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アジアのMakers by 高須正和

研究者と製造現場の間を埋める MITメディアラボのResearch at Scale

この連載でも何度か取りあげた「ハードウェアハッカー」(技術評論社刊)の著者、アンドリュー“バニー”ファンは、MITメディアラボの研究者でもある。彼は、MITの研究者を製造現場と連携させて研究の社会実装を後押しするプロジェクト、「Research at Scale」としての深セン/東莞合宿を2013年から主導している。スタートアップに向けたアドバイス、工場と研究者がコラボすることの可能性など、さまざまな知見を得られるプロジェクトだ。今回はプロジェクトが生まれた経緯と全体像について紹介する。

印刷工場内で製造プロセスについて説明する「ハードウェアハッカー」著者バニー。 印刷工場内で製造プロセスについて説明する「ハードウェアハッカー」著者バニー。

「Deploy」社会実装をスローガンにしたラボ

MITメディアラボは研究の社会実装を旗印にしている。研究者が自らの発見を共有する方法としてはまず学会と論文がある。論文発表を推奨するために、「Publish or Perish」という言葉がある。「発表しなければ去れ」という意味の言葉だ。MITメディアラボの共同設立者ニコラス・ネグロポンテは、それをアレンジした「Demo or Die」を旗印にした。論文発表だけでなく、実際に動作するデモを作ることを推奨する言葉だ。
2011年に伊藤穣一がメディアラボの所長を引き継いでから、このモットーは「Deploy or Die」に進化した。(バニーによると、その後よりシンプルな「Deploy」のみになったようだ)このDeployとは社会への実装を指す。たとえば新しい教育ツールをデモとして制作したら、それを実際に多くの人に届けて社会を変えるところまで研究者の役割を拡張しよう、というスローガンだ。

MITメディアラボからはビジュアルプログラミング言語のScratchや教育用ハードウェアのlittleBitsなど、実際に直接社会で役立っているアウトプットがいくつも出てきている。研究プロジェクトの社会実装のためにクラウドファンディングが行われ、そのままスタートアップ企業になるケースもある。

プロジェクトから生まれたスタートアップが、次の研究者を生む

2013年から一貫してプロジェクトをけん引しているバニーは、MITメディアラボの研究者とスタートアップ企業Chibitronicsの創業者、二つの顔を持っている。

ChibitronicsはこのResearch at Scaleから生まれたスタートアップ企業だ。MITメディアラボの研究者でアーティストでもあるジー・チーは、2012年にバニーと共に深センのプロジェクトに参加した。彼女の修士論文は紙と銅線を使ったフレキシブルな回路によるアート作品だった。

ジーの修士論文である、紙と電子回路を組み合わせたアート作品。(出典:『ハードウェアハッカー』) ジーの修士論文である、紙と電子回路を組み合わせたアート作品。(出典:『ハードウェアハッカー』)

このプロジェクトは深センで回路を実際に作る工場を調査しているうちに、フレキシブル回路と基板を組み合わせて、シールのように貼り付けられる教育用ツールに進化し、さらにはDeployの旗印のもと、教育ツールをクラウドファンディングすることに進化した。「教育ツールを開発し、クラウドファンディングで多くの人々に届けること」の全体がジーの博士論文となった。

2013年に始まった回路基板ステッカーのクラウドファンディング。その後Chibitornicsというスタートアップとなる 2013年に始まった回路基板ステッカーのクラウドファンディング。その後Chibitornicsというスタートアップとなる

ジー自身が冒頭の動画で説明しているChibitronicsは、2013年に行われた最初期のResearch at Scaleで量産のめどを立てることができ、2013年の年末からクラウドファンディングが始まった。研究目的なので1ドルをゴールにしたプロジェクトは最終的に10万ドルを超える支援を集め、その後Chibitronicsというスタートアップの起業につながった。

ジー・チーはバニーと共にChibitronicsの共同創業者となり、博士取得後も研究を続け、その後もこのResearch at Scaleを主導している。プログラムの内容はフレキシブルだが、こうした成果が生まれ、次年度以降に続いているのはすばらしい成果だ。バニーたちはいくつもの製造案件を深センで行っていて、その一環でこのResearch at Scaleが行われている。Research at Scale単体で現地の会社の利益が出ているわけではないが、いくつものプロジェクトが生まれている関係者全体のエコシステムとして、MITと深センの風変わりな協業が続いている。

ジー・チーは2019年から、東京大学工学部の川原研究室で研究員をしている。その関係で2019年のResearch at ScaleはMITと東京大学との合同プロジェクトになった。また、僕はハードウェアハッカーの翻訳やChibitronicsの販売などで、ここ1年バニーやジーほか関係者との連絡を密に取っていて、深センに住んでいることから、サポートとして参加することになった。

最も難しいのはプロジェクトの選び方

MITメディアラボの深センプロジェクトは、Research at Scaleというタイトルが付いている。文字の通り、研究成果をスケールアップ、数千個以上の量産につなげるというスローガンだ。また、技術やノウハウの塊である工場に工学系の研究者が長期にわたってコミットすることで、量産プロセスを改変して新しい製造をすることも含まれ、そちらの試みはHacking the Manufacturlingというタイトルが付けられている。

ただ、プロジェクト全体は義務教育の学校のようにカチっとやることが決まっているというよりも、毎年変わる参加プロジェクトと参加者によって柔軟に変更される。おおむね3週間ほどの期間(これも年次ごとに変わり、途中参加や離脱する研究者もいる)のなかで、全員が参加する必須項目は最初に固められている工場見学や市場での工具手配、最終の成果発表ぐらいで、全体の30%に満たない。研究者と深センの工場群の相乗効果をもたらすという大目的のもと、実際の活動はケースバイケースで試行錯誤が中心のものだ。

「最も難しいのはプロジェクトの選び方だ。毎年メディアラボの中から20近いプロジェクトの参加希望があるが、深センとのコラボに向いているのは3~5プロジェクトがいいところ。もっと原理試作を繰り返すことが必要だったり、技術的にこの地域にないようなものだったり。深センでの日々はもちろんたくさんの学びがあるけど、研究者も工場も忙しいわけだから、3週間ものプロジェクトにあまり効率的じゃない形で参加を認めるのは良くない。滞在費などを含めたメディアラボの予算も、無限ではないわけだし」とバニーは語る。

MITメディアラボからバニーのコネクションを通じて深センでの量産に至っているスタートアップはlittleBitsなどいくつもあるが、すべてがこのプロジェクトから生まれているわけではない。スタートアップだけがこのプロジェクトの目的ではないが、「毎年、少しでもより良い形」を目指して、プロジェクトは変化と試行錯誤を続けている。今年の東京大学の参加も、その試行錯誤の一つだ。

Research at Scaleの中で何回か、深センのスタートアップアクセラレーターHAXを会場にして、ハードウェア製造/量産について、具体的なレクチャーがあった。次回はそのレクチャーの内容を紹介する。

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