アジアのMakers by 高須正和
まだIoTを作ったことがない97%のために マレーシア+タイ+シンガポールのIoTベンチャーESPert
シンガポール、マレーシア、タイにゆかりを持つ東南アジアのベンチャー企業ESPert Pte.が、設立から半年でIoTのツールキット「ESPresso Lite」をローンチし、日本を含む各国で販売を始めた。マレーシア出身の元高校教師ウィリアムと、タイのソフトウェア企業社長ジミーが、シンガポールではじめた東南アジアのIoTビジネスをレポートする。
Maker Movementで人生が変わったウィリアム・フーイ
マレーシア出身で、シンガポールで10年以上も高校教師として働いてきたウィリアム・フーイは、Maker Movementに出会って人生が変わった。
きっかけは、高校教師からシンガポールのサイエンスセンターに職場を移したことだった。シンガポールのサイエンスセンターは学生向けのSTEM教育(Science、Technology、 Engineering、Mathematicsの頭文字で表される新しい理系教育のやりかた。習うだけでなく、新しいものを発見し作り出す力を養うことを目的としている)の中心地として、既存の学校と単位互換で300ものクラスを運営している。
ウィリアムの仕事は、そのクラスやさまざまなメイカー向けイベントを企画し運営することとなった。彼は2013年、シンガポールで最初のMini Maker Faireの運営委員となった。アメリカや深センなど、他国のMaker Faireも訪れるようになった。シンガポールはIT先進国だが、当時の東南アジアではまだMakeは前述のSTEM教育のように、教育の一手段として捉えられていて、ホビーとしてのDIYや、その延長としてのスタートアップの発生は希だった。世界のMakersに触れたウィリアムは、2014年にサイエンスセンターを退職して起業し、フルタイムのMakerとして活動を始めた。
東南アジアのIoTブームと、ESPertの立ち上げ
最初はMakerグループのオーガナイズ、ファブ施設の運営、企業をもっとクリエイティブにする、オープンイノベーションのコンサルティングなど、これまでの仕事の延長線上のビジネスを始めたウィリアムだが、Maker Movementに続いて起こったIoTブームの中で、新しい起業のアイデアが生まれ、2015年の10月にESPert Pte.を起業。わずか半年後のこの3月に最初のプロダクトEspresso Liteを出荷し、シンガポールやタイなどのASEAN諸国だけでなく、日本、アメリカ、ヨーロッパなど全世界で販売している。
IoTブームは東南アジア各所で盛り上がっている。インドネシアやフィリピンなど、ASEANの中で一人あたりGNPが上位でない国でも、IoTのイベントが開かれている。
「自分はIoTのカンファレンスに呼ばれて話すことが多い。でも、カンファレンスに来る人でさえ、自分でIoTデバイスを作ったという人は3%もいない」と、ウィリアムは語る。IoTを実際に作ろうと思ったときに、スマホなどのアプリケーション、電子工作するボード、インターネット側サービスのクラウドなど、必要な技術が異なる三要素をビギナーがそろえるのはハードルが高い。
「そこには、手をつけられていない、97%の人たちがいる。」ウィリアムのアイデアはそこから始まり、タイでソフトウェア会社を経営しているジミーと一緒に、IoT開発を助けるツールキットを作る会社、ESPertを起業した。東南アジアのMakersを巻き込んだネットワークは、この数年で培われたものだ。たった2人の会社だから、ライバルと競争するような市場には入っていけない。97%の、IoTに関心はあるがやったことのない人たちは、競争が少ない市場に思えた。
ESPertのビジネス
ESPertは、ESPresso Liteなどのマイコンボードを販売している。日本での販売価格は1500円ほどだ。ESP-WROOM-02という無線LAN機能を持ち、Arduino互換でプログラミングできるボードを中心にしたツールキットだ。小型ディスプレイ、センサなどの付属品も販売している。
また、ESPressoを操作するためのスマートフォンアプリと、それに接続するクラウドサービスも無償公開している。クラウドサービスは、ESPressoの利用者全体の活動がお互い見えてしまうテスト用のスペースが無償で利用できる。それぞれのESPressoは識別できるため、あまり頻繁でない利用なら実用上は問題ないが、何かビジネスを立ち上げる場合は課金を支払って、他人と共有しない専有スペースを確保することになるだろう。