アジアのMakers by 高須正和
オープンなISAはコンピューターの用途を広げる RISC-Vが広がる中国
インテル、NVIDIAなどの大手チップメーカーが相次いでRISC-Vへの注力を表明するなど、オープンソースのISA(CPU命令セット)であるRISC-Vへの期待はますます高まっている。
中国も例外ではないが、報道される姿と実際の用途はいささか異なる。
100円ショップのBluetooth製品を支えるRISC-V
筆者は「分解のススメ」というハードウェア分解情報を共有するコミュニティを運営している。コミュニティ発起人の一人であるThousanDIY氏は「『100円ショップ』のガジェットを分解してみる」(工学社)という書籍などで、中国・深センで設計・開発される安価な製品で、RISC-Vを使ったチップが相次いで発見されていることをレポートしている。
Bluetoothスピーカーや両耳それぞれが無線接続するTWSイヤホンなどが、1000円程度まで価格が下がってきている。価格低下の一因は、かつては多くのマイコンチップを必要としていた多機能な製品が、一つのSoC(システム・オン・チップ)だけで製造できるようになったからだ。
- 音楽のアナログ/デジタル変換
- アンプ
- Bluetooth無線接続
- 電源管理
- それぞれを制御するCPU
などはかつて別々のチップを必要としていたが、ThousanDIY氏が分解したところ、これらの機能が全て一つのチップAB5376Tに統合されたSoCとなっていた。チップ開発元のBluetrumのサイトを確認すると、このチップがまさにBluetoothのTWSイヤホン専用に設計されたことがわかる。
このチップはTWSイヤホンの機能をほとんど1チップにまとめてしまっている。このチップを採用することで短期間にイヤホンを設計開発することができる。チップが一つですむことは低価格化にもつながっている。
もちろんイヤホンとして成り立つためには、スピーカードライバの選び方やケース含めた音響設計、見た目も含めた総合的なプロダクトデザイン、マーケティングや価格設定など多くの業務があるので、このチップさえあれば誰でも同じクオリティのTWSイヤホンが作れるわけではない。しかしこれまで見られなかったような価格のBluetooth製品が現れている裏には、こうしたSoCの存在があり、その多くでRISC-Vが使われている。
カスタムチップメーカーもRISC-Vを多用
Bluetrumは決まったチップを多くの会社に販売しているが、深センにはカスタマイズ品を多く請け負う会社もある。珠海に本社を置くJieLiはそうした会社の一つだ。
JieLiはファブレスの半導体設計メーカーだ。400名を超える社員はほとんどエンジニアで、前述のBluetrum同様にスマートロック、監視カメラなどの機能をワンチップにまとめたSoCを開発している。「医療用途なのでこの距離での接続は確実に確保したい」など、最終製品の仕様にあわせてチップの細かいカスタマイズや設計変更を行う。
「自分たちの会社名が表に出ることはほとんどないが、スウェーデンの大手家具メーカーの店に置いてあるような無線製品や、君の街の普及価格帯の製品多くで、自分たちの設計したチップが使われている。いろいろなRISCシリーズのISAを使っていたが、最近はRISC-Vの採用が増えている」と、プロダクトマネージャーのYukai氏は語ってくれた。
隠れたRISC-Vとメディアに出るRISC-V
BluetrumやJieLiのような会社が表に出ない一方で、RISC-Vは注目され、頻繁に一般誌にも登場する。中国では2021年6月21日~16日には「RISC-V World Conference China」が開催され、国営研究機関である中国科学院計算研究所がRISC-Vベースのスーパーコンピューター「香山」を発表した。発表後も、実際にプロセッサの製造が始まるなど、開発が進んでいることがうかがえる。アリババもRISC-Vベースのサーバプロセッサを発表した。
こうしたスーパーコンピューターの登場や、いま有名なPC、スマートフォンのRISC-Vによる置き換えプロジェクトには、技術の国産化を目指す中国政府も多く投資し、メディアに取り上げられることも多い。
それとは別に、これまでなかったような安い製品から、開発者自らが「自分たちの名前は表に出ない」という形で、RISC-Vの採用は広まっている。
オープンなRISC-Vに集まる注目
RISC-Vが最近注目を集めているのは、RISC-VはRISC-Vインターナショナルが管理する、誰でも採用できるオープンソースのISAだからだ。
ISAとはプロセッサーが情報処理する方法をまとめたもので、多くのWindows PCはインテルのx86、スマートフォンとMacintoshはARM社のARMを使用したCPUを採用している。これまで歴史上何種類ものISAがあったが、製品として成り立つものは収斂されていき、x86とARMの2つがそれぞれの分野で支配的なシェアを獲得している。
同じISAを使い続けることでアプリケーションの互換性を保ちやすくなり、新しいメーカーのプロセッサーも大きな市場を獲得しやすくなる。RISC-Vは独自のISAであり、機能についてもまだ進化中のため、現在多くのユーザーとソフトウェア資産を抱えるx86、ARMの置き換えという用途でのRISC-V活用は、かなり遠い先になるだろう。
一方でインテルやARMの知的財産であるISAを使ったプロセッサーを開発するには、大規模製造の契約と規模に応じたライセンス料が必要になる。契約を結ばないとISAの詳細を知ることはできない。ARMはスタートアップ向けに試作段階では無料にするプログラムを開始するなど、オープンイノベーションの取り組みを進めているが、気軽に試せるという段階ではない。
RISC-Vの仕様はネットに公開されていて、オープンソースのライセンスで誰でも使用することができることで、世界中の注目を集めている。
既存のソフトウェア資産を考慮しなくてよい新製品の開発分野ではハイエンド・ローエンドの分野両方で、RISC-Vの活用が進んでいる。新しいガジェットが次々登場し、それらを低価格化するイノベーションも進む中国を中心に、RISC-Vの活用事例はますます増えていくだろう。