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Micro:bit教育財団CEO来日、その戦略とSTEM教育の現状を語る

加速する期待と不安——2020年、日本のプログラミング教育は本当にスタートできるのか?

小学校でプログラミング教育が必修化される2020年が迫っている。さまざまな教材が登場する中、2016年に登場した「micro:bit」(正式名称は「BBC micro:bit」)はSTEM教育用マイコンボードとして、日本の教育関係者にも確実にその名が知られるようになった。2018年10月末、事業の母体となるMicro:bit教育財団(Micro:bit Educational Foundation)のCEOが来日。各種イベントに参加しながら、その現状と未来について語った。だが、そこには日本のプログラミング教育必修化におけるさまざまな課題も垣間見えた。

ファンミーティングにみるmicro:bitの現状

2018年10月31日、ハロウィンに沸き立つ渋谷の一角で、micro:bitファンによる日本初のファンミーティングが開催された。20人以上の熱いユーザーが、自分の作品を手に集まった。Micro:bit教育財団からは、CEOのギャレス・ストックデイル氏、アジア担当のワリス・カンドラ氏などが参加。彼らが見守る中、ファン代表が登壇し、自分の作品や活動などを披露した。

ファン代表による作品発表。 ファン代表による作品発表。
発表の後は交流会。各参加者ともmicro:bitについて熱く語る。 発表の後は交流会。各参加者ともmicro:bitについて熱く語る。

中でも印象深かったのはオープニングで登壇した小学2年生。夏休みの自由研究の宿題でmicro:bitを使ったホバークラフトを作った。モーターでファンを回転させ、風を送り、車体を浮かせる。左右のモーターの回転数をmicro:bitで制御することで、車体の進行方向を変える。ここに至るまでには、車体の試作からプログラミングによるモーターの制御までさまざまな試行錯誤があったことを発表してくれた。

自らが企画し、プログラミングでmicro:bitに命令する。ものを作り、試行錯誤しながら動かす。最後は成果を人に披露する。Thinking→Programing→Making→Tinkering→Presentationといった、STEM教育が目指すひとつの形がそこにある。大人顔負けの発表に会場からしばしば感嘆の声があがり、ギャレス氏も満足気な笑みを浮かべ、見守っていた。

その後もmicro:bitを使ったPOVマシーンやTVゲーム用自作コントローラーなど、ユニークな作品や活動が紹介される。我こそはと思うファン代表による特別な発表ではあるが、micro:bitが認知され、多様な使われ方をされていることが実感できる。

車体にカップめんの容器を使ったところが小学生らしくてほほえましい。 車体にカップめんの容器を使ったところが小学生らしくてほほえましい。

micro:bitが目指すもの

ギャレス氏も登壇してスピーチした。

「2016年にイギリスの全7年生(日本の中学1年生に該当)にmicro:bitを無料配布しました。以来、Micro:bit教育財団によって全世界で普及が図られ、つい先ごろ、200万枚目を出荷しました。今や50を超える国や地域の教育の場で使われています。私はもともとBBCの人間で、2012年にこのプロジェクトが持ち上がったときから、製品開発などに携わってきました。このたびCEOとなり、さらなる普及活動を進めたいと思っています」

「200万枚目を出荷しました」。Micro:bit教育財団CEOのギャレス・ストックデイル氏から報告があった。 「200万枚目を出荷しました」。Micro:bit教育財団CEOのギャレス・ストックデイル氏から報告があった。
日本初のmicro:bitファンミーティング。企業や大学でも使われている現状が分かった。 日本初のmicro:bitファンミーティング。企業や大学でも使われている現状が分かった。

3年間の普及の歩みとしては順調といったところだろう。教育業界は各国とも保守的だ。ArduinoやRaspberry Piといったマイコンボードを使ってSTEM教育に取り組む教師は、一部先進的な地域を除けば、世界的に見て決して多数派ではない。その中で教育用を喧伝し、普及を進めてきたmicro:bitの躍進は予想以上といえるだろう。

 

イベント会場でギャレス氏をつかまえ、インタビューした。

——日本のmicro:bitをめぐる状況についてどういう印象を持たれましたか?

ギャレス:私にとっては初来日になりますが、聞いていた通り広がりつつあることを感じました。先ほどの小学生のように、自分で問題を見出し、試行錯誤しながらmicro:bitを使ってそれを解決して一つの作品を生み出す。そんな子どもたちが現れて来たことに日本でのmicro:bitのさらなる可能性を感じます。日本も公教育の場でプログラミングを教える時期が迫っていると聞いています。micro:bitは日本の学校でもプラットフォームになりうる教材だと思いますよ。

——今後の日本での普及についてどういったところがポイントになるでしょうか?

ギャレス:我々のイギリスでの調査では、63%の学校で子どもたちの将来に必要となるスキルが教えられていない、という結果が出ています。各国を視察してみて、この傾向はイギリスに限らないと思っています。日本も同じではないでしょうか? これを打開するポイントは先生です。みなさん「Computational Thinking*が重要」という認識はありますが、現状ではどう教えていいか分からない、という先生が大半です。先生へのトレーニングシステムをどう構築し、彼らをどうサポートしていくかが、Micro:bit教育財団としての世界的な課題のひとつです。

具体的には、コミュニティを作り、多くの作例や授業例を示したり、支援事業を行ったり、といった活動をしています。ただ、日本の場合、障害のひとつに言語もありそうですね。日本の先生が英語のコミュニティに入っていけない現状があるようです。我々もパートナー企業の助けで翻訳作業を進めていますが、先生の側でもこれを英語を学ぶきっかけにしてもらえるといいかもしれませんね。

「先生がポイントです」。インタビューに答えてくれたギャレス氏。 「先生がポイントです」。インタビューに答えてくれたギャレス氏。

*Computational Thinking:研究者によってさまざまな解釈があるが、ここではコンピューターが行う論理的な思考方法といった文脈で語られている。

求められる21世紀型スキル

ギャレス氏はファンミーティングが行われた同じ週の土曜日、東京大学大学院情報学環・腰塚研究室主催の東京大学情報学環プログラミング教育シンポジウムにもパネリストとして参加した。

シンポジウムでは教育界におけるコンピューター教育の位置付けについて「既存の科目を学ぶための有効な道具」から、「現実にある社会全般に関わる問題解決の手段」へとテクノロジーの進歩を受けて変わってきた現状が語られた。

パネリストの話の中でComputational Thinking、Imagination、Creativityの3つがキータームとして出てきた。この点に関し、micro:bitがどんな役割を果たせるか。ギャレス氏は語った。

「できるだけ多くの子どもたちに、現実にある問題を見つけ、Computational Thinkingを用いて解決能力を身に付けてほしいというのが我々の基本的な考えです。その点ではPhysical Computing*が鍵になると思っています。Imaginationを働かせ、現実にある問題を見つける。Creativityを発揮し、micro:bitを使って、実際に機能する何かを作る。Physical Computingにおける一連のプロセスが、21世紀型スキル、つまり『Computational Thinkingを用いた問題解決能力』を養うことにつながります。
micro:bitはあくまで体験を積み重ねる上での入門機という考えです。機能が物足りないと感じたら、ArduinoやRaspberry Piを使ってもいい。プログラミングのためのソフトもMakeCodeやScratchといったビジュアル言語を離れ、テキストベースの言語に移行してもいい。我々はNPOですから、利益を追求してはいません。その点では、他のマイコンボードやプログラミング言語を扱う組織とは敵対的ではありません。むしろ協力しあって子どもたちの未来に貢献できれば、と考えています」

東大で行われたシンポジウムに登壇したギャレス氏。「問題解決能力を身につけるにはPhysical Computingが有効」と語った。 東大で行われたシンポジウムに登壇したギャレス氏。「問題解決能力を身につけるにはPhysical Computingが有効」と語った。

*Physical Computing:コンピューターで制御する具体物(ハードウェア)を作ること。

教育の大転換期

日本でのプログラミング教育元年となる2020年は目の前だ。各種団体や企業からさまざまな教材が提案されている。いずれも「プログラムが書ける」、「コンピューターが使える」といった単純なスキルを身につけることではなく、文科省が指針で示すように、コンピューターを用いた問題解決能力を養うことに主眼を置いている。その意味でMicro:bit教育財団が目指すものは、日本の教育ニーズにも合致している。

一方で学校特有の課題も浮上してきた。筆者も多くの学校現場でワークショップを主催したり、先進的な学校の授業を視察したりしているが、課題に感じるものは共通だ。

第1は人。ただ子どもたちに問題は感じない。初めてデジタルテクノロジーに触れるような子でも、micro:bitやScratchなどは10分、20分で大筋を理解し、自ら遊び出す。最初に基礎を教えれば、大人は見守るだけでいい。

問題は先生の側にある。頭ではComputational Thinkingの重要性を理解しているものの、体が動かない、あるいは時間という制約の中で動けない、という印象だ。今のところは、個人の資質に委ねているだけのように見える。Computational Thinkingの養成はActive Learningと表裏一体の関係にある。使い方をいくら覚えても、実際に動かしてみなければコンピューターは分からない。知識偏重型の教育システムにはなじまないともいえる。

「教える」教育から「自ら学ばせる」教育へ、大転換が必要だ。明治以来の教育方法を変えようという話なので、個人の資質に負わせるにはあまりにも大きい。早急に教師をコーチングするシステムを構築することが関係機関に求められている。他方、先生にしかできないこともある。日常的に生徒に接し、ひとりひとりの顔が先生には見えている。自ら学ぶとはいえ、その学び方は各々の生徒で違うはずだ。その顔が見えている教師にこそ、きめ細やかで的確な助言ができる。教育の大転換が起きても教師が果たす役割は依然大きい。

micro:bitを使ったワークショップ。 micro:bitを使ったワークショップ。

第2は設備。ひと昔前に比べれば、普及が進んだとはいえ、すべての小学校で1人1台パソコンがある、というわけにはいかない。またネット環境もセキュリティの問題があり、学校内で構築するネットワークに左右される。簡単にアクセスでき、安定的に機能する学校ばかりではない。

最後は教育システムにおけるバックアップの問題。リーダーシップを握る学校長や地域の教育委員会が、Computational Thinkingの重要性を一般の先生に対して繰り返し強調する。デジタルテクノロジーのスキルがある保護者や近隣の住民あるいは企業などとの連携を図る。文科省などの公的機関が成功例となる学校を積極的に評価する。こういった教育システム全般にわたるバックアップの体制がプログラミング教育には欠かせない。しかし、現状はまだまだ不足している。

micro:bitが用意した「答え」

micro:bitは比較的安価(2000円強)で入手でき、LEDやセンサーが基板に搭載されていて初心者でも扱いやすい。「自ら学ぶ」ための教材としては最適だろう。一度ネットにつながれば、途中で切れても作業が続けられるところも学校のネット環境を考えれば有利な点だ。また、バックアップという点ではMicro:bit教育財団のようなグローバルな団体が全地球的にさまざまな事業を展開している。

ひと通り日本の学校に共通する課題に対して、micro:bitには答えが用意されているように見える。しかし、現場でそれが機能するかどうかは、未知数だ。

教育に関しては、子どもたちに機会や場を与えるのは大人の責務。子どもの未来は我々の未来でもある。輝かしいものになるよう、大人が知恵を絞り、行動する時だ。

micro:bitが日本の学校で普及するかどうかはこれからだ。

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