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アジアのMakers by 高須正和

手を動かし、組み合わせながら考えることがクリエイター、メイカーへの入り口になるTinkering Studio

なぜTinkeringが重要なのか?

とりたててハイテクでも発明でもないTinkeringは、いまクリエイターになるための入り口として期待されている。サイエンスセンターの館長T.メン・リムは、Tinkering Studioの意味についてオープニングスピーチでこう語った。

T.メン・リム館長 T.メン・リム館長

いまはスマートガジェットで何でも操作できる時代だ。特に若い人たちは巧みに指一本を操り、どんな情報でも引き出してしまう。それはすばらしいことだ。

だが、そうやって電子で脳を拡張することは、時に手や身体を使って考えることを忘れさせてしまう。

小さい子ども、特に10歳以下の子どもには、手や身体を使って何かを組み立てる、いろいろさわりながら試してみる経験と実験をしてもらいたい。その経験はスマートガジェットでは代替できない。

Tinkering Studioには、限られた少ない素材しかなくて、答えやハウツーはない。僕らはファシリテーションはするが、何かを教えるわけではない。

ここで試行錯誤した、何かを作ろうとして試した、そういう経験がもっとも大事だ。できあがるものは便利なものも、ばかげたものもあるだろう、でも結果よりもその好奇心、やりたいと思ったことに価値がある。

イノベーションは、答えがない問題に、こちらから答えを提示することだ。シンガポールの学生はここ10年、「正解を見つける」という「おべんきょう」では、世界に誇れる成果を出してきた。さらに先のステージに進もう。僕たちシンガポール人は限られた少ない素材を、工夫してやりくりすることで進んできたのだから。

Tinkeringが教育の中でどの部分を請け負い、社会にとってどう必要なのかを明快に説明するいいスピーチだった。同時にここがサンフランシスコとの提携によるアジア最初のTinkering Studioであることや、プレオープニングの期間にアジア太平洋科学未来館協会に公開し、北は中国から南はオーストラリア、東はフィリピンの科学館スタッフがすでにTinkering Studioを訪れたことなどにも触れつつ、最後にゲストとしてヴィヴィアン・バラクリシュナン外務大臣を、「たいへんにTinkeringが好きな大臣、熱心なTinkerler」として紹介した。

Tinkering Studioのオープニングで語るヴィヴィアン大臣 Tinkering Studioのオープニングで語るヴィヴィアン大臣

54歳になるこの外相のMake好きはシンガポールではとても有名で、首相のスピーチでも「ロボットやマイコンを操るホビイスト」と紹介されたり、政府広報でRaspberry Piとブレッドボードで自作したArduino互換マイコンを例にオープンソースハードウェアのすばらしさについて語るなど、シンガポールのエンジニアの代表みたいな存在だ。僕も「ギーク大臣」として何カ所かで紹介したことがある

Minister Vivian talks gadgets! (ヴィヴィアン大臣、ガジェットを語る!)と題された政府広報動画。

ヴィヴィアン大臣は、技術に明るい大臣らしく、マイコンの型番まで間違えずに出てくるようなスピーチで、

産業革命は、安く大量生産することが利益を生む時代だった。今はオリジナルのものを考え出さないと利益を生まない時代だ。

ロボットと人工知能が組み合わせることで、実行することは人間よりロボットのほうが上手になっていく。また、記憶することではもう機械と人間では勝負にならない。

ミドルクラスのホワイトカラーの仕事は重要性が下がっていく。僕は腕の良い眼科医だったが、今のエキシマレーザーのような精度で施術はできない。医者のスキルは手先の器用さではなく、「レーザーが眼科に利用できるかもしれない」といった複数の知見の組み合わせになった。

人間が価値を生むのは複数の異なるものを組み合わせて、そこからなにかを発見し、新しいものを作ることだ。その「組み合わせて新しいものを発明する」という行為は、Tinkeringにほかならない。

と意義を語り、その後の内覧会でもいくつも展示を試していた。

下から風が吹きだし、紙製の風車を試せる展示を試すヴィヴィアン大臣。 下から風が吹きだし、紙製の風車を試せる展示を試すヴィヴィアン大臣。

「特別な設備はない」と書いたように、このあと、どのようなワークショップがここで行われるかが大事になる施設だ。スタートは上々だったが、「要点をつかんでうまくやるが、地道な努力は苦手」とされるシンガポールで、このような試みは根付くだろうか?

Tinkeringのような「自発的に作らせる教育」は今世界のどこでも注目されていて、「どうやれば、うまくいきやすい」のか、みんな試行錯誤している状態だ。本家Exploratoriumにも、僕は5月に訪れることにしている。引き続き注目していきたい。 

告知

この記事で登場したギーク大臣やシンガポールの事例など、アジアのMaker事情を、井内育生/きゅんくん/江渡浩一郎らとまとめた「メイカーズのエコシステム」(インプレスR&D刊)が出版されました。日本と深センで自らベンチャーを行う小笠原治/藤岡淳一も寄稿し、山形浩生さんがイノベーションが生まれる構造について解説しています。

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