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準天頂衛星の高精度測位を利用したリアルタイムコーチング実証実験——アシックス スポーツ工学研究所

神戸マラソンでみちびきを使った実証実験を実施

アシックスが準天頂衛星への取り組みを開始したきっかけは、2015年にソニーとアシックスが協業しが発売したヘッドホン型コーチングデバイス「Smart B-Trainer」だ(現在は両社の契約は解消)。同製品は、ランニング時の心拍数や走行軌跡の記録に加えて、心拍数とリアルタイムに連動した音楽再生や音声アドバイスを行うデバイスで、「MY ASICS」アプリとの連携も可能だ。このデバイスに搭載されたGPS受信機が準天頂衛星に対応していたのがきっかけで、みちびきを運用する内閣府から誘いを受けて、実証実験を積極的に進めることにした。

坂本氏によると、従来のGPSは測位精度において、自動車など速度の速い移動体に使う分には問題なかったが、人間が走行するのを捉えるには誤差が大きすぎるという。

「従来のGPSでは、サッカーなどの球技で、わずか数10メートルのダッシュの軌跡を記録するなんてことは想定されていなかったと思いますが、みちびきの場合、誤差が1メートル以下まで小さくなるので、スポーツでも利用可能なレベルになります。球技だけでなく、ランニングにおいてもみちびきは有効で、とくに従来のGPSではビルの谷間などを走ると、マルチパスによる誤差で正確に距離を測れないことがありましたが、準天頂衛星ならば仰角の高い位置から電波を捉えられるので、このような誤差の発生も軽減できます」(坂本氏)

同社がマラソン大会において準天頂衛星活用の実証実験を初めて行ったのが、2015年11月の「神戸マラソン」だ。このときは、軽量なリストバンド型デバイスを使って5kmごとのペースや歩数、平均歩幅などを測定し、ゴールしたあとには同程度のタイムの人と比較してペースの推移などを確認することで、ランナーごとに自分のマラソン戦略を見直せるようにした。

「基本的にランナーの要求には2つあります。ひとつは自分の走行ペースに関する詳細な情報、もうひとつは自分のマラソンタイムを向上させてくれる外部的な情報です。2015年の神戸マラソンでは前者の実験を行い、準天頂衛星の精度の良さが分かったので、翌年の2016年には後者の実験も行うことにしました。走行中のランナーに対して、コースの走り方やペース配分についてのアドバイス、海岸沿いの道に出たときの風向きなど、さまざまな情報を送り、より効率的に走れるように支援する“リアルタイムコーチング実験”です」(坂本氏)

「Smart B-Trainer」 「Smart B-Trainer」
みちびきを活用することで測位誤差を低減 みちびきを活用することで測位誤差を低減

先行ランナーの移動軌跡を後続ランナーに配信

同実験システムは、みちびき対応の受信機を装着した先行のエキスパートランナーと、スマートウォッチのみを装着した後続ランナーによって構成される。

先行ランナーの軌跡を後続ランナーのスマートウォッチに配信する。後続ランナーとして実験に参加したのは8人で、スマートウォッチへのデータ配信は、コース上8カ所に設置されたアクセスポイントからWi-Fi通信によって行われた。

「コース上のどの地点を通過したのかを、みちびきの高精度測位を使ってエキスパートランナーとビギナーのランナーとで比較すると、同じカーブを曲がっているとき、エキスパートはブレーキと加速を1回ずつしか行っていないのに対して、ビギナーは3回ずつ行っていて、ビギナーは結果的に時間がかかるコース取りをしていました。どのタイミングでカーブの内側に入っていくかが、みちびきのサブメーター級測位を使うと測定できるので、それを後続ランナーにアドバイスして参考にしてもらおうと考えました」(坂本氏)

後続ランナーが身に付けるデバイスを専用品ではなく市販のスマートウォッチにしたのは、当時、1万円を切るような価格のスマートウォッチが登場しつつあったからだ。

「アシックスがハードウェアまですべて用意しなくても、『スマートウォッチを持っていればこのサービスを利用できる』という形にしたいと思いました。専用品を買わないとサービスが受けられないのでは、なかなか広く普及しないと思ったからです。このようなサービスがあれば、スマートウォッチを購入する動機付けにもなるし、逆にスマートウォッチを買った人が『せっかくスマートウォッチを持っているのだから、これをきっかけにランニングを始めてみよう』と思ってくれるかもしれない。このサービスがお客様を呼び込めるきっかけになることが期待できます」(坂本氏)

 

エキスパートランナーを先行させて、リアルタイムに走行軌跡を配信するという試みは、測位技術の実証実験としては珍しいケースだ。事前にエキスパートランナーを走らせた上で画像などを用意するという手もあったが、坂本氏はあえて“リアルタイム”の配信にこだわった。

「私たちとしては、このサービスをマラソンで終わらせたくはありませんでした。この技術を生かせるスポーツとしては、山の中で走るトレイルランニングが挙げられます。山ではコース図だけを見ても、『大きな岩がある』『道が滑りやすい』といった細かい情報は分かりません。前日に試走したとしても、山道はコンディションが変わることも多いです。トップランナーはそれが分かっているので、安全のマージンを取りながら走っていますが、後続ランナーは必死に走っているのでリスクは高くなります。そんなときに先行するランナーの情報がリアルタイムに配信されれば、『先行ランナーが走行中に道の脇に避けた』といった情報を受け取れるので、危険があることを察知できます」(坂本氏)

坂本氏は、トレイルランニングのほかにも、一般的な登山やクロスカントリースキー、バイアスロンなどさまざまなアウトドアスポーツに利用できると考えている。

「競技によっては、このようなサービスがレースではルール違反で使えない場合もありますが、それでもトレーニング用途としては使えます。とくに山岳エリアはGPSの測位誤差が大きくなるので、その点でも準天頂衛星には期待しています」(坂本氏)

先行ランナーにみちびきの受信機を装着 先行ランナーにみちびきの受信機を装着
後続ランナーに各種情報を送信 後続ランナーに各種情報を送信
地図上に先行ランナーの軌跡を表示(左上)、目標タイムに比べてペースが遅れていることを通知(右上)、天気予報や風速などを通知(左下)、写真の送信も行った(右下) 地図上に先行ランナーの軌跡を表示(左上)、目標タイムに比べてペースが遅れていることを通知(右上)、
天気予報や風速などを通知(左下)、写真の送信も行った(右下)

テニスコート上のプレーヤーの移動軌跡を比較

一方、球技などにおいて選手の動きを捉えることを目的とした実証実験は、アシックスのスポーツ工学研究所に隣接したテニスコートにおいて行った。ラグビーやサッカーの競技場は、上空が開けている場所が多いが、テニスコートは都市部で高いビルが隣接しているケースが多く、マルチパスによる誤差を軽減できる準天頂衛星の効果が期待できる。

「テニスコート上で、みちびき対応の受信機を身に着けたプレーヤーが、テニスを模擬したいくつかのパターンで動き、その軌跡をGPSだけの軌跡と比較したところ、GPSだけの測位では、スタートの位置がズレていたり、軌跡の形が崩れたりしていましたが、みちびきを使った場合は実際の動きにかなり近い軌跡となりました」(坂本氏)

このように選手の動きを正確に記録することで、コーチが指導するのに役立てたり、プレイスタイルに合ったシューズを提案したりと、さまざまな可能性が考えられる。

 

2018年には4機体制がスタートする準天頂衛星「みちびき」。それを活用してスポーツに役立てようといろいろな実証実験を行っている坂本氏に、位置情報を活用したIoTサービスを提供する上で大事なのはどんなことかを尋ねた。

「デバイスの価格がいくら安くなったとしても、『息子の部活のためだけに買うのはもったいない』と思う人が多いと思うんですよ。1つのデバイスでダブルユースやトリプルユースを考えないと普及は難しいので、例えばスポーツのデータを取れるだけでなく、見守りに使えたり、災害時に避難所を案内してくれたり、健康管理にも使えたりとか、いろいろなことに使えるようにするのが大事です。私たちも、もし準天頂衛星を活用したいという人がよその業界にいたら連携して、お互いに使い方を考えていければ、いろいろなことができると思います」(坂本氏)

テニスコート上での軌跡の比較 テニスコート上での軌跡の比較

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