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メイカースペースの作り方

TechShopが日本に遺したもの、ポスト・メイカームーブメント時代のメイカースペースのあり方

2020年2月29日にTechShop Tokyoが閉店する。メイカームーブメントを象徴するメイカースペースとして、アメリカで誕生したTechShopと富士通の戦略的パートナーシップに基づいて、2016年4月にオープン。都心の一等地にあって、1200平方メートルのエリアに、3Dプリンターやレーザーカッターなどのデジタル工作機から、工業用ミシンや溶接機、自動木工旋盤、板金機械などの本格的な工作機械をそろえていた。

TechShopに貼り出された閉店のメッセージ TechShopに貼り出された閉店のメッセージ

しかし、収益面において課題があり、約1年検討を重ねた結果、閉店を決定したという。テックショップジャパン代表取締役の有坂庄一氏は、閉店という事実がある一方で、多くの人がスタートアップすることを支援できたと胸を張る。4年弱の運営期間で見えたもの、そしてメイカームーブメント以降のファブ施設のあり方について伺った。(撮影:加藤甫)

閉店の苦情は一切なし、会員からは感謝の言葉も

天井高8m超と開放感のある空間に本格的な機材をそろえたTechShopのオープンは、大きな話題となった。

2020年1月31日にTechShop Tokyo閉店が発表されると、SNSでは「残念」「これから、どこへ行けばいいのか」といった声が多く投稿された。閉店発表後、有坂氏をはじめ15人のスタッフは会員からの問い合わせなどの対応に追われたが、クレームは一件もなかったという。

「感謝の言葉をかけてくれる方が多く、最終営業日も本来なら会員に対して感謝するイベントを企画すべきところを、会員の方々が自らイベントを企画していただいているようで、本当に人に恵まれた場所だったなと思う」

暗中模索だったという立ち上げ時を有坂氏は振り返る。

「アメリカのTechShopからもらったノウハウはなかった。会員を管理するシステムも彼らのシステムは使い勝手が悪かったので、自分たちで独自のものを導入した。オープニングまでのガントチャートも用意されたものがあったが、そういったプロジェクト管理は富士通が得意とするところだったので、自分たちでチャートを作って管理していた」

TechShop Tokyoを運営するテックショップジャパン代表の有坂庄一氏。TechShopの文化に共感し、日本でも有数のメイカースペースの立ち上げに奔走した。 TechShop Tokyoを運営するテックショップジャパン代表の有坂庄一氏。TechShopの文化に共感し、日本でも有数のメイカースペースの立ち上げに奔走した。

メイカースペースは地域の課題や産業に合わせるローカルビジネスだ。そのため、体系化されたノウハウもなく、ビジネスモデルも日本独自の方法を模索した。

「オープンする前に2週間ほどサンフランシスコに訪れ、本国のTechShopを視察した。サンフランシスコは当時10拠点あったTechShopの中で一番会員数が多く、朝から晩まで毎日50人ぐらいの会員が出入りしていた。ギークやMakerも多い街だったので、TechShopの中でも一番盛り上がっていた」

その当時、既に東京には多くのファブ施設があったが、DIYカルチャーと起業家精神旺盛なアメリカのファブ施設は日本のファブ施設にはない空気があったという。

個人向けに機材利用で収益を上げるアメリカのビジネスモデルは東京で成立しない——有坂氏はTechShopが掲げる「Build your dream from here(夢をここから形にしよう)」という哲学を守りながらも、日本独自のモデルを模索した。

店内にはプロ仕様の機材が並ぶ。4年弱の運営において事故が全くなかったのは、ひとえにスタッフたちの努力のたまものだと有坂氏。

個人利用での黒字化は厳しいと想定される日本で、TechShop Tokyoは法人向けサービスで収益を上げるモデルを打ち立てた。オープンイノベーションを創出するプロジェクトを企業に提供し、アイデアからプロトタイプまでをサポートすることで収益を上げる。そこから得られた利益やネットワークを、工房に通う個人ユーザーに還元するという仕組だった。サービスレベルの基準は個人に焦点を当てながら、そこから生まれたネットワークやノウハウと、TechShopの環境を法人に提供する。企業のオープンイノベーションを促進する機能として認められることで、ファブ施設というビジネスを浸透させる狙いがあった。

オープン後は全国に拠点を持つ富士通の営業による積極的な紹介や誘致もあり、大企業や地方自治体からのプロジェクトを受注するなど成果も残した。また、国内ではDMM.make AKIBAと並ぶ大規模なメイカースペースということもあり、経済産業省が進めるスタートアップ支援向けの政策でも活用された。こうして、TechShopは大企業のイノベーション創出や次世代の起業家を育成するための場として、日本独自の道を歩むようになった。

予見された未来——米TechShopの倒産

米TechShopのWebサイトに掲出された閉鎖のお知らせ文。(現在は閲覧不可能) 米TechShopのWebサイトに掲出された閉鎖のお知らせ文。(現在は閲覧不可能)

2017年11月、米TechShopが倒産を発表し、米国内の全拠点を閉鎖した。その一報が有坂氏に届いたのは突然だったという。

「次の資金調達先が見つからないという話は聞いていた。投資家の多いアメリカであれば、VCなんていくらでもいるだろうと思っていたが、数年で数十倍に成長するスタートアップが当たり前のようにいるアメリカにおいて、年率で数十%程度の成長しか見込めないメイカースペースは見向きもされないという状況だったと聞いている」

成功する割合は低くても、ブレイクすれば短期間での急成長が見込めるスタートアップへの投資は旺盛だ。しかし、中長期的に堅実な成長を目指すビジネスに投資するVCは皆無だ。投資のマーケットがアメリカよりも小さく保守的な日本は、その傾向がさらに強い。社会的な意義があるビジネスであっても、大きく成長する見込みがなければ投資家は動かない。それは日本でも変わらない。TechShopは一企業が運営するにはコスト面や環境面で難しい場面も多々あった。

政府の政策にも重なるなど社会的なニーズはあるということはTechShopの運営で証明されたように思うが、単体の民間企業がすべてを背負って経営するには無理があるというのが現実だと有坂氏は指摘する。

「経済産業省とも連携し、スタートアップファクトリー構築事業にも参加した。その中でスタートアップを支援する場として、メイカースペースが必要だと認めるのであれば、必ずしも民間企業主導で運営するだけでなく、自治体や行政がオーナーになり、民間企業に運営を委託するモデルがあってもおかしくはないと思う」

TechShopが見出した、「第2の深セン」モデル

TechShopの一角に掲示しているスタッフのリスト。独自のノウハウによるメンテナンスの丁寧さには定評があり、メーカーの担当者がメンテナンス方法について教えを請うこともあったという。 TechShopの一角に掲示しているスタッフのリスト。独自のノウハウによるメンテナンスの丁寧さには定評があり、メーカーの担当者がメンテナンス方法について教えを請うこともあったという。

現場から見出した可能性も、やり残したことも多い。

「10年もたてば、プログラミング教育を受けた『プログラミングネイティブ』な世代が社会人になる。その頃にはハードウェアとソフトウェアを含めたサービスのプロトタイピングを誰もが行う状況になる。そうした可能性への先駆けとして、AIが使える環境は作りたかった。また、設計したデータの構造解析や、プロトタイプを手にとったユーザーの表情や感情解析ができるようになることで、作り手の意図(設計)と人の反応(フィードバック)の関係が可視化される。そうしたデータが蓄積していくことで強力なプラットフォームを構築できる。ハードウェアだけに閉じないメイカースペースの次のモデルが実現できたはずだった」

有坂氏のビジョンは決して絵に描いた餅ではなく、実現可能なモデルだった。4年弱の間に構築できた企業や研究者とのネットワークに、既に存在するソフトウェアやAIなど必要な要素は整っていた。あとはそれらをうまく組み合わせ、ハードウェアのデータと、ソフトウェアやユーザーからのフィードバックが蓄積される次世代型のメイカースペースができる可能性があった。

有坂氏は実現できなかったことに悔しさをにじませながらも、立場は変わってもやりかけたものを形にしたいと前を向く。

「閉店を発表してから『TechShopが灯したものを、どうつなげていくか』という議論が続いている。会員約1500人、さらにその周辺にいる企業やクリエイター、関係者も含めると3000人に及ぶネットワークが、日本だけである。これだけの人とTechShopがやろうとしていたことが実現できれば、深センとは異なるエコシステムを構築できる可能性がある。それを実現するには民間だけでなく、教育機関や行政機関も主体的に関わらないとサステナブルなモデルには行き着かない」

TechShopはなくなったとしても、そこで築いたコミュニティは存在し続ける。それを次につなげていくためのアクションを考えたい——有坂氏は閉店後にできることを考えている。

海外との差が埋まらない、日本のスタートアップ支援

近年のスタートアップ支援は、民間主導ではありながらも、政府や自治体のバックアップが欠かせない。中国・深センがシリコンバレーに次ぐイノベーションのメッカとなったのも、リーマンショック以降に中国政府が積極的にスタートアップ向けの政策を実施し、製造を担うだけでなく、新たな技術や企業を生み出すことにフォーカスしたことが背景にある。

フランスもフレンチテック(La French Tech)という政策を掲げ、国内だけでなく海外からのスタートアップ人材の誘致を積極的に行い、国内人材に留まらない政策を大胆に実施した。その結果、海外からの投資を呼び込み、国内の雇用を促進するなどの成果を残している。

また、韓国も積極的にスタートアップ支援を行い、海外に留学していた若手人材が帰国して起業する動きが活発化している。2020年のCESでもKOTRA(日本のJETROに当たる貿易振興と外資誘致機関)、韓国科学技術院、ソウル市など政府/自治体の機関とサムスンのスタートアップ支援機関C-LABがそれぞれ出展し、海外に向けて積極的にアピールしている。

有坂氏が指摘していることは、スタートアップ育成では後発である日本に対する現場からの課題といってもいいだろう。

「メイカームーブメントを期に日本各地に多種多様なファブ施設ができ、国もそれに興味を示した。その先に何ができるかという検証ができたのが、この4年間だったと思う。社会的な意義や可能性が見えた一方で、ビジネスとして継続するには難しく、CSRとしてやるには荷が重い。産官学で取り組んだり、複数の企業によるコンソーシアムで運営したりするなど、リスクヘッジができるモデルを検討する段階にきていると思う」

スタートアップが増えず、支援する側が過多

多くのメイカースペースが経営に苦しむ背景には、利用者の伸び悩みがある。その背景には企業からスピンアウトする人材やスタートアップの数が少ないことが挙げられる。

日本のユニコーン企業(設立10年以内で時価総額10億ドルを超える未上場企業)は3社(※日本経済新聞調べ)。中国(99社)、インド(19社)、韓国(6社、いずれもCB Insights調べ)と比べると成功例も少ない。右肩上がりだった製造業が弱体化し、所得が先進国の中で唯一30年間横ばいである日本において、起業者の増加は現状を打破する可能性を持っているにも関わらず、その数は増えない。

「デザイナーやクリエイターなど創造性を発揮して対価を得られるような仕事が日本にはまだ足りない。独立/起業するにはリスクが高いから企業で働き続けるしかないケースや、趣味で留まるケースも多い。いきなり個人で働くことはリスキーだとしても、そういった能力を持った人を育てていく仕組や制度が充実しないと、支援サイドだけが増えて肝心の支援する対象が増えない状況は変わらない」

メイカースペースという概念からの脱却

TechShop Tokyoの店頭ディスプレイに展示されている中村氏の作品。 TechShop Tokyoの店頭ディスプレイに展示されている中村氏の作品。

TechShop Tokyoから誕生したクリエイターやスタートアップも存在する。

中村理彩子氏は学生時代からデジタルファブリケーションを活用した衣装作りを行っている。作品はTechShop Tokyoで制作していたという。短期間で試作品を大量に制作できたり、テキスタイルプリンターを駆使して、布のデザイン案から企業に提案したりできるTechShopの環境は、中村さんのクリエイターとしての活動に大きな影響を与えた。

「TechShopのおかげで想像を膨らませていたものを着実に可視化させたり、漆をはじめとする素材の可能性をテクノロジーによって拡張させたりする機会に巡り合うことができました」

フリーランスのエンジニアとして企業の試作品や製品の開発に携わる岩崎弾氏は、仕事だけでなく趣味の工作でもTechShopを活用していた。

「試作品や小ロットの製品の制作過程で必要となる加工は、TechShopでやっていました。趣味の工作でも生活に必要な棚や金具の制作から、好きなアーティストのライブで振る旗も作ったりしました」

岩崎氏が制作に携わった「だるまオトす」。口説き文句(音声)や表情をだるま落としが認識し、コミュニケーションの内容によってだるまを落とすインタラクティブな作品。
岩崎氏はだるまの落下機構やトンカチ型のマイク、だるまの顔部分をTechShopで加工した。
中村氏がTechShopで制作した衣装の一例。TechShopではテキスタイルプリンターや真空成形機、CNCや旋盤などを使用していた(写真提供:中村理彩子氏)

また、愛知県豊田市で「空飛ぶクルマ」を開発するCARTIVATORが東京での開発拠点にTechShopを利用するなど、地方のスタートアップとの連携も生まれていた。

利用者は今回の閉店をどのように捉えているのだろうか。中村氏、岩崎氏に尋ねた。

「私の場合は外注の仕事や企業とのタイアップが増え、製作活動が本格化する『これから』というタイミングでの閉店でしたが、TechShopを見渡すとそういう方は多いですね。TechShopを通じて個人事業主になった人はたくさんいますし、会員同士で仕事を発注し合うなどコラボレーションも生まれ始めていました。そういう意味でTechShopはファブ施設が目指した『街と人のイノベーション』へと、確かに向かっていました」(中村氏)

「ファブ施設が一般化してきて、Makerやクリエイターではない人も訪れるようになったり、会員間のシナジーが生まれたりするようになっていた。そうした矢先の閉店だったので、大変残念にであり、もったいない。TechShopが入居するアークヒルズを管理する森ビルの私有地で試作品の実証実験もできたので、アイデアの評価やデータ収集をスピーディーに行うためにも非常に有効な場所でした」(岩崎氏)

閉店を機に会員間の結束が深くなり、既に3月以降についての話も進んでいるという。

「皮肉なことではありますが、閉店をきっかけとして、TechShopを利用していたユーザー内で、濃い議論が繰り広げられ、コミュニティがより強固になりました」(岩崎氏)

「閉店を受けて、富士通やTechShopとそのスタッフに対し、深い感謝の気持ちと共に一丸となって新たなプロジェクトを発足させようとしています。それだけの価値があると、それぞれが感じるコミュニティが生まれたわけです。これは非常に大きな財産だと思います」(中村氏)

有坂氏もTechShop Tokyoを通じて、成長する会員の様子を見つめ続けてきた。

「個人で作品制作をしていた人が仕事になったケースや、会員同士が知り合って一緒に起業した人、学生時代から制作を続けて、クリエイターとして独り立ちした人もいる。クラウドファンディングにつながった案件も10件以上あったし、法人でもTechShopでのプロジェクトがきっかけとなって事業化につながった案件もある」

そういった現場に立ち会ってきたことによって、有坂氏は自分たちがメイカースペースであるという自覚はなくなったという。

「従来のメイカースペースとかファブ施設という定義を見直す時期に来ていると思う。単にものを作る場所ではなく、世の中にある大小さまざまな課題に対してテクノロジーとアイデアをぶつけてみる場所といったほうが正しい。それを実現するには機材よりもコミュニティが重要だし、形にできる人間が中にいれば規模の大小は関係ない」

メイカースペースが担う役割はなくならない、だが、そのあり方は見直す時期に来ている。TechShopが残したメッセージを受け継ぎ、メイカースペースをアップデートできるかが今後のターニングポイントになるだろう。

メイカースペースの本質は課題解決の場と語る有坂氏。ここで誕生したプロダクトやプロジェクト、巣立った人たちが次のメイカースペースを生み出すかもしれない。

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