アジアのMakers by 高須正和
インダストリー分野へのシェアを広げつつあるM5Stack──工場のDXを促進する新製品たち
NHKの人気番組「クローズアップ現代+」の2021年10月20日放送回『ものづくり×AI』で次世代をリード 若き起業家たちの挑戦」の放映後、電子工作マニアの多い筆者のSNSタイムラインは、「あれもM5Stackだ!」「これも!」という声で溢れた。
高専卒スタートアップのソリューションに
番組の趣旨は以下のようにAIを活用する日本のスタートアップに焦点を当てたもので、M5Stackは関係ない。
アメリカや中国が覇権を握るAI業界。日本が存在感を示すためには何が必要か。今、期待を集めるのが日本が培った「ものづくり」とAIの技術を掛け合わせた製品だ。例えば「送電線検査ロボ」。送電線の劣化を熟練技術者の目ではなくAIロボットが自動で検出。視覚障害者向けの「AI点字翻訳」は、スーパーのチラシなど複雑な情報をAIが要約、点字に印刷までしてくれる。技術とアイデア、ビジネスモデルを引っ提げて全国の高専生たちが躍動する。
(NHKのウェブサイトより引用)
ところが、番組の主人公である全国の高専生や高専卒業生が起業したスタートアップがAIでデータ処理を行う上で、センサーを制御したり計器の数値をカメラで読み取ってクラウドに集約したりするなど、さまざまなところでM5Stackシリーズが使われていた。
BtoBソリューションから生まれたM5Stack
中国・深圳発のスタートアップであるM5Stackは、電力会社のエンジニアとしてスマートメーターを開発していたジミー・ライが開発した企業だ。
- Arduino IDEが利用可能で、Wi-Fi/Bluetoothを備えたESP32シリーズのマイコン
- バッテリー、LCD、ボタンが最初からセットされている
- ケースに入っていて手軽に扱える
などのメリットから日本を中心に世界でシェアを伸ばしており、代表的な電子工作プラットフォームのひとつとしてfabcrossでもさまざまなレポートが掲載されている。
深圳発の安価な開発ボードであり、もともとDIY電子工作の愛好家を対象にマーケットを広げていたM5Stackだが、オールインワンの手軽さから教育機関やワークショップなどでも多く使われるようになった。例えば金沢大学の公開講座「『M5Stack』でプログラミングを始めよう!」では、10代から80代までの幅広い参加者が、センサーとデバイスを連動したプロトタイピングを行ったという。
ここ1年ほどは、BtoBソリューションにも用途が広がったと言えるのかもしれない。3カ月に一度行われている、工場の自動化について話し合う「FA設備技術勉強会」でも、2021年9月4日の第6回勉強会では深圳からM5Stack CEOのジミー・ライが基調講演を行い、工業向けの製品ラインを紹介した。
半導体不足から生まれた工業向けライン
2021年に入ってから、M5Stackは工業向けの製品ラインアップを増やしている。生産ラインで使われるPLCラダーへのインターフェースを備えたもの、DINレールへの取り付けを可能にしたもの、本体がそのまま他の製品への組み込みに使えるように、チップマウンターで取り付けられるようにしたものなどだ。
こうした工業向け製品の開発は、半導体不足がきっかけのひとつとなっている。
深圳の隣の東莞に自社工場を持ち、深圳のサプライチェーンをフル活用して製品を製造しているM5Stackは、半導体不足の影響を真っ先に受けた企業でもある。
「いくつかの部品調達に問題が生じていて、予定された数の納品ができない可能性がある」と、最初のアラートが日本総代理店であるスイッチサイエンスに寄せられたのは2020年の11月ごろ、あらゆる取引先の中で最も早いタイミングだった。
以後、M5Stackの開発チームは、部品の手配と製造のマネージメントに追われることになる。新製品の開発は続いていたが、どの部品が不足するか分からない状況の中で企画・開発するため、とにかく最新の機能と頻繁なバージョンアップが歓迎されるMaker向け製品と比べて、しっかり設計して同じバージョンを長く販売することが歓迎されるラインアップに手を付けたい−−工業向けの製品が2021年に相次いで登場したのはそういう理由だ。
半導体不足の中でも毎週1つ以上という新製品発表スピードが落ちていないのはさすがだが、工業用の製品ラインはどれも、他のシリーズに比べて長めの開発期間と、何度かのβテスト後に発表というプロセスを経ている。あくまで他のM5Stackシリーズと比べてだが、速度よりもラインアップを長持ちさせることを重視しているわけだ。
2021年後期は過去最大の増産体制
半導体不足はまだしばらく続く。1000個単位からの小ロット生産を行っているM5Stackのようなサイズの企業にとって、半導体不足の大きな原因は人気のチップがブローカーの買い占めの対象になっていることだ。
M5Stackは新製品の開発と並行して既存の製品ラインの再設計を行い、欧米の人気チップから中国製の代替品に設計変更を図った。もともと中核であるESP32シリーズは上海のEspressifの製品で世界的にも人気のチップだが、買い占めの対象にはなっておらず供給は安定している。LCDドライバーやいくつかのディスプレイなど、他の部品を含めて入手しやすい部品に設計を変更したことで現在は製造も安定し、2021年後期は過去最大の増産体制になっている。
1000個程度の製造数を、手作業での組み立てを含む生産ラインで製造するスタートアップの製品が、より精度や耐久性など品質への要求が高い工業用途に耐えられるかどうかは今後も課題になるだろう。
最初はM5Stackを使って工作機械をつくる、生産ラインそのものをコントロールするといった使い方よりも、これまでIoT化されていなかった生産ラインで、M5Stackを使って利用状況をモニタリングし、クラウドにつなげるような、工場DXの場面で登場することが多そうだ。
CEOのジミー・ライは、「中国でも工場DXのニーズで使われ始めている。FOXCONNの工場で、金型の利用回数をカウントするのに使う事例を聞いた」「防水やさまざまな形式の無線、センサー類などのラインアップが今後も増えていくので、インダストリー分野でもユーザーは増えていくと思う」と語る。もともとBtoBのスマートメーターから始まったM5Stackだけに、ニーズはリアルに想像できているようだ。
生産ラインのエンジニアが工程を改善する際にM5Stackを使って素早くプロトタイプすることで、製造現場のDXを進める事例は今後も増えていきそうだ。