アジアのMakers by 高須正和
使いたいものを自分で作れるなら、それが何よりの宝
中国深圳を中心に多くのハードウェアスタートアップと一緒に仕事をしていることから、学生を対象にしたものづくりコンテストやアイデアソンの審査員を務めることがある。その時に一番注目しているポイントは、「開発者が自分で使うつもりで、自分の欲しいものを作っているか」だ。プロダクト開発の場合、マーケットリサーチが成功につながるとは限らない。
ゴールが感覚的にわかることがブラッシュアップを生む
良いプロダクトを作るためには一貫した方向性で何度も作り直しを行い、プロダクトをアップデートしていく必要がある。学生やスタートアップたちが実現可能な技術力・工数は大企業よりも小さい。小さいチームのほうがゴールを明確にしやすく、意思統一して明確な方向性でプロダクトをアップデートしていくことで、弱みを強みに転化していくことができる。舵取りが大きくなるとどうしても方向性がブレ、「あれもこれも」を取り入れたフォーカスの甘いプロダクトになりがちだからだ。
その視点で考えるとき、「自分が欲しい物を作る」というゴールはブレないための有効なコンパスになる。プロダクトでは機能を足すよりも削るほうが難しい。リソースの限られたチームで優れたプロダクトを作るために大事なのは「いかに削るか」だ。「自分のために作れ」は、より強い言葉としては「他人のために作ってはならない」となる。実際のスタートアップでも、そこから始めた成功例は多い。
大成功した「自分のためのハードウェア」
GoProにはじまる「アクションカメラ」というジャンルは、GoProの創業者ニック・ウッドマンの「サーフィン中に撮影できるカメラが欲しい」という発想から生まれた。それまでのビデオカメラとはかなり異なる目的で、防水や広角といった要素が他の要素よりも優先され、撮影中の確認などの、普通のビデオカメラでは必須だった機能は大胆にカットされた。キャラクターが明確なプロダクト、大胆な機能カットを実現したのは「自分の欲しい物をつくる」という姿勢だ。
fabcrossでもたびたび紹介しているIoT開発キット「M5Stack」シリーズも、M5StackのCEOジミー・ライが電力会社の研究開発部門で様々なスマートメーターを開発する中で、「ほとんどのスマートメーターが共通する機能を持っているので、それをキット化して開発速度を早めたい」という発想から生まれた。まさに自分のニーズから生まれたものと言える。
参考リンク:
https://fabcross.jp/topics/tks/20201002_m5stack.html
自分のニーズのために始まったM5Stackも、今は200を超える製品ラインアップを備え、毎週新製品を発表している。週に1つ新しいハードウェアを作る高速な開発も、「自分がMakerとして、自分が欲しい物を作る」という姿勢からもたらされている。
参考リンク:
https://fabcross.jp/topics/tks/20210204_m5stack.html
他人のために作ったプロダクトで勝つのは難しい
教科書的な回答だと、シェアは大きいほうがいいし、製品は様々なユーザーを満足させたほうがいい。しかし、それを突き詰めるとやるべきことがどんどん増えていく。学生やスタートアップでは工数に限界がある。また、まだ世の中にないニーズに対してきちんとしたマーケティングリサーチをすることは難しい。誤ったマーケティングリサーチでかえって目標から遠ざかるようでは本末転倒だ。
もちろんフィードバックを得てプロダクトを改善していくのは大事だ。だがそれは、あまり遠いユーザー層を目指すものではまずい。ブレない目標に向けて試行錯誤を繰り返すためにも、開発チーム内にそのプロダクトをまさに必要としている人がいるべきだ。学生が自分で使うハードウェアを作ることは、開発者とユーザーを近づけることにもなり、多くのプロマーケターに先んじる大きなアドバンテージになりうる。
スタートアップに必要なのは「ちょうどいいシェア」と「説明が難しい製品」
もちろん、自分ひとりのためだけにプロダクトを作っていてはシェアが広がらないが、大きすぎるシェアとスタートアップは相性が悪い。大きいシェアなら競合もでてきやすいし、同じようなものを後追いするほうがプロダクトを洗練させられる。
ひとたび資金調達を始めたら資金枯渇と成長のチキンレースになるスタートアップライフが始まるが、学生やエンジェル投資程度のうちは、ゆっくりと成長する余裕がある。数名→数十名→数百名と、ゆっくりとコミュニティを広げながら製品のβテストを繰り返し、プロダクトを洗練させていくのは成功への道だ。
学生が自分自身で使うハードウェアは競合が出てきづらく、ユーザーを巻き込んでゆっくりと成長することが可能になる。ユーザーコミュニティを巻き込んで成長した製品の良さは、コミュニティの外側から見たら一見理解しづらいが、その理解のしづらさが競合を遠ざけるバリアになる。一見分かりづらい、言葉では説明が難しいことが、むしろ武器になる。
ゆっくり成長することは、製造でもアドバンテージになる
筆者が期待している学生プロジェクトは、電子工作好きの学生がチップマウンター(プリント基板実装のために、自動で部品を基板上に載せる機械)を開発するなど、実際に研究の過程で使えるようなものだ。
そうした、工学部の学生が研究過程で使えるようなものであれば、数個を同じような状況の友達に使ってもらう、数十個をゼミや学部などの近い範囲で使ってもらうなどを繰り返しながら成長することができる。その個数であれば自分自身や、自分たちのチームで製造し切ることができるし、資金繰りに頭を悩ませることも少ない。
自分たちで数十個~百個程度を作りきって、必要とする人に届けてフィードバックを得る。そういうプロセスを繰り返したあとにクラウドファンディングなりで大きく発表し、成長のギアを上げても遅くはないし、そうやってじっくりと練り込めることを武器にしないのはもったいない、とアドバイスした。
今はモノが満ち溢れた時代だ。プロダクトを成功させるのは合格点ではダメで、むしろ一部の人間に刺さる「外れ値」を狙って出す必要がある。狙って外れ値を出すためのコンパスになるのが自分自身のニーズだ。
もちろん、自分が使いたいもので、作れそうなものが見つかるのはレアケースだ。運良くそういうテーマが見つかったら、それは宝石を手に入れたようなものだ。その宝石は、磨いてシェアすればするほど輝きを増す。なので、たまたま自分が欲しい物を作り始めることができた学生は、ぜひそこを追い求めて欲しい。