ユカイ工学に聞く、スタートアップが知っておきたいコト
ユカイ工学CTOが語る部品製造や商品の量産を依頼する企業選びのポイント
スタートアップは大企業のように開発から量産まですべての工程を自社内で行うことができません。そのため、国内外で部品製造や商品の量産を依頼する企業をいかに選び、いかに賢く付き合っていくかが、スタートアップとしてものづくりを続けていく上で重要です。
ユカイ工学ではこれまで、どのようなスタンスでパートナー企業と付き合ってきたのでしょうか? 前回に引き続き、ユカイ工学CTO鷺坂さんにスタートアップとして押さえるべきポイントを教えていただきました。(取材:桜庭康人、越智岳人 文:相川賢太郎)
2007年12月、東京大学大学院(機械情報専攻)在学中に、当時チームラボのCTOであった青木俊介氏と共にロボティクスベンチャー、ユカイ工学を創業。2012年に東京大学ISI Labで書き上げた研究論文「皮膚の変形に追従する高密度触覚センサグローブの開発」で日本ロボット学会研究奨励賞を受賞。2014年に東京大学大学院博士課程を満期退学し、現職に至る。得意とする、回路設計や電子機器のファームウェア開発といった電気技術、有線や無線での情報通信技術を生かし、これまで十数件の開発プロジェクトに携わる。現在は、コミュニケーションロボットのBOCCOや、音声に合わせて動くロボットのiDollなど、ユニークなアイデアロボットやプロダクトのソフトウェア開発、量産工程開発に従事している。
部品製造や商品の量産を依頼する企業選びのポイント
まず大切なのが、パートナー企業選びです。スタートアップは資金力に欠けるため、コスト面から国内だけではなく、国外のパートナー企業とも上手く付き合っていく必要があると鷺坂さんは話します。国内の企業であれば、どの企業もある一定の品質は保っているため、コストを優先してもトラブルは少ないとのことでしたが、さらにコストを抑えたいと思った場合には国外の企業を使う必要が出てきます。国外の企業選びをする場合、どのような基準で選べばいいのでしょうか?
「国外であればコミュニケーションがきちんと取れる業者かどうか、こちらが要求した品質を保てるか、が選ぶポイントです。国外の企業にいきなり量産を依頼するのは危険ですね。まずは小さめの案件を依頼してみて、連絡が小まめに返ってくるかを確認します。私の経験上、チャットやメールの返信だけでも『この業者危険だな』と見極められます。また、出来上がってきた製品を見て『仕様が勝手に変わっているな』『作りが雑だな』と感じたらその企業とのお付き合いはやめた方がいいと思います。いずれにしろ、最初から案件をすべて任せるのではなく、まずはテスト案件を依頼してみて信頼できる業者かどうかを判断するといいと思いますね」
鷺坂さん自身、正式依頼後に「見積もりが間違っていました」と一方的に修正されそうになるなど、国内ではあり得ない経験をされてきたそうです。国外の企業をパートナーに選ぶ場合には、国内の常識は通用しません。自らを守る意味でも、国内の企業を選ぶ以上に慎重になりましょう。
また、製品の組み立てなど、品質に大きく関わってくるような依頼をする場合には、現地の工場を視察し、「どんな所でどんな人が組み立てているのか」しっかりと自分の目で確認するべきだと鷺坂さんは話します。
大企業ではない、スタートアップとしての取り組み方
コネクションや実績の少ないスタートアップとして特に悩ましいのがパートナー企業や工場との交渉です。なぜなら自社よりも大きな企業を相手にするケースが多いためです。「スタートアップだから」と価格が上がってしまうこともしばしば。そんないくつもの交渉の場面をくぐりぬけてきたユカイ工学は一体どのようなスタンスで交渉に取り組んできたのでしょうか? 鷺坂さんは「特別なことはしていないが、大企業ではないスタートアップとしての取り組み方をしてきた」と話します。
「スタートアップとしてどうやったら費用を下げられるか? 例えば商品を5000個製造したい場合、5000個の見積もりをいきなり出してもらっていては、高く見積もられてしまう可能性があります。だからこそ、最初は1000個で見積もりを出してもらって、その後に『5000個に増やすので100円位安くなりませんか?』と量産数を増やすといったやり方をとっていました。数を増やすことでいかに値下げ交渉をしやすくするかを常に意識していました」
また、パートナー企業から見積もりを貰う際にも押さえるべきポイントがあると鷺坂さんは話します。
「見積もりは全体でいくら、ではなく部品代や組立費、梱包費など細かい部品代や工賃まで出してもらうのが重要ですね。そうすることで『この部分をもう少し妥協するので、少しお安くなりませんか?』『この部品は不要なのでもう少しお安くなりませんか?』と交渉しやすくなるんですよ。臨機応変に動けるのが、大企業ではないスタートアップの強みでもありますし、どうしても価格を安くしたいのであれば『この部分は自分達でやるから、ここまで安くできませんか?』という力技を使ったりもできます」
実際にユカイ工学内でも見積もり額を安くするために商品のある工程を自社内で行ったことがあるのだそうです。逆にスタートアップの「臨機応変に対応できる」という強みを生かす上でも、見積もりを依頼する場合には細かい内訳まで出してもらうようにしましょう。
また、スタートアップにとって一番悩ましいのが大企業に量産を依頼する場合です。
「量産をお願いする工場が、自社よりもずっと大企業である場合は『スタートアップだから』と下に見られることがほとんどです。そのため、通常であれば量産を依頼したこちら側が取れるイニシアチブが、スタートアップであるという理由で取れません。スタートアップは大メーカーのように毎月10万個依頼するようなことはできず、どうしても不定期で小ロットの依頼になってしまいますので、大企業側からすればこういった対応が当たり前だと思います。このような場合はどうすることもできないので、ユカイ工学ではスタッフを工場に一定期間入れさせてもらって、その工場のノウハウや製造側の方々が解釈しやすい仕様書の書き方を教えてもらったりしていました。そうすることで『次回はもうちょっと御社の製造側の方が解釈しやすい仕様書や図面を書くのでまけてください』といった交渉が次の開発でできると思います。『価格が下がらない』と嘆くだけでなく、そこはしたたかにパートナー企業の知識を吸収しにいくというスタンスで臨むことがポイントだと思います」
このように、スタートアップは華やかな世界に思えるかもしれませんが、少し泥臭い戦い方をしていくことが、スタートアップとしてパートナー企業と上手く付き合っていく上で最も大切なポイントです。
エンジニアとしての目標
4回にわたる連載「ユカイ工学に聞く、スタートアップが知っておきたいコト」はいかがでしたか? 最後にインタビューを快く受けていただいた鷺坂さんに、今後のエンジニアとしての目標を聞いてみました。
「つい最近そういった目標ができたんですよ。先日『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を見ていて『ドクみたいなエンジニアになりたい』って思ったんです。あの人って純粋で少し奥手なんだけど、一丁前に結婚するし、女性に出会うまでは発明一筋みたいな人じゃないですか。作ったものが面白くても、面白くなくても、評価されても、されなくても、どちらでもいいんですが、自分しか作ったことのないものを作るっていうのが僕は好きなんです。仕事でも、やっぱり思いついたアイデアを形にしているときが一番楽しいので、そういった楽しみが一生続けられるエンジニアになりたいと思っています。それが僕のエンジニアとしての目標です」
まとめ
「ものづくりが楽しい」それがスタートアップとして活動する最大の原動力だと思います。しかし、企業としてやっていく以上は利益であったり、他の企業との付き合い方であったり、「ものづくりが楽しい」だけでは解決できないさまざまな障壁があります。こういった障壁をスタートアップの先人であるユカイ工学CTO鷺坂さんがいったいどのように乗り越えてきたのか、それを参考に、ご自身のこれからのビジネスに役立ててみてはいかがでしょうか。