メイカースペースの作り方
教室でもサークルでもない、学生が何かを成し遂げるため大学内ファブラボ
いいことだけじゃない、学校特有の課題
もちろん、学校ならではの課題やハードルもある。神奈川大学の場合、ファブラボの活動は道用さんの講義に一部活用されているが、それ以外のカリキュラムには組み込まれていない。したがって、運営は学生の自主性に大きく依存するという。
また、運営する学生も基本的にはボランティアがベースであるため、活動に直接的なリターンがあるわけではない。そのため、学生や教師が疲弊しない運営の維持が重要だと道用さんは考える。
「カリキュラムの中にデザイン教育やファブ教育がない中で理想論を押し通しても、できる学生より、できない学生の方が圧倒的に多い。やはりカリキュラムから整え、基礎から身に付けられる環境でもない限り、あれこれ詰め込まないほうが良いと思います。
運営についても、今携わっている学生は先輩たちがやってきたことをなぞっていることが多く、立ち上げ時期の学生に比べると意欲や技術の面で少し足りない部分はありますし、年によっても学生のモチベーションや能力に違いがあります。学生が疲弊しない範囲で、どのように教師が仕掛けていくかというのは永遠の課題です。
ただ、ファブラボ平塚の場合は、卒業後に他のファブラボで働きながらアーティスト活動をしているOGが定期的にアルバイトで入ってくれていて、彼女にはとても助けられています」
運営を許可した大学側との関係も重要だ。立ち上げ当初、道用さんが注力したのは運営の様子を徹底して可視化することだった。普段の様子を写真で記録することはもちろん、簡易な会員データベースを作り、利用記録をログに残した。
「予算が単年度なので、毎年大学側との交渉があります。だから最初の2年ぐらいはカメラマンかと思うぐらい、とにかく写真を撮っていましたね(笑)」
独自にメイカースペースを作るのではなく、ファブラボに参加したことのメリットも大きかった。
「校内にメイカースペースを立ち上げる際、ここにいない種類の人達との交流を第一に考えました。ファブラボの運営者やそこに集まる人たちっていままで見た人とぜんぜん違うなという印象が強くあって、単にうちの学部がやっている工作室ではない価値が生まれるのではないかと思いました」
道用さんのもくろみ通り、地元の建築業者から資材の提供を受けたり、地元企業とタッグを組んで課題解決に取り組んだりする事例も生まれ、平塚市長にファブラボの活動をプレゼンテーションする機会を得るなど、地域に根ざしたラボとして認知されるようになった。こうした道用さんらの活動が実を結び、2021年に移転が予定されている横浜市みなとみらい地区キャンパスでは、ソーシャルコモンズを体現する場の一つとしてファブラボ専用のスペースが用意されているという。
「平塚で育んできた地域との縁が移転で途絶えるのは非常に辛いのですが、横浜市の中心であるみなとみらいに移転したら、外の人との交流も非常に多くなると思います。近隣に大手メーカーの拠点も多いエリアなので経営学部の学生にとってはありがたいし、どのように土地の色を出していくか楽しみにしています」
学校×ファブラボの存在価値
大学にメイカースペースができ始めていることで、運営に携わる側にも変化が起き始めたという。
「今、ファブラボ関係者の中で大学教職員になっている人が増えています。数年前から教育の中にデジタルファブリケーションが浸透し始めたことで、それを支える人材の雇用が生まれ、少しずつファブラボが認められてきていると思います」
こうした流れはファブラボやファブに携わる人材が学校にとって中長期的に必要な人材として評価されていることの証左だと道用さんは見ている。
ファブラボのような新しい取り組みは都市圏の大学だけでなく、あらゆる大学にとって必要な機能になると道用さんは考える。現在のキャンパスで起きたことを間近に見てきた道用さんだからこそ、確信を持って言えることだろう。
「移転の話をしましたが、アクセスの良い大学であれば周りにいろんな刺激があるんでしょうけど、このキャンパスの中だとキャンパスの内側だけの刺激しかない。ファブラボを通じて、これまで無かった刺激が外から来るというのは非常に大きな価値があります。また、学内でも他学部の人たちとの交流が生まれます。経営学部の学生が生物学科の学生と話してたり、メインの授業でもサークルでもない場所で交流が生まれることで、自分の活動に他の人のエッセンスを取り入れたり、将来の仕事について学部をまたいだ議論が生まれるようなことが起きています」
学校でもサークルでもないサードプレースとしてのファブラボがあることで、教員が教えようとしていることから少しずれたところに興味を持つ学生に対して、学ぶ環境を大学が提供できるようになったと、大学にメイカースペースを置くメリットを道用さんは捉えている。
「ファブラボ平塚は経営学部内にありますが、理学部の学生が実験で使う道具を作ったり、趣味の化石標本のデータを3Dプリントしたりしている。この年代で自分のやりたいことがはっきりしている学生は多くないけど、そういう思いを持った学生が自分で動ける環境があるというのは、大学としても大きな価値があると思います」