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ハードウェアスタートアップのヒト・モノ・カネ

VCも取引先!? 受託はやるべき? 起業する前に知っておきたいスタートアップのお金事情

スタートアップが避けては通れないヒト・モノ・カネの実際を忖度(そんたく)なしで取材する連載の最終回は「カネ」です。

モノを作り、世に届けるためには、当然ながら「カネ」が必要です。

ホビーであれば、自分のポケットマネーで済みます。しかし、ビジネスとして持続的にモノを開発し、届けるためには多くの「カネ」が必要であり、その調達手段も多種多様です。また、一人ではなく組織でモノを開発するためには、適切な報酬を支払う必要もあります。

今回もPLEN Roboticsの創業メンバーでCOOの富田敦彦氏に、きれい事抜きのリアルなスタートアップのお金事情を語っていただきました。過去2回の記事とともに、スタートアップを志す方の一助になれば幸いです。(取材・編集・文:越智岳人)

生まれたてのスタートアップを支援するエンジェル投資家とは

ほとんどの企業がそうであるように、PLEN Robotics設立1日目の資金は、創業者が蓄えてきたお金しかありませんでした。他に持っていたのは、作りかけの試作品のみです。

ハードウェア開発には、とにかくカネと時間が必要です。例えば、原価1万円の製品を1000個作るためには1000万円かかります。他にも、金型、外注費用、ライセンスなど先にお金が出て行くのに、売る製品がなく開発をしているだけでは入ってくるお金がありません。1日目にあったカネも砂時計のように時間とともに消えていきます。実績も販売可能なプロダクトもなく、アイデアと試作品しかない中で開発資金を確保する時、多くのスタートアップにとって最初に頼りになるのはいわゆるエンジェル投資家※からの資金調達です。

※エンジェル投資家:創業間もない企業に出資する個人投資家。出資額はケースバイケースだが、100万円から1000万円程度。

エンジェル投資家といえば事業で成功したお金持ちをイメージしがちですが、そんなこともありません。PLEN Roboticsにとってのエンジェルは、これまでの仕事で付き合いのあった企業に勤めている方や、創業者である赤澤の古くからの取引先でした。

スタートアップブームのおかげで、アイデア段階から支援してくれる層は増えたように思います。しかし、15〜30秒のエレベーターピッチ※で初めて出会った投資家の心をつかんで資金調達というのは、現実的ではありません。むしろ、それまでに培った人間関係が助けになりました。普段から仕事を通じて自分達のことを知っている人が「お前が語る夢を見せてもらいたい」と言ってくれたり、「自分はもう起業する年ではないが、若い人を応援したい」と支援してくれたりしました。そういう意味でも、普段から自分の夢やビジョンを周りに話すことは重要だと思います。エンジェル投資家となって支援してくれる人は身近なところにもいます。

※エレベーターピッチ:15~30秒の間に、スタートアップが投資家に自社のことやサービスについてプレゼンテーションを口頭のみで行うこと。米シリコンバレーで誕生した手法といわれている。

色合いが変わってきたクラウドファンディング

クラウドファンディングは創成期から成熟期になり、利用のされ方が大分変わってきたと実感しています。クラウドファンディングは、アイデアを形にするための支援を募るプラットフォームとして登場しました。しかし、最近ではAll or Nothing式※でなく、目標額に達しなくても、それまでに集まった支援金が受け取れる方式も普及し、認知度が高まるにつれてマネーゲームのようになってきました。ブルックリンのKickstarter本社を訪ねた時も、スタッフの方は「目標額を超えた後に、さらに高い目標設定とリターンを追加するストレッチゴールは、Kickstarterとしては推奨していない」とコメントしていました。

※All or Nothing式:目標額に到達しなかった場合、集めた資金は出資者に返還されるやり方。

一方で、はじめから実現の見込みのないようなプロジェクトへの批判も強まり、プロジェクト採用のハードルも上がったため、商品開発のための資金調達というよりマーケティングの一環としての色彩が強くなったように思います。

クラウドファンディングの認知度が高まり、広告宣伝のツールが整う一方で、その手数料も15〜20%程度と、通常のECサイトに比べて高いレートにまで上昇していることは、スタートアップにとっては悩ましい点です。また、私達のようにアイデア段階でキャンペーンを開始し、トラブル続きで出荷が遅れると支援者に大変な負担をかけてしまいます。Kickstarterからは「とにかくアップデートを届けよう」とアドバイスをもらっています。しかし、量産ステージに入ると相手のある話が増えて、伝えられることが限定されるので苦慮しています。とは言え、短期勝負で、ある程度の資金と初期ユーザーを着実に集めるプレマーケティングとしての位置付けであれば、クラウドファンディングは有用なツールです。

VCは支援者ではなく、取引先である

資金調達はスタートアップの成長スピードにブーストをかける。 資金調達はスタートアップの成長スピードにブーストをかける。

創業期をくぐり抜け、ビジネスアイデアや試作品が具体化してくると、外部から投資を受けるチャンスがやってきます。

まとまった資金調達ができれば、開発や営業などフェーズに応じて必要な人材の採用がしやすくなったり、仕事場や量産に必要な予算を確保できたりするなど、自分たちの活動を2つも3つも先に進めることができます。その調達先の最有力候補となるのが、スタートアップへの投資をビジネスとするVC(ベンチャーキャピタル)です。

ここでスタートアップが誤解してはいけないのは、投資家から集めた資金でファンドを運営しているVCは成長のための資金を提供しているのであって、資金難のスタートアップの救済者ではないということ。言い換えると、スタートアップにとって調達で得た資金は志に賛同して寄付してもらったものではなく、VCがそれまでに投資したスタートアップ株の売買取引によって得たお金であるということです。

ギリギリの資金でやっている創業者からすれば、VCからのオファーはありがたいことではありますが、なぜVCは自分たちに投資しようと思ったのか、常に頭の片隅に置いておく必要があります。

VCでも埋められないピースを担うのが事業会社

VCの他に資金の出し手はいないのか? というときに思い浮かぶのが、事業会社です。資金を手当てして意気揚々に見えるスタートアップも、特定の専門分野に精通していたとしても周辺領域を知らないので、商談相手の言っていることが分からない、せっかく注文が来ても見積書の書き方を知らない、契約書が読めない、キャッシュフローと会計上の損益の区別がつかないなど内実は穴だらけです。

そういうときに事業会社と良いパートナーシップが組めると、この穴を埋めることができると私は考えます。仕事や売上をもらったこともあれば、実証実験の場を提供してもらい試作品についてのフィードバックをしてくれたり、ある取引先から納品後翌々月払いの支払いをと言われた時「それは下請法違反ですよ。30日以内に支払いを要求できます」と、商取引についてのアドバイスを頂いたりしたこともあります。

相性の良いパートナーの基準は、お互いに欠けているピースを埋められる関係であることが理想です。見聞きした範囲でも、潜在的な競合関係にある事業会社に買収され、エンジニアや有望なスタッフを引き抜かれて、創業者はお払い箱、事業も閉鎖というケースがありました。

仮に理想的な関係だったとしても、落とし穴はあります。ヒト編でも紹介したように大企業とスタートアップとではスピード感が全く異なります。「お互いに一緒に組んでみて、ある程度結果が出てから先のことは考える」といったスタンスで進めると、時間に余裕のないスタートアップは死んでしまいます。最初にゴールと期日を決めて、そこにしっかりコミットできる形が良いと思います。

一方で出資や業務提携する大企業側からすると、スタートアップとの協業は自社内の既存ビジネス部門との軋轢を生む場合もあります。例えば、これまでオンプレミスと人海戦術で稼いできたSIerがクラウドとAIに移行すべく、外部のスタートアップと提携したら社員はどう思うでしょうか?

かつて私が勤めていた会社では強すぎる店舗網が、成長分野のオンラインビジネスの芽を摘むということがありました。新規事業部門や投資を担当する部署に対する現場からのプレッシャーは容易に想像できます。こればかりはスタートアップ側にできることは何もありません。個人的には大企業とスタートアップの協業を阻害するのは、テクノロジーに疎い、時として「老害」と揶揄されるシニア層よりも、ビジネスの第一線で活躍しているエース級の反発の方が大きいのでは? という仮説を持っています。

というのも、日本企業の経営はボトムアップ型が多く、上席者は自分たちの権益を代表する部門の部下たちの意見を代弁していることが往々にしてあります。収益を上げている部門に影響を及ぼすような話が来れば、現場のエース級社員が猛反発するのを、上席者の言葉を通じて知るという場面を、これまで何度も目の当たりにしました。

もし事業会社から出資を受けて一緒にやってみて、一定の成果は出ているのに次に進まないという状況であれば、思い切って関係を解消し、次に行くという割り切りも経営判断の一つではないかと思います。

スタートアップは銀行から融資を受けるべきか

また、銀行からの融資も資金調達の一つです。しかし、悲しいかな、スタートアップが未来の産業を作るとはいえ、評価に耐えうる実績がありません。地域金融機関の新規事業融資では、日銭がある飲食店、美容室、小売業の開業は融資しやすく、テックベンチャーは融資しにくいというのが実情です。そうなると、自分たちの事業を正しく理解してもらえるかがポイントになります。私達の場合、プレゼンテーションに耐えうるプロトタイプやパイロットユーザーができてからは、銀行側の担当者にとってもビジネスがイメージしやすくなり、融資を受けることができました。

資金を借りて初めて学べたこともあります。それまでは、無借金経営で進めることが良いことだと思っていたのですが、全て自腹でやってきた会社と、借りたお金をきちんと返した実績がある会社であれば、後者のほうが“信用度が高い”として評価されることに気がつきました。無借金経営のまま進むと、危機的な状況に陥った際にどこからも融資が受けられない可能性もあるので、少なくとも金融機関との接点は持っておいて損はありません。最近ではスタートアップに対して関心が高い銀行も少なくありません。必要な時に融資や出資を受けられるよう、ハードウェアスタートアップの創業者も日頃からバックアップのファイナンスに気を配る必要があります。

受託開発はうまく使うべき

受託開発で培った経験は、自社開発のプロジェクトにも生かされる。 受託開発で培った経験は、自社開発のプロジェクトにも生かされる。

スタートアップとして起業して、自社開発の商品が出るまでの間、受託案件で食いつなぐケースも多いと思います。「受託にリソースが取られてしまい、メインの自社開発が進まないから受託はやらないほうがいい」という考えがあります。しかし、私自身は案件の過程でビジネスを覚える、顧客と信頼関係を築く、技術を他人から評価される、というのは貴重な財産になると考えています。発注する側からすればスタートアップは小回りがきくという面で仕事を頼みやすいというメリットがあり、世の中にはスタートアップが活躍できる受託案件は豊富にあります。受けすぎると受託が本業になってしまうので注意が必要ですが、PLEN Roboticsも最初は一品モノの試作品の受託開発、最近は業務システム開発や保守などを請け負いながら、自社製品を開発しています。

スタートアップの給料はどうやって決める?

最後にチームのメンバーの給与はどうやって決めるのか? というきつい質問を頂きました。

株主である創業メンバーは、会社つまり株式の価値を上げることがインセンティブになると言うこともできます。しかし、社員やインターン、パートタイマーのスタッフには当然給料を支払わなければなりません。採用時には市場相場にあわせた給料をお互い合意するとしても、悩ましい問題は昇給です。短期間で急成長を目指すスタートアップで2年も働けば、他社から引く手あまたの人材に成長することも珍しくありません。一方で、少ない人数で仕事をしていると、各自の業務範囲の間に隙間が生じます。それを積極的に埋める者と自分で手を動かさず結果を享受する者が出てくるのは大企業でもベンチャーでも一緒です。たくさん仕事をした社員はスキルが上がる。でも給料は上がらない。仕事は増えて感謝もされない。これでは、良い才能がチーム内に留まりません。

一般的に言われているのは、社員にストックオプションを渡して、昇給の代わりにする方法です。しかし、商品が市場に出て、それまでの開発費用を回収できるようになった際には、これまでの貢献に報いる形で昇給すべきでしょう。それは経営者と社員が同じ方向に向かって進むためにも必要なプロセスです。

一方でうまく行っていない時、創業メンバーの給料は後回しになるケースもあります。原資がないのは仕方ありませんが、全くもらわないというのも問題です。「自分はもらっていないから」という言い訳ができてしまうからです。また、自分は給料をもらわずに頑張っているのに、という気持ちも周囲には全く伝わりません。むしろ、自分だけの論理に閉じこもってしまい、さまざまな歪みを生むことになります。仕事をしない言い訳を作らないためにも、やった仕事、達成した成果にはきちんと現金で支払うべきと思うようになりました。

よく、メンタリングの場でバーンレート※を抑えろと言われることがあるのですが、これは単に支払いを少なくしろということではなく、過剰なリスクを取るなというアドバイスとして受け止めた方が良いかなと思います。2年、3年とやってきて、スタートアップを目指すなら、時間を稼いで幸運を待つよりは、スピードを落とさず事業のマイルストーンを達成する方が優先事項だと思うようになりました。

※バーンレート:会社運営に必要な毎月の支出額。

取材を終えて

メイカームーブメントの恩恵によって試作環境が劇的に変わり、スタートアップに注目する企業が増えつつあります。資金調達や製品発表など、メディアにはスタートアップの華々しい側面が取り上げられがちですが、その一方で多くの苦労やハードルが存在します。

この連載では、表に出ることのないスタートアップとしての苦労を富田さんにお話いただきましたが、現在進行系で開発をすすめるスタートアップや、これからスタートアップになろうとする方の一助になれば幸いです。

本連載に対しての感想やご意見があれば、お問い合わせフォームやSNSでハッシュタグ#fabcrossを付けてぜひお知らせください。

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