短期連載:スタートアップの古都、京都を訪ねる
NASAも駆け込む鉄工所、ヒルトップが考える試作開発とは
京都府宇治市にあるHILLTOP(ヒルトップ)は、日本でもっとも有名な鉄工所かもしれない。独自開発によるシステムで365日24時間無人での加工が可能な工場には、年間2000人もの視察見学者が訪れる。海外ではNASA、ウォルト・ディズニーからの案件を受注し、国内では民間初の月面探査チームHAKUTOに加工部品を提供する。その一方で京都試作ネットにも参画し、Makers Boot Campの試作ファンドを通じてスタートアップからの相談にも対応する。
最も刺激的な鉄工所が目指すものは何か。京都府宇治市の本社を訪ねた。
ヒルトップは1961年に山本精工所として京都市南区に設立、2008年に宇治市に移転し2014年に現在の社名に変更した。設立当初は自動車業界向けの部品を量産していたが、現在は多品種単品生産による試作品開発がメインだ。同社の強みは独自開発による加工技術のデータ化だ。5年以上かかるとされていた複雑な加工も2週間に短縮できることで、単品ものの製造をメインにしながらも業績を大きく伸ばしている。
加工の設定をプログラミングするプログラマーとして配属されると、未経験の社員でも2~3カ月後には顧客からの案件を自分でこなせるようになるという。
自分たちのテリトリーだけで仕事をするな
徹底して合理化されたシステムを基に利益を伸ばしていると聞くと、利益率の高い仕事に特化していると思われるが、代表取締役副社長の山本昌作氏はあえて利益にならない仕事も受けることを意識している。月面探査チームHAKUTOの機体用部品や、ハードウェアスタートアップとの案件は、まさに自分たちを成長させるための仕事だという。
「5%ルールと呼んでいますが、売上の5%ぐらいは面白い仕事をしていいと思っています。選ぶ基準は、面白いか、面白くないか。面白い仕事はもうからなくても社員のポテンシャルが発揮されて実力が付くし、そのためであれば目先の利益だけ追うようなことはしない。自分のストライクゾーンだけの仕事をしていては絶対に伸びません。スキルを上げるためには背伸びをすること、ストライクゾーンから外れたボールを打つことが未来につながります」
こうした思想は京都試作ネットにも受け継がれようとしている。
「いくつかの企業が集まると自分たちの取り分とかお金の話になるけど、実につまらない。いいじゃないか、赤字になったって。やれば経験値になるんだから。テリトリーにあるものだけでお金をもらっても仕方ない。それよりは自分たちの将来のため、可能性のある飯のタネが世の中にはたくさんあるんだから冒険しないとだめだと口酸っぱく言っています。
試作案件はそんなにもうかる仕事ではない。京都試作ネットはドラッカーの経営マネージメントを体現するために立ち上げたわけで、顧客を創造するという肝の部分を実行するためにはマーケティングもして自らイノベーションを起こすという気概が必要なんです」
スタートアップへの支援は発展途上
クロスエフェクトの竹田正俊氏が語ったように、MBCと京都試作ネットが組んだ背景にはスタートアップが捻出しづらい費用をファンドが出す点にある。山本氏はこの取り組みに賛成する一方で、参加する企業がまだまだ不足していることに課題があるとしている。
「中小企業に一番足りないのはお金であって、将来のための仕事ばかりはできないので、そこをファンドで組めたのは素晴らしいと思います。京都は大量生産には弱いが試作開発や精密なものに強いので、試作にフォーカスすれば親和性も高い。しかし、こちら側がまだ十分に後押しできていないですね。どの中小企業もヒルトップのように5%ルールを実行できるわけではないし、自社の利益を最優先にする企業もいる。MBCから来るスタートアップの案件は、自分たちのストライクゾーンの外にあるものが来るわけだから、受ける側も失敗するかもしれないし、コストがかかってお金にならないと思う。だけど、自分たちにとって将来の糧になる仕事ではある。顧客を創造するためにチャンスを掴んでほしい」
社内メイカースペースから新たなビジネスを創出する
ヒルトップでは2015年にメイカースペース「Foo’s Lab」を自社内にオープンした。営業時間中はエンジニアとデザイナーが常駐し、新規事業創出に専念している。
「ここでは自社で開発している装置の稼働状況を可視化するためのIoTデバイスづくりを進めています。試作品であれば外装は3DプリンターやCNCを使えばいいし、基板は2層基板なら1日で作る。開発プロセスの初期段階を全てここでまかなえるのが強みになっています」
新しい製品開発では社員の自主性を尊重し、どんな提案でも耳を傾けることが重要だという。
「基本的には監視はしないし出る杭も打たない。不良や失敗も怒らないし、やってみたいという社員の提案は内容が大したことがなくても認める。先日も社内で焼肉パーティーをやった一カ月後に夏祭りをやりたいという社員がいましたが、普通の会社だったら『何バカなこと言うてんねん』ってなりますよね。何のためにやるのとか根掘り葉掘り聞くうちに『やっぱり止めておきます』って普通はなる。でも、どんなささいなことでも自らやりたいって言うなんてことはめったにないですよね。だから、どんな事柄でも聞く。そうすると次々と自分の発案でなにかしたいという手が挙がるから、それをつぶそうとは誰もしない。働くモチベーションを維持する上では大事な考え方だと思います」
モチベーションの維持向上のためには、常に人手が不足しがちな中小企業であってもジョブローテーションも必要だと山本氏は説く。
「日本の製造業、中小企業は効率を下げるようなことをしたがらない。ジョブローテーションなんてもってのほか。でも、それが一番良くなくて、一時的に効率は下がっても環境が変わると人のモチベーションは上がります。それに少ないリソースだからこそ、一時的にプログラマーが足りなくなった場合でも他部署からプログラマーを経験したスタッフが応援できる。デザイナー、機構設計者、回路設計者がいてシャッフルしたり、教え合える環境ができると新しいことにチャレンジできる土壌になるわけです」
石橋をたたいて渡るのをやめよう
自由闊達な制度で社員の満足度を高め、利益向上にも成功したヒルトップ。京都試作ネットでのスタートアップとの案件は日本の試作産業を変えるための足がかりだという。
「京都試作ネットを立ち上げた時に、日本は世界における開発国になる、そのために試作産業を加速させようという思いがありました。
ただ未知なるものへのチャレンジは、そんなにフットワークを軽くできない面もあって、自分たちのテリトリー以外のことをやりたがらないという日本の風土が邪魔になっていると思います。中国がスタートアップのメッカになったのは、全くそういう思考がない人たちが次々とスタートアップとの案件に手を挙げるから。『やろうと思ったらできるんじゃないの』というノリが日本には無い。面白かったら、とりあえず1回やってみようよっていうスタンスが必要だと思いますね。それが無い限り日本の試作産業は広がらないし、スタートアップも育たない。目先の銭だけで動くなら、日本のスタートアップを担うなんてできない。もっとリスクを負うべきだと思います」