アジアのMakers by 高須正和
「企業内メイカースペースは、社内外の垣根を越え、つながりを作る」Microsoft、Googleの取り組み
シリコンバレーのサンマテオで行われている世界最大のMaker Faire「Maker Faire Bay Area」。今年は2019年5月17~19日の日程で開かれ、18日にはMicrosoftとGoogleそれぞれのメイカースペース担当者が自らの試みを発表するセッション「企業内メイカースペース(Inside Corporate Maker Spaces)」が行われた。シリコンバレーに研究施設や本社を置く巨大IT企業である2社がメイカースペースに期待しているものとは。
MicrosoftとGoogleは、ほぼ同時期の2009年頃から社内にメイカースペースを設けて活動している。両社ともメイカースペースの名前は「THE GARAGE」で、シリコンバレーのガレージ文化を象徴させている。両社ともエンジニアが中心の企業で、CEOはじめ経営陣が頻繁にMaker Faireを訪れるなど、共通点は多い。セッションではQ&Aも含めて、多国籍のエンジニア企業でメイカースペースができることが大いにアピールされた。
「インターンやハッカソンにメイカースペースを活用する」Microsoft
ケニーが紹介するMicrosoftのメイカースペースは、世界7カ所のオフィスに20人の専任スタッフを抱え、インターンシップの受け入れやハッカソンなどイベントを多く行っている。
「今のCEO(サティア・ナデラ)が就任してから、よりMicrosoftのイノベーション文化が加速した」というケニーは、メイカースペースがもたらす外部との連携や部署の垣根を越えたハッカソンの価値を紹介する。
「スペースは今も拡大中で、2020年にはさらに大きなメイカースペースを作っていくことになるが、大事なのは場所ではなく、そこで起こっている事だ。昨年(2018年)は2万3500人もの従業員が1週間にわたって参加する大規模なハッカソンを行い、そこにMicrosoft内の各部署だけでなくて、外部の大学や組織と連携して、インターンプログラムも行った。もちろん、Microsoftのいくつものプログラム、特にAIやVRに関するものも連携している。部署横断で外部連携の取り組みを、なんども素早く繰り返して少しずつ進めることが大事なんだ。最初に作ったものが一番良いものであることはない」
「スタッフの楽しみのために」Google
「世界60カ所のオフィスには、だいたいメイカースペースがある」と語るアーロンは、有名な20%ルール(従業員は勤務時間の20%は自分の担当以外のプロジェクトに使ってよい、というルール)の紹介から、Googleにとってのメイカースペースを語り出した。
「もともとは、”オフィスにメイカースペースがあるとクールだな”と思って、20%ルールでMakerbotの3Dプリンターを買ってきて設置したのがきっかけだ」と語るケニーは、あくまで楽しみとしてのMake活動を語る。
「今は合計60カ所のメイカースペースが、世界各地ほとんどのオフィスにある。シリコンバレーのスタートアップはどこもガレージから始まるものだけど、今のGoogleのマウンテンビューオフィスは、ガレージとはほど遠い大きなビルだ。だから、小規模で簡単に再配置できる、手軽なスペースが必要だった。仕事で問題があったときに、デスクから離れてランニングマシンで走って気分転換するエンジニアは多い。同じように、画面とキーボードから離れて心のままにものいじりを楽しめるスペースは僕たちにとって必要なんだ」
全世界で60カ所あるメイカースペースは、設備もサイズもまちまちだそうだ。「日本のメイカースペースは、ビルの77Fにある。世界で一番高いのでは」などと引き合いに出しながら、ティア1からティア3まで、設備とサイズでランクを分け、社員から見て分かりやすくしていることを紹介した。
テクノロジー企業と企業内メイカースペース
社外を巻き込んだ取り組みを強調したMicrosoft、社員の楽しみを強調したGoogleと、それぞれアピールするところに違いはあれど、メイカースペースの成り立ちや運営にはかなりの共通点が見られた。
- 経営陣が初期からMaker Faireに訪れ、Makerとは何かの説明は要らないこと。
- 最初は社員が自発的に3Dプリンターなどを買ってきてオフィスに置くところから始めた。
- 常設のスペースが必要なあたりで上司との交渉を行った。
- 今では数名の常設スタッフを置いている。
- 今も特別な高い機材は使っておらず、コストといえば場所代と人件費である。
- 全員が使うわけではないが、特別な許可なしに社員の誰もが使える。
- ものづくりを楽しむためにスペースを置いているが、仕事になりそうなものができたときのインキュベーションプログラムも備えている。
などが両社の共通点だ。
僕が今回のセッションに興味を持った最も大きな理由は、僕も前職(編集部注:チームラボ)で企業内Make同好会を立ち上げたことがあるからだ。Maker Faire Tokyoと、その前進のMake Tokyo Meetingに、2009年から毎回参加し続けているチームラボMake部は、企業内Make同好会ではかなりの古株で今もMaker Faire Tokyoに出展している。MicrosoftやGoogleがメイカースペースを作り始めたのも2009年なので、ちょうど同じ時期だ。職責を超えた社内交流や仕事と別なものづくりをするエクササイズ的な楽しさ、社外とのつながりや採用に役立った等のポジティブな話など、共通点を感じるものがいくつもあった。
企業内Make活動は年々広がっている。どこの企業内活動担当者も、今回のセッションを聞いて共通点を感じることはあるだろう。一方で企業内の部活動からは、プロダクト化を狙った困難や本業の繁忙期と重なった調整などの苦労などもあったが、両社の発表からはそうしたものが一切なかった。確かにここ数年はMake活動が完全に「当たり前のもの」となり、知見もまわりの理解も蓄積してきている。僕は現職でもニコニコ技術部深圳コミュニティという同好会(深センに物理的なスペースもある)の運営にリソースを使っているが、特に近年になるほど、本業との間に軋轢を感じることはなくなっている。むしろQ&Aセッションからは、「潜在的に興味を持っていても、活動の存在を知らない社員は一定数いるから、もっとたくさんの人を巻き込むために社内メールやポスターで常に宣伝するのは大事」といった、より拡大するためのやりとりが多く見られた。
聴衆からの質問を含めて、「活動することそのものの意味」「社内の仕事との距離感」「役に立つこと(将来もうかりそうなこと)とそうじゃないものの距離感」などを含めた「メイカースペースの価値」については、落ち着いた理解が広まっていると感じたセッションだった。