Redshift 日本版提携連載「ものづくりの未来」のストーリー
「ロング・ナウ時計」で検証する人類の未来の様相
2019/03/25 07:30
人類は、現在を生きる生物だと言える。その関心事の大半は、もっぱら仕事とプライベートにおけるToDoリストと、週末のプランだ。子どもの進学費用や、いつまでも健康的な生活を送るための定年後の資金のやり繰りを思案している人もいるだろう。だが自分の人生以上の長さについて考えるのは難しい。それが1万年後の未来を思い描くのであれば、なおさらだ。だが、それこそが科学者やエンジニア、デザイナー、思想家たちが20年以上にもわたり取り組んできた、テキサス西部の山中深くに建設中の、巨大な1万年時計のデザインと構想なのだ。
「ロング・ナウ時計(Clock of the Long Now)」と呼ばれる1万年時計は、高さ約61mの機械時計で、人類が地球のライフサイクルにおける時間と場所に関する考え方を見直すのに役立つよう、年に1回、時を刻む。一生涯よりもずっと大きな何かに投資し、長期的存続のための計画と構築の方法を示すことを目的としたものであり、関心が分散しがちなこの時代における、興味深いコンセプトとなっている。
この1万年時計は、コンピューター科学者で学際的企業Applied Inventionの設立者である、ダニー・ヒリス氏が考案したものだ。彼はGlobal Business Networkのスチュアート・ブランド氏と共同で、NPOであるロング・ナウ協会(Long Now Foundation)の議長を務めている。パートナーにはアマゾンのジェフ・ベゾス氏もおり、この時計はプロジェクトのスポンサーを務める彼の所有地に建設されている。
インダストリアルデザイナーのアレクサンダー・ローズ氏は、現在この協会の理事と時計のプロジェクト マネージャーを務めており、1997年当時はロング・ナウ協会初の従業員だった。ローズ氏と同僚たちは、その年を5桁で「01997」と表記する。これは、従来の時間の概念を拡大することを意図したものだ。
「何かを1万年にわたって存続させるために必要な方策は幾つかありますが、この尺度の時間に耐えうるものは地下にしかありません」と、ローズ氏。「塔を建設するのでなく、誤解され、忘れられ、そして再発見されるような、もっと繊細な何かを建設することに興味を持っています。巨大な関心の対象にしたいと考えているわけでもありません。」
ロング・ナウ協会のデザイナーが「モニュメント規模」と呼ぶほど大型の時計の準備には、モデリングや数点のプロトタイプが必要だった。作成されたプロトタイプは、ロンドンのサイエンス・ミュージアムと、サンフランシスコにあるカフェ兼博物館でロング・ナウ協会の本部でもあるThe Intervalに1つずつ展示されている。
チームはテキサス州シエラ・ディアブロの山に穴を掘り、時計の機構を設置しても人々や機材の通過に十分なスペースのある巨大な洞窟を作った。ローズ氏によると、時計はいくつかの構成部分に分割して作られており、深さ152 mの立坑へ下ろされて、細心の注意を払ってゼロから構築される。
デザイナーたちは仕様に厳密に沿い、さまざまなソフトウェアを使用して、これら構成部分のモデリングや機械加工を行なった。設置場所では実質的な製造は行われず、また構成部品は1万年の耐用年数に耐え得るものである必要があるからだ。時計のチーフエンジニアを務めるヤッシャ・リトル氏によれば、このプロジェクトにはAutodesk Inventorが大きく貢献しているが、チームは表面や高速で複雑な機械加工など、時計のより複雑な部分に対して、「Autodesk Fusion 360」や「HSMWorks Cam」、「PowerMill」も使用している。
「Inventorには FEA(有限要素解析)が搭載されており、ストレステストを行うことで時計部品の強度が十分であるかどうかを検証できます。一部の構成部品は、かなり重量があります」と、リトル氏。「従来はこうしたテストを外部で別に行う必要がありましたが、Inventorには全てが統合されているので便利です。反復の能力も確実に向上します。タブを切り替え、FEAを実行するだけです。」
時計の各構成部品は、主にロサンゼルスのApplied InventionオフィスかシアトルのMachinists Inc.で製作されて、ベイエリアでの検証後にテキサス州へ輸送され、ケーキの層のように立坑内に下から順に設置される。設置された最初の部品には、駆動部のおもり、竜頭、歯車などもあった。
建設現場が人里離れた場所にあることには多少の問題があるものの、その立坑の長さは好都合だとリトル氏は話す。重量のある部品を長い振り子に吊すと、その物理特性によって自由に振動でき、可動域が狭い場合より簡単に配置できる。
最大の懸念は、構成部品の検証や組立はオフサイトで行っても、その一体化は現地で行うしかないことだ、とリトル氏は話す。「とはいえ、修正箇所は小さな部品に限定されるだろうと確信しています」と、リトル氏。この時計は、少なくとも建設に関しては特別のスケジュールが予定されているわけではないが、完成後に人々がこの時計を実際に体験するには、現地への長時間のハイキングが必要になる。現場に着いたら、まず時計のねじを巻き(後は太陽光エネルギーが駆動する)、最高地点まで歩いて上る。デザイナーたちは、この体験が人々の関心を引く、啓発的なものとなることを望んでいる。たとえ、訪問者を案内するサインや説明がなくても、だ。何しろ、数千年後の人類が何をどうやって読むようになっているのかは、誰にも分からないのだから。
時計の鐘も、時計のねじが完全に巻かれる1日に1回、折に触れてさまざまなシーケンスでメロディを奏でることになっている。特定のアルゴリズムに基づいて演奏されるため、1万年の間、同じメロディが繰り返されることはない(前衛的ミュージシャンで、ロング・ナウ協会の役員でもあるブライアン・イーノがアルゴリズムを使って作成した、この時計にインスピレーションを得た示唆に富む一連のメロディはここで聴くことができる)。時計最上部のディスプレイには、太陽系の力学モデルである太陽系儀が配置されている。
「このプロジェクトに対する人々の反応の多くは、人間がこれほどの時間的尺度で存在し続けることは不可能だろう、というものです」と、ローズ氏。「でも、人間というのは諦めない種族です。人々は、気候変動を大惨事として話します。議論となっているのは、生き延びることが可能かどうかではなく、どう生き延びるのかについてです。この時計の真意は、それを熟考するきっかけを人々に提供することです。それは現在、そして未来に関することなのです。」
●(Redshift by Autodeskより転載)
『ロング・ナウ時計で検証する人類の未来の様相』
https://www.autodesk.co.jp/redshift/clock-of-the-long-now/