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うんこボタン製造の裏側

量産品は試作品を超えることはできない——スタートアップが中国で量産するときに起きること

「よかれと思って」中国側から提案があったときに考えること

中国側へT1時点での修正点を指摘する。修正作業とそのチェックの日程を考慮し、最終確認のための中国出張のスケジュールが出てきた。通常はT1を日本でチェックして修正を依頼し、現地へ出張してT1時の修正点を直して作ったT2をチェック。これを修正し、最終的に承認されたものがTE(トライエンド。Try Endの略。完成品と同じ)となる。承認されず、さらなる修正が必要になればT3となる。また、製品や状況によって、T2のあとT3を出し、これをチェックしてTEへとする手もある。

今回は出張直前でT1を修正したT2を出し、さらなる修正を加え、中国出張の際はT3をチェックすることになった。T1を中国へ戻したあと、T2を出すにあたって中国側からも日本側の修正とは別の提案が来た。

「『ショートやヒケ部分があるので直させてほしい』というものでした」

宗村氏は語る。金型の先端、流れのどんづまりの部分で、溶けたプラスチックが最後まで届かず、結果的に変形した部品となった点。「ショート」という現象だ。また、プラスチックの肉厚部分がくぼんで凸凹ができてしまう「ヒケ」という現象も見られた。いずれもわずかなものだが、指摘されれば確かに気になる。品質の向上という点で、ありがたい提案だ。ひとつポイントがある。こちらが把握していない提案が来た場合、内容を吟味し、理解することだ。「よかれ」と思って提案してくれたことでも結果的に機能を損なう方向に進むこともないわけではない。慎重に対処したい。表現も大事。「品質を上げたい」という思いは信頼関係のあるパートナーなら中国側も同じ。たとえ「問題がある」とこちらが感じた提案でも、頭ごなしに否定するのではなく、しっかり理由を伝える。中国は日本以上に面子(メンツ)を大切にする国だ。面子をつぶすようなことをすれば仕事に大いに支障を来す。先方からの提案には、感謝の意を表してから可否を論ずる。細かいかもしれないが、意外に大事なことだ。

「T1で指摘した白のツヤの問題と、ボタンのガタつきは改善されていましたが、まだ納得のいくものではありませんでした。現地で膝を突き合わせてやらないとうまくいかないと感じました」

宗村氏はいう。メールで散々やりとりしてもうまくいかないことも多々ある。コストや手間の問題があっても詰めの作業をするためには現地へ飛ぶことが必要なのだ。

訪中前、最後まで問題となったボタン部分。 訪中前、最後まで問題となったボタン部分。

数字で伝えることの重要性

T2での問題点を指摘し、後日現地の中国・東莞市へ向かう。筆者も同行した。工場へ行く前に、最新の現状を学研香港の技術担当者から聞く。目の前に置かれたT3をチェック。色、ツヤについては問題なさそうだ。持って行ったサンプルとほぼ同じ感じで仕上がっている。パーツを組み上げ、ボタンのクリック感をチェックする。

「やっぱりまだ気になるなあ」

宗村氏からの指摘。テクニカルアドバイザーの小美濃氏がすぐに電子ノギスで問題のパーツを測り始めた。左右で同じでなければならない箇所の寸法が違う。違うといっても0.3mm以下の話だが……。数値を中国側にも見せ、確かに違うことを得心させる。

「やり方は任せるから0.15mm伸ばしてください」

宗村氏が結論を伝える。「やり方は任せる」といったのは、金型修正以外の方法もあるからだ。プラスチックを流し込む時の圧力や温度といった成型条件を変えることで、わずかではあるが寸法を変えることは可能なのだ。言葉だけでなく、小美濃氏は実際にイラストを描き、どこを0.15mm伸ばすのか、を指示した。絵と実物を見ながらうなずく担当者。そこに言葉はないが、イラストで確認することは非常に重要。当たり前のことだが、スタッフは中国語でやりとりする。その場に通訳がいるとつい頼りたくなるが、技術者同士なら、実物とイラストがあればたいてい内容は通じる。ともかくもこの部分は次のショットで確認することになった。

電子ノギスで寸法を測る小美濃氏。その場で数字をもとに修正依頼をかける。 電子ノギスで寸法を測る小美濃氏。その場で数字をもとに修正依頼をかける。

最後は人と人

翌日、工場へと向かう。昨夜の学研香港の技術担当者との打ち合わせ事項を含め、工場側との最終チェックを行う。今回発注したのは、TECHSUNという会社の工場。ラジコンや教育玩具を得意とする。ディズニー製品も扱っており、ディズニーの厳しい品質基準もクリアしている。

工場の会議室にはすでにショットされたT3が用意されていた。席に着いていたのは、TECHSUNのCEOと工場側の技術担当者。前日話が出た0.15mmパーツを伸ばす件が、学研香港と工場の技術者同士で話し合われた。工場側は、金型を削りすぎてパーツが大きくなり、ボタンとして稼働しなくなるのを恐れているようだ。工場、学研香港、スイッチエデュケーションとそれぞれの技術者が、現物とイラストを見ながら議論を交わす。通訳はいるが、もはや口をはさむ間もない。日本語、中国語、英語がごちゃまぜで飛び交う。傍から見ていて意思の疎通が図れるのかと不思議に思うが、技術者同士の話はそれで通じる。最後は工場側も0.15mmの修正に納得してくれた。

幸運にも他に大きく気になる部分はなかった。TEへ向けた修正の時間を含め、納期と出荷スケジュールについても再確認する。

最後は、一つ一つの検討事項、決定事項を一覧にしたものを作る。文字だけにせず、簡単なイラストなども描き加え、一目でわかるようにする。お互いに目を通し、納得したらサインを入れる。後々のトラブルを防ぐためにこれも大切なことだ。原本はこちらで持ち帰り、コピーを学研香港、TECHSUNに渡す。無事、作業は終了。工場側と握手をして別れる。とりあえずは納得してもらえたようだ。担当者の宗村氏は最後に語った。

「私にとっては初めての中国での量産でしたが、最後までよく分からなかったのは、自分で引いた図面から完成品までの変化の具合ですね。最初からきつきつの図面でいくと、最後ははまらないパーツになる可能性がある。各段階でどれくらい変化量を見越していけばいいのか? 経験を積みながら勉強していきたいですね」

よく中国での量産にはリスクが伴うという。それは確かだと思う。ただ、国内でものを作る場合と比べ、格別大きいとは今は思えない。ポイントを外さず、着実に進行していけば、問題のない量産品は作れるはずだ。機会があれば、ぜひチャレンジしてもらいたい。忘れてはならないことは、最後は人と人の結びつきであり、信頼関係。その上でしかきちんとした仕事が成立しないのは、どこの国も同じだ。それを心に刻み、機会があればチャレンジしてもらいたい。

今回、生産をお願いしたTECHSUN。 今回、生産をお願いしたTECHSUN。
合意に至りTECHSUNのCEO、Zheng Bo氏(左)とスイッチエデュケーションの小美濃氏が握手。とりあえずは良いミーティングができた。あとは結果待ち。 合意に至りTECHSUNのCEO、Zheng Bo氏(左)とスイッチエデュケーションの小美濃氏が握手。とりあえずは良いミーティングができた。あとは結果待ち。
今回お世話になった人たち。左から金仁晢氏(学研香港)、筆者、宗村和則氏、小美濃芳喜氏(以上スイッチエデュケーション)、Zheng Bo氏(TECHSUN)、鈴木康治氏、周佰盛氏(以上学研香港)、高永光(TECHSUN)。 今回お世話になった人たち。左から金仁晢氏(学研香港)、筆者、宗村和則氏、小美濃芳喜氏(以上スイッチエデュケーション)、Zheng Bo氏(TECHSUN)、鈴木康治氏、周佰盛氏(以上学研香港)、高永光(TECHSUN)。

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