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日本のファブ施設調査2022——ファブ施設が目指す先にあるものを聞く

fabcrossでは2015年から国内外のファブ施設(メイカースペース)の動向を調査しています。今年も編集部に加え、FabLab Japan Networkの協力を得て、日本各地のファブ施設の運営状況をまとめました。

また、今回は施設運営者へのアンケート調査も実施し、コロナ禍以降の運営実態について伺いました。

2022年に確認できた施設数は144(昨年比+12)

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小売店舗内のファブ施設を除外した2020年の調査から2年が経ち、2022年12月時点で日本に存在するファブ施設は昨年から12件増の144となりました。2021年度調査では9件増でしたので、2年連続で純増ということになります。

2022年に新規にオープンした施設を見ると、TOKYOシェアオフィス墨田や港区立産業振興センターのようなコワーキング施設内に工房を設けるケースも増えている一方で、以下のような特徴のある施設も目立ちます。

過去数年からの傾向として、さまざまな機材を幅広く導入する施設よりも、特定の用途や目的に特化した施設が増えている傾向にあります。

こういった施設は運営者やスタッフの知識/経験が深く、利用者にとっても学びがあり、相談しやすいというメリットがあります。最近では3Dプリンターに限らず、安価で高品質な個人向けの工作機械も充実していますので、用途に応じて自宅と工房で作業の場を分ける方も多いのではないでしょうか。

また、ファブ施設という枠組みからは外れますが、無印良品が都内に新設する大型店舗で3Dプリントサービスを開始したことも記憶に新しいトピックです。

3Dプリンターによる自助具プラットフォームを一から立ち上げ育ててきたファブラボ品川とのコラボレーションは、ファブ施設が持つ社会的機能の大きさを示した事例ではないでしょうか。

今後ファブ施設に求められる役割としては、機材利用の機会や自分で手を動かせるMakerの育成に留まらず、従来の制作/製造プロセスのデジタル移行やアナログ/デジタルのハイブリッド化を促進する機能でしょう。コロナ禍を経て、ものづくりを取り巻く環境は大きく変化しています。この変化の先でファブ施設が持つ機材やナレッジ、そしてコミュニティが果たす役割は大きくなる可能性を持っています。

2023年以降、ファブ施設を取り巻く環境がどのように変化するか、引き続き調査を行います。

ファブ施設運営者に質問「2022年の振り返り」

今回の調査では恒例の定点調査とは別に、日本国内のファブ施設運営者にアンケートによる調査を実施しました。調査に協力いただいたのは、上記でも紹介した無印良品とのコラボレーションを実現させたファブラボ品川(東京)、個人からスタートアップ、大手企業まで幅広いコミュニティを有するDMM.make AKIBA(東京)、自治体とVCによる共同運営というユニークなファブ施設であるKyoto Makers Garage(京都)、そして人口約1万2000人の町にあるファブラボ栗山(北海道)の4施設です。

質問1:コロナ前と比較して利用者の傾向に変化はありましたか?

利用者の受け入れがほぼなくなりました。ただ、国内外とも施設見学等を一部有償で承っており、その数は明らかに増加しています。(ファブラボ品川 濱中直樹氏)


コロナ禍の当初は、コロナ対策などを目的としたものづくりが活発だった印象がありましたが、現在の傾向は元に戻っています。(Kyoto Makers Garage 平野滋英氏)


YouTuberやクリエイターなど時代に合った利用者が増えた印象です。
DMM.make AKIBAはコワーキング機能も兼ねそなえているため、コロナ禍でリモートに切り替えて施設を使わなくなった会員もいる一方で、自社オフィスの縮小などで個人のワークスペースや作業環境が必要になり、新規で施設を利用しにくる方もいらっしゃいました。(DMM.make AKIBA 生田智子氏)


コロナ下にオープン(2021年8月25日)したので、それ以前との比較はできません。ファブラボ栗山の主な利用者は町外(9割は札幌から)から来ており、そのほとんどは現在も札幌市内で活動しているファブスペースの会員です。ファブラボ栗山の機材のスペックの高さと料金の安さから、元々会員だった他の施設を退会して利用される方もいます。

国や北海道の方針を受け、「まん延防止等重点措置」などに伴って町外からの利用を制限するといった対策を取らざるを得ない期間があったので、当時制限がなかった町内在住者の利用促進を図るために、無料イベントや見学会を実施しました。

そのおかげか、現在は町民の利用者も増えてきています。町外利用者のほとんどは機材使用料の安さを目的にしている傾向が強く、一方、町内利用者は普段の生活で必要になったものをつくりにくる方、欲しいと思っていたものやつくってみたいものがあったという人が利用しにきている傾向にあります。(ファブラボ栗山 土山俊樹氏)


コロナ禍による利用の変化はありつつも、個人での利用は堅調のようです。他の3施設と異なり、都市圏から離れた場所に位置するファブラボ栗山では、町内と町外で利用者の動向が大きく異なることを意識的に捉えていることが印象的です。それぞれの利用者の需要を満たすことは当然重要ですが、町内と町外のユーザーや地域の交流が機能すると運営にも良い影響が出るでしょう。ファブラボ栗山の土山氏によれば、車移動で1時間圏内のエリアから来る来訪者も多く、栗山町内の飲食店や野菜直売所を利用するといった副次的な効果も出ているそうです。

質問2:一年の施設運営を振り返って、印象的な出来事やトピックがあれば教えてください。

この数年来、書籍出版やオンライン上のデータ共有プラットフォームを通じて、3Dプリンターで自助具をつくる啓蒙(けいもう)活動を続けてきた成果が現れ始めています。素材メーカーなどから用途開発の相談をいただくようになったほか、2022年11月にオープンした無印良品板橋南町22店では、良品計画と協業で MUJI の製品への拡張パーツを作成する、3Dプリンタ工房をスタートするに至りました。(ファブラボ品川)


京都発汗ラボの砂川尚哉さんの起業/スタートアップに立ち会えたことです。ご自身が抱える多汗症のお悩みから「汗切丸」という電子滑り止めデバイスを開発/販売されています。金型制作に入る前の造形確認や基板製造用治具の制作、販売促進のノベルティ制作など多方面でご利用いただけました。手汗に悩む全ての方にオススメなので、ぜひウェブサイトをご覧ください。(Kyoto Makers Garage)


リアルイベント(ワークショップを含む)の再開です。特に町工場LTや、秋葉原ナイト、AKIBA8周年祭の熱量は凄かったですね。ワークショップも再開と同時に満席となり感激しました。待っていてくださった皆さんに感謝です。 ものづくりのリアルな施設を運営している上で、やはりリアルなイベントも重要なコミュニケーションだと再確認しました。 一方で、オンラインコミュニティもDMM.make AKIBAの新しい試みとして現在会員限定でスタートしており、オフラインとオンラインの両軸で支援できるようになったのは強みとなっています。(DMM.make AKIBA)


新たにファブラボ運営支援員として採用した地域おこし協力隊2名の育成においてFabAcademy受講をサポートし無事卒業することができました。北海道介護福祉学校(町立の2年制専門学校)と連携した授業を行い、その様子を朝日新聞に取材していただきました。NHK総合の番組の企画で「オオムラサキ館」という町内施設が抱える課題を、タレントさんと一緒にファブラボの機材を使って解決する様子を放送していただきました。これらの活動やファブラボ鎌倉研修時代からの活動をまとめた発表展示会を、3年ぶりに行われた栗山秋祭りに合わせて開催しました。現在は2023年オープン予定の公共施設(ファブラボ栗山もそこに移転)の家具什器(じゅうき)のデザイン/制作に、大型CNCを使って取り組んでいます。(ファブラボ栗山)

※ファブラボ栗山の土山氏はファブラボ鎌倉での研修を経て栗山町に赴任しています(筆者注)。

こちらの回答は各施設の特色が如実に伝わる結果になりました。

地道な活動を経て、無印良品とのコラボレーションが始まったばかりのファブラボ品川の事例は、先に述べた通り大きなトピックです。

また、Kyoto Makers Garageは運営母体が製造業スタートアップに強いVCであることを生かした支援をしています。以前、fabなびで取材した際にも、それまでデジタル・ファブリケーションに無縁だった地元中小企業の新規事業に利用されているという話を伺っていただけに、地元で新しいチャレンジを試みる個人や企業を支える施設として機能していることを再確認しました。

DMM.make AKIBAは都内の一等地にある地理的な優位性を生かしたオフサイトの活動がコロナ禍を経て再び活性化していると同時に、大手ウェブプラットフォーマーであることの強みを生かしたオンラインサービスも新たに始めています。筆者も先日、8周年記念のイベントに伺いましたが、さまざまな年代/業界のスタートアップと企業の交流が活発だったのが印象的でした。ファブラボ栗山はファブ施設として地域活性化を進めながら、マスメディアでも取り上げられるなど充実した一年になったようです。移転を経てどのように活動の幅が広がっていくのか、改めてお話を伺いたいと思います。

質問3:ファブ施設が日本に誕生してから10年以上経ちました。皆さまの施設が対象としている地域やユーザーに、根付いていくためにはどのようなことが必要でしょうか。

プログラミング教育の必修化も含めてこの10数年でものづくりを取り巻く環境も大きく変化してきたように思います。しかしながら、いまだに、自分たちでつくる、という選択肢が手に届きそうなところにある、という実感は広まっていないように思います。

私たちが取り組んでいる「メイカソン」など、誰のために何をつくるのか、という視点をご提供しながら「ともにつくる」活動を通して、より多くの方々につくる喜びに触れていただきたいと考えています。(ファブラボ品川)


さまざまな世代や、多種多様な技術を学ぶ意欲を持つ人に対して、適切な知識や人をつなげる使命があると日々痛感しています。このことから、ファブ施設は図書館と同様に公共施設のような存在であり、スタッフは司書のような存在であればと思います。(Kyoto Makers Garage)


コロナ禍で働き方が変わり、個人クリエイターとして副業活動をされる方も増えているので、SNS等を通じた潜在層へのアピールも必要と考えています。今年はクリエイターの方を中心にアンバサダーに就任いただき、施設のリアルな情報発信にご協力いただきました。 地域に対しては秋葉原近隣で活動するクリエイターや企業/店舗が集まるイベント「秋葉原ナイト」を初開催しました。

近隣の方々に私たちを知っていただくとともに、交流拠点としての役割を担うことができたと考えています。また外部ファブ施設の立ち上げ支援にも力を入れています。

一方で近年の傾向として、自宅にファブ機器を導入する方も増え、こういった方々の情報交換や課題解決の場としてオンラインコミュニティの必要性も高まっていると考えています。そこで地域を限らず全国の方が参加できるものづくりオンラインコミュニティ「#ドットメイクラボ」も鋭意開設準備中です!(DMM.make AKIBA)


東京や札幌のような都市圏でさえ利用者の確保が難しく、会費や利用料をベースにした経営に苦しむ施設がたくさんあります。一方で仙台や鎌倉など風土や地域との関係性の中で特化したビジネスモデルを構築し安定した運営を行っている施設もあります。

栗山町では行政主導のもと、「総合計画(町行政の政策指針)」の中に「(観光交流事業における)ファブラボ栗山の活用」を盛り込むことで、機材利用型の収益モデルをベースにした活用方法ではなく、町と連携した委託事業者が教育や人材育成、関係人口構築支援をベースにした事業を行うことで、町民が主体的にファブ施設を活用する持続可能型の施設運営を目指しています。

近年のプログラミング教育における地域格差問題と同様に、ものづくり分野においても担い手不足や教育格差が広がる地方にこそ、誰もがアクセスしやすくリーズナブルに工作機械を活用できるファブ施設の存在意義が重要になると考えています。(ファブラボ栗山)


こちらも各スペースの特色が出た回答になりましたが、多くの人に開かれた場所であるべきというスタンスは共通しているように伺えます。しかし、その一方で「いまだに、自分たちでつくる、という選択肢が手に届きそうなところにある、という実感は広まっていない」と答えたファブラボ品川の濱中さんの回答は、当事者だけが持つ説得力を感じます。

ファブ施設は機材を置いていれば、誰かが勝手に使うというものではありません。対象者やものづくりを介して実現したい、目標や解決したいという課題を明確にし、その方針に沿った運営スタイルを確立することが持続性の観点からも欠かせません。

調査概要

本調査は、2021年12月17日から2022年12月22日にかけて、主にこれまでの取材記録やインターネット検索、プレスリリース、Eメールおよび電話での取材を基にしたものです。

対象施設
有料/無料を問わず工作機械が利用可能な施設
利用者が自ら工作機械を操作できる施設

対象外施設
社員や生徒などに利用者を限定する企業/学校内施設
利用者が機械を直接利用できない制作/加工に特化した施設や店舗
ホームセンター内の施設など、小売店の一機能として提供している施設(2020年度調査より)

調査結果をまとめたグラフの著作権はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示–非営利–改変禁止 4.0 国際)を採用しています。

調査協力:FabLab Japan Network
http://fablabjapan.org/

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