アジアのMakers by 高須正和
失敗を恐れるシンガポール人気質を変えるSTEM教育
厳しい受験戦争から「取り残されるのを恐れ、チャレンジしない気質」と呼ばれるシンガポール人。「テストをしない」「順位付けをしない」「かならず社会や産業に必要とされる」新しい形の教育システムで、そういった気質まで含めて国の形をアップデートしようとする試みが行われている。シンガポールサイエンスセンターの館長、メンリム博士にインタビューした。
受験戦争国家シンガポールで育まれる「キアスー」気質
自分だけ負ける、出遅れることを恐れることを指して、「キアスー」(Kiasu)と呼ぶシンガポーリアンの気質がある。多民族国家のシンガポールだが、どこかの民族から来た言葉というより、競争社会で生まれ育つシンガポールの制度からきた言葉だという。(筆者注:単語そのものは、驚輸と書く福建語)
シンガポールの受験戦争は激しく、小学校のうちにPLSEという共通学力テストが行われ、勉強に向いているかどうかの適性を見て大学行き、ポリテクニーク(高校と大学の中間にある高等専門学校。修了時に大学に進む学生もいる)行きなどのコース分けが行われる。タイガー・マザーと呼ばれる教育ママなどはいろいろな報道で見かける話題だ。
実際に効果は出ていて、経済協力開発機構(OECD)が3年に1度実施している「国際生徒評価のためのプログラム(PISA)」の最新版2015年度調査でシンガポールは世界トップ、それ以前の調査でも上位グループにあり、特に数学を中心にした理系科目に強みがある。シンガポールの閣僚も数学や医学、コンピュータサイエンスなどの修士/博士が多く、現在のリー・シェンロン首相はケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジという、ニュートンなどを輩出した世界有数の数学スクールを首席で卒業している。
そもそもシンガポールは国の成り立ちそのものから、人種や身分にこだわらない徹底的な能力主義を旗印にしてきた。
かつては同じマラヤ連邦だった隣国マレーシアがマレー系優遇政策を取るなか、世界から積極的に留学生や移民を受け入れ、能力があればチャンスは与えられることを国策にしてシンガポールは発展してきた。
経済成長に従って世界中から集まる留学生たちとシンガポール国民が切磋琢磨していくことが、現在の教育国家の一因ともなっている。
1980年ごろまでの、国全体に余裕がなかった時期はトップ10%のエリートコースだけに集中して投資する教育が行われていたが、現在は国家予算の25%強を教育予算に費やし、すべての階層に多大な教育投資をしている。