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アジアのMakers by 高須正和

目指すはオープンなAIプラットフォームの構築 深センSiPEEDの挑戦

左の女性がSiPEED CEOのオーグマー。できたばかりのSiPEEDオフィスにて

特定の企業が開発しているのではない、オープンなCPU命令セットであるRISC-Vが、新しいIoTの開発が多く、貿易紛争の影響で他国の企業が独占的に提供する命令セットを使うことに懸念が生じてきた中国で盛り上がっている。アリババやXiaomi傘下の企業がそれぞれRISC-Vベースのチップ開発を発表する中、昨年2018年末に起業したばかりの新しいスタートアップから、RISC-Vを採用したAI開発ボードが発売され、話題を集めている。日本でも筆者の所属するスイッチサイエンスなどで取り扱いが始まった。「オープンなAI+IoTのプラットフォームを作るために起業した」というCEOのオーグマーが語る、SiPEEDのビジョンとは。

起業して1年足らずで、もう20人の開発部隊

CEOのオーグマーは中国TOP10に入る華中科技大学で物理学の修士を取得した科学者だが、在学中から「ESP32ベースのオープンな開発プラットフォーム」を掲げるNodeMCUをCo-Founder(共同創業者)として起業した起業家でもある。

「NodeMCUでもオープンにこだわりがあったのだけど、会社はどんどん利益を追い求める普通の会社になってしまった。また、ESP32ベースのIoT開発はかなりコモディティ化してきた。だから、よりチャレンジングでオープンなことがやりたくなってSiPEEDを起業した。

もうソフトウェアや機械学習のエンジニアを中心に20人ほどのメンバーがいて、多くはNodeMCUからのつきあいで、深センに開いたオフィスに集まりつつある。もうNodeMCUに関わってはいないが、Co-Founderとしての収入はあるので、すぐSiPEEDで利益を出す必要はなく、よりオープンなAI環境を作る、やりたいことに集中していきたい」と彼女は語る。

今のSiPEEDはRISC-Vを使ったFPGAチップや、RISC-V以外のチップを使ったLinuxボードなども製造していて、売り上げそのものはそちらの方が多い。しかし、それはできたばかりの会社のテスト的な意味もあって開発/販売しているもので、今後はなるべく「AIエッジコンピューティングのためのボードと環境」にフォーカスしていくようだ。

AIエッジコンピューティングとは

エッジコンピューティングはここ1、2年で聞かれるようになった新しい言葉だ。クラウドにデータを集めて大規模計算によるAI処理を行うのは、IoT機器の代表的な使い方だが、大容量のデータをすべてクラウドに送るのは、ネットワークの負荷がかかって現実的ではない。そのために、ある程度の処理はクラウド前の端末で処理したい。例えば「道路に置いた監視カメラを常に稼働させて、車のナンバーを読み取って交通量調査をする」ようなケースだと、映像を常にクラウドに送るのは効率的ではない。監視カメラに搭載されているコンピューターで、「車のナンバーを検出」までは行い、ナンバー情報だけをクラウドに送るほうが効率的だ。似たようなケースでは監視カメラから顔写真だけを切り出してクラウドに送るケースなどがある。

こうした、中央のクラウドに対して周縁にあたるエッジで処理するものをエッジコンピューティングと呼ぶ。AIのアルゴリズムやモデルが進化して少ない計算量でも高度な処理が実行できるようになったことと、端末側のコンピューターが進化して効率的にAI処理が実行できるようになった両方の理由から、エッジコンピューティングが注目されている。こうしたIoTとAIを組み合わせた形を、AIoTと呼ぶ言葉も広がっている。

SiPEEDのサイトにもAIOTとエッジコンピューティングスマートハードウェア(中国語では边缘智能硬件)がうたわれている

オープンさの核、RISC-V CPUアーキテクチャ

RISC-Vはいま世界中の注目を集めているオープンなプロセッサの命令セットアーキテクチャ(Instruction Set Architecture、以下ISA)だ。Vはギリシャ数字の5で5番目のアーキテクチャを指し、RISC-V以外にもISAは数多いが、RISC-Vは非営利団体のRISC-VファウンデーションがオープンなISAを主導しているところが特徴になっている。

PC向けのISAでは米Intelのx86、スマートフォンでは英ArmのARMがデファクトスタンダードになっている。同じISAを使うとソフトウェア資産が再利用しやすい。例えばAMDのAthlonやRyzen、IntelのPentiumやCore iシリーズはどれもx86アーキテクチャに基づいて設計されているので、同じソフトウェアを走らせることができる。この「同じISAで開発しているとソフトウェアの資産が溜まっていく」というのが標準を握る価値になっている。今後もPCはx86シリーズの時代が長く続くだろう。

マイクロソフトのWindowsはARM版もリリースされていて、過去にはPowerPCなど他のアーキテクチャ向けの開発も行われていたが、ソフトウェアの互換性の問題で普及はしていない。一方で新しい会社がx86ベースのCPUを新しく開発しようとすると、Intelと開発者契約を結び、高額のライセンス費を払う必要がある。スマホ向けの標準になっているARMも同じだ。
それに対してRISC-Vは、CPU開発に関する情報をオープンソース(BSDライセンス)で、もちろん無料で入手できる。RISC-Vはそのオープン性から、新興企業でも開発に参入しやすくなっている。まだソフトウェア資産は少なく、PCやスマホのようにOS上でさまざまなアプリケーションを走らせるものを作るのは難しい。しかし、自分たちで開発したソフトウェアだけを実行することが多い組み込み系では過去のソフトウェア資産の影響が少なく、かつウェアラブル機器のように使い方を含め新しく誕生した機器では、情報がオープンに入手でき、やろうと思えばカスタマイズ品の開発もしやすいメリットが生きてくる。実際にそうした新しいタイプのハードウェア開発が多い中国ではスマートウォッチなどのウェアラブル端末を中心に多く採用されつつある。また、IntelやARMと違い非営利で国際的な財団に主導されていることで、貿易戦争に巻き込まれるリスクが低いことも採用の後押しになっている。

RISC-Vファウンデーションのプラチナメンバーには、Alibaba Groupなどいくつかの中国企業が並ぶ RISC-Vファウンデーションのプラチナメンバーには、Alibaba Groupなどいくつかの中国企業が並ぶ

AIによるエッジコンピューティングは、その「既存のソフトウェア資産があまり問題にならない新しい分野」にまさに当てはまり、そこにSiPEEDがRISC-VベースのCPUを採用した理由がある。採用されているKendryteのK210チップは、AI処理のニューラルネットワークに特化した回路をチップ内に備えている。また、データシートやツールチェーンを誰でもダウンロードできる。CEOのオーグマーと、SiPEEDが採用しているK210チップの開発チームとはNodeMCU時代から長い関係があるそうだ。

30分でセットアップ可能、ボード1枚で顔認識

SiPEEDの「Maix M1 Dock」は、マイコンボードとカメラ、LCDモニタがセットになった製品だ。実際に開封してノートPC(Windows 10)につなぎ、開発環境の「MaixPy」(K210チップ用のMicroPython環境)をインストールして画像認識アルゴリズムのTinyYoloのサンプルプログラムを用いた顔認識を行うまで、30分もかからなかった。税込3240円(スイッチサイエンスでの販売価格)の、こんな小さいボードと消費電力で、カメラの入力とLCDへの出力を行いつつ、秒間11.4回の顔認識を安定して行えるのは驚きだ。ボードはかなり熱くなるが、消費電力は300mA程度と少なく、専用チップの効果が伺える。

「MAiX DOCK M1」。マイコンボードにカメラとLCDがセットになっていて、これ一つで画像認識を試すことができる。筆者は中国で試しているのでWi-Fi付きのモデルを使っている。 「MAiX DOCK M1」。マイコンボードにカメラとLCDがセットになっていて、これ一つで画像認識を試すことができる。筆者は中国で試しているのでWi-Fi付きのモデルを使っている。
30分程度で顔認識のセットアップができた。 30分程度で顔認識のセットアップができた。
PC上のソフトウェアでも入力情報の確認ができる。青みがかかったLCDに比べて自然な発色。カメラのフレームレートは33.3fps、顔認識は11.4fpsでできている。 PC上のソフトウェアでも入力情報の確認ができる。青みがかかったLCDに比べて自然な発色。カメラのフレームレートは33.3fps、顔認識は11.4fpsでできている。

AIの学習モデル共有も視野に入れるSiPEED

SiPEEDは「オープンで手軽で安い開発ボードの開発販売」だけでなく、K210用の開発環境であるMaixPyの開発も続けている。MaixPyはSiPEEDのボードだけでなく、M5Stackから発売されたK210搭載のAIカメラM5StickVでも標準開発環境になっている。また、機械学習のモデルを共有するサイトMaixHubを7月に正式オープンした。現在公開されているのはすべて無償のものだが、将来的には学習モデルの販売などを含めたコミュニティとして成長させていくことを意図している。

「AIに関する知識をすべてオープンに共有し、簡単に扱えて高性能で安価な環境を提供していくのがSiPEEDのミッションだ。今市場にあるAIボードはその意味でオープンでも安価でもないので、弊社に競合他社は存在しないと考えている」とオーグマーは語る。

SiPEEDは中国企業なので開発は中国語がメインで、MaixPyのサイトにも「中国語ドキュメントのほうが英語より新しいことが多く、Google翻訳などを使って読んでください」との注記がある。これまで中国の技術は他国のキャッチアップが多かったが、SiPEEDのような先進的な技術企業が出てきて、かつオープンなエコシステムを主導していくのは、新しい時代の到来を感じさせる。

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