内部の空気が逃げてしまい、気圧が保てなくなります。頑丈だからといって鉄の板で囲ってしまうと、重くて飛べなくなる。丈夫で軽くする必要がありますから、内部から発生する空気の圧力を解析して応力最適化した容器としなくてはなりません。
ペットボトルほど小さければ簡単ですが、人が乗れるほど大きな加圧容器になると、解析も設計もかなり難しくなるものです。こういったところは独自の設計技術を考案していて、特許も取得しています。これまで特許と意匠関係で、30〜40件ほどの知財を権利化しています。
——有人気球はとてもチャレンジングな試みだと思いますが、独自の技術開発をしながら進めているのですね。
岩谷さん:プラスチックの高高度気球は、日本では「大気球」と呼ばれています。無人用大気球を製造するメーカーはありますが、人を乗せられるプラスチック製の高高度気球は、まだ世界のどこにも存在していません。海外では無人用の気球をそのまま有人用に流用しているケースもありますが、万一の事態が起こると制御できないので、私は使いたくありません。だから有人用大気球の自社開発を決めました。
有人用大気球はすべてが初めての経験、手探りのチャレンジ
岩谷さん:ところが、大気球の設計、製造、運用すべて1社でやっている企業は国内にはありません。世界でも製造メーカーは10社程度しかなく、設計情報も製造情報も秘匿されているので、全く分かりません。だから、ゼロから手探りで作り始めました。
私たちが必要としている大気球の体積は1万立方メートルもあります。これを囲うプラスチック素材は特殊なものになりますが、扱いにはとても苦労しました。まずミシンで縫うと穴からヘリウムが逃げてしまうので、縫えません。では接着しようと専用の接着剤を入手したのですが、常温だと接着できても真空で低温という条件では接着しないのです。それならばと世界中からあらゆる種類の両面テープを集めて、全部試したんですが、どれもダメでした。
残る手段は、溶かして分子間接合するしかありません。そのため溶着するための機械も自分で開発しました。溶着する温度条件や圧力なども全く分からないので、4000個くらいサンプルを作って強度試験やリーク試験を実施して、最適な条件を決めながら作っていきました。大気球になると接合部の長さは10kmを超えますから、自動化する装置も社内で開発しました。
——無人用と有人用で、素材は全く違うのでしょうか?
岩谷さん:はい、無人用大気球の素材は、軽くて高強度ですが素材に指向性があり、もし穴が開いたら気球が裂けてしまいます。私たちが使っているのは無指向性の素材で、強度も指向性素材よりは低いですが、穴が開いてもそこから拡大しにくいです。このように、有人用として安全性を最優先した素材を選択し、設計、製造、運用をすべて自社で手掛けていますが、他にはない技術、ノウハウが集積していると思います。
有人用として安全設計、冗長設計にこだわる
——有人用で安全最優先の選択がなされているのですね
岩谷さん:これは私として譲れないところで、重要な機能は3系統用意するようにしています。
例えば、上昇に伴いキャビンの内圧が上がりすぎないよう、アビオニクス(注:航空宇宙用電子機器のこと)がキャビンの内圧をチェックして、一定以上になると調整弁を開いて圧力を調整します。これが故障すると内圧を保てなくなりますから、これとは別の圧力調整機構を設けています。これは安定して作動する機械式のもので、自動で内圧を制御する装置も開発しているんです。
こうしたバックアップには故障しても機能が失陥しない安定した構造設計をしていますが、さらにこれも機能しなくなった場合を考え、人がマニュアル操作できるようにもしています。万一操縦者が気絶したとしても、自動で内圧を調整する機構がありますし、人が操作できる状況であれば3系統どれでも圧力を下げられます。
地上との通信手段も同様で、上空25kmでは携帯電話は電波が届かずに使用できません。そのため、地上局と直接通信する無線機と、人工衛星経由の無線機、そして基地局経由のものと異なる3系統のものを用意しています。
——ヘリウム風船から有人用大気球まで大きくスケールアップされてきたわけですが、素材的にも機械的にも電子的にも全く別次元と言えるレベルでチャレンジを続けているのですね。宇宙開発はエンジニアにとって大変魅力的な領域なのだと感じました。
岩谷さん:例えばアビオニクス開発では、真空という宇宙と同じ環境で制御するための機械を、自分たちで設計する必要があります。設計して試作品を実際に飛ばして実験してフィードバックを得るわけですが、ロケット開発だと準備から打ち上げまでの期間が長く、3年に1度程度の時間軸になります。それに対して私たちの気球は、計画してから1週間で飛ばせるので、年に数十回確認する機会があるわけです。自分たちで設計した機器を実際に試せる環境がすぐに用意できるという点も、エンジニアにとってすごく面白いと思いますね。
北海道で夢を実現する仲間を募集中
岩谷さん:私たちの作っている有人用大気球と気密キャビンによる宇宙観光は、世界初の試みになっていくものですし、有人の宇宙機としては国産初のものです。今後、日本記録や世界記録にもどんどん挑戦していくものになります。
私たちの拠点は北海道の札幌です。アビオニクス開発、特に無線関係の開発ができる電子系エンジニア、気密キャビンなどメカの設計や実験ができる機械系エンジニアで、私たちの夢の実現に力を貸していただける方、北海道の地でお待ちしておりますので、ぜひ応募してください!