アジアのMakers by 高須正和
シンガポールでは10日間2万円で電波認証(いわゆる技適)が取れた
きわめて分かりやすいシステム
調べ始めてから、回答待ちや承認待ちを含めて10日ほど。払った費用も250シンガポールドルで、支払い含めて紙の書類は1枚もナシ、パソコンの前から動かないまま手続きが完了した。非常にスムーズにできたので感動して、僕のメールに最終的な返信をくれたIMDAの担当Salamah Hashimさんに会いに行き、話を聞かせてもらった。
「2005年まではもっとわかりづらい手続きだったが、その後LicenceOneに変わったことでずいぶん効率的になった。それはシンガポールの政府が全体的に進めている動きで、IMDAの手柄というわけではない。
IMDAが気を付けているのはなるべく間違いが少なくて、もちろんシンプルな管理システムで、“弱い電波を出すものは登録だけでOK”というのはその方針による。もちろんIMDAにもテストラボがあり、強い電波を出すものはそのラボで一緒に検査をしなければならないし、その場合は検査の回数ごとに費用がかかる。フィードバックの時にコンサルティングして、回数を少なくするようにしているけど……。
電波のライセンスは難しくて、よく使われているWi-Fiでも、アメリカのFCC認証だと1000ミリワットまでOKだけど、シンガポールでは200ミリワットに制限されている。他の国とシンガポールでは、許可されている出力帯も違う。
それでも、
- 電波出力の強さによる区分をすること
- 影響の大きいものは、アマチュア無線のように売る方と使う方がそれぞれライセンスを必要とするようにする
- F1レースなどの大規模イベントなどのためにIMDAが押さえている周波数帯を、イベント時に事前に登録してもらって使う仕組み
などで対応できている。
これに収まらない仕組みが出てきたときにはもちろんそこで検討する。シンガポールが、新しいことをやりたい人にとってやりやすい国であることは、IMDAの仕事の大きな一部です」
イベント用にIMDAが抑えている周波数帯があるとか、区分けして影響の少ないものは簡素な手続きにしているところなどは、いかにもシンガポールらしい。LicenceOneやSINGPASSのような政府の情報化も、シンガポール政府が長年力を注いでいるところだ。
今回の登録だけの仕組みは、登録情報と違うものを流通させる可能性など、怪しい機器が流通するリスクがあるけれど、そのリスクは立ち会い検査のあとに細工するのでも同じ。ルール違反をどう発見し矯正するかはルールの設計とは別の問題で、守りやすいルールを作ることは違反を減らすことにも役立つ。
電波は運転免許のように管理が必要
最後に、電波管理の仕組みそのものについても少し書いておく。どこの国でも自分たちの電波管理システムを持っている。電波は目に見えないけれど、放っておくとぶつかって事故を起こすので、右側通行や歩行者優先、高速道路や通学路みたいな管理や、普通車と大型バス運転免許のような認証システムが必要だ。
通信に使う電波はそれぞれ特定の周波数を使っているけど、同じ周波数の電波は混信してしまう。例えば警察無線や飛行機の操縦などで使う電波の周波数帯は、極力混信を避けるために、他のことに使ってはいけない。
周波数だけでなく、出力(強さ)も必要だ。大出力の電波は近い周波数にも影響を及ぼしてしまうことがある(スプリアス妨害)。時速百キロで走る大型トラック道路は、至近距離の歩行者や自転車を巻き込んでしまうように。
電波状態が悪いと通信速度も上がらない。強い電波を出せば遠くとも安定的に通信できる。もちろん製品を作る誰でも電波は使いたいし、出力も上げたい。ほっておくと発展途上国の道路のようにカオスになって全員がソンをするし、消防車が目的地に行けなくて大惨事、みたいなことにもなる。
なので政府機関が「ここはテレビなので、決まった放送局にしか認可しない」「ここは警察無線、民間は使っちゃダメ」「ここは携帯電話にしよう」と交通整理する必要がある。また、出力に伴ったライセンスを発行しなければならない。車でも、自家用車の運転と、大型バスにお客さんを乗せるのでは免許が違うし、同じ移動物体でも飛行機や船はまったく違う。道路にも右側通行の国と左側通行の国があったりするように、電波管理の仕組みは国ごとに違い、なかなか統一するわけにはいかない。日本では総務省が管理している。
目には見えない電波だけど、そういう仕組みは不動産や道路行政などとあまり変わらない。そして、道路を走るものはここ50年ぐらいさほど大きな変化はしていなくて、いま自動運転が大きなニュースになって社会のいろいろなセクターが対応を迫られているけど、電波の世界はこの20年ぐらいですごく大きな変化が起きている。
30年前なら、リモコンもほとんどは赤外線で、個人が出す電波はアマチュア無線とラジコンカーぐらいだったのだ。10年前にはそこに携帯ゲーム機やコンピュータ、スマートホンが加わり始めた。そしてここ5年だと、さまざまな個人が自分で無線機器を作って、さらにクラウドファンディングなどで売ろうとしている。fabcrossの読者なら、「IoT機器を作る」ことがそんなに珍しくないことが分かるだろう。
いまのところ、日本の電波行政はその10年前ぐらいの状態を対象にしているように思う。電波を出す機器はすべて技術基準適合認証(1台ごとに認証。同じものを5台つくるなら5回通す)か工事設計認証(設計図や工場の品質証明などが必要だが、同じ設計のものは何台でも売れる)が必要で、クラウドファンディングに出すなら後者が必要になる。
電波の区分ごとに試験がいるので、概算だとよくいわれる「スマホ1台だと少なく見て100万円ぐらい、設計変更して試作を繰り返すのだとさらに倍」みたいなことになってしまう。大手メーカーみたいに、何万台も同じ機器を売るならそれで構わないのだろうけれども、アパートで創業して、とりあえず100台売ってみたい、みたいなベンチャー企業には、つらい仕組みである。検索すると、いくつもHow-Toブログが見つかるだろう。
今回、僕がシンガポールで調べたときには、公式情報が真っ先にヒットして、それだけ見ていれば望む結果を得ることができた。誰かがわかりやすく開設する必要がないシステムなので、How-Toブログがないのだと感じた。
シンガポールは建国50年あまりの若い国だ。まだ自分たちの国旗や切手をゼロからデザインした記憶が残っていて、ゼロからルールをつくり、リファインするのが習慣になっている。
大きい組織や仕組みを再デザインするのはとても大変だと思うけれども、いろいろな国のシステムが、もっと効率的になればいいと思う。
謝辞
今回の原稿、無線通信の仕組みや制度の記述について、金沢大学秋田純一教授とスイッチサイエンス金本茂社長にご協力いただきました。