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アジアのMakers by 高須正和

「量産準備完了」とはどういうことか

『ハードウェアハッカー』(技術評論社刊)の著者、アンドリュー“バニー”ファンが主導するMIT/東大のプロジェクト「Research at Scale」は、研究者を深セン/東莞の工場地帯で活動させることで、研究室のプロジェクトを大規模化する狙いがある。工学部の学生に向けてバニーが話した、「量産準備完了」とは。

レクチャーの内容はきわめて具体的だ。このスライドでバニーは「工場で扱う部品は、どの数字にも文字にも意味がある。見過ごすと電圧が異なって使えない部品や、環境規制上輸出できない部品、何個単位でパッケージされているかが異なってお金を無駄使いする部品を買うことになる」と語る。 レクチャーの内容はきわめて具体的だ。このスライドでバニーは「工場で扱う部品は、どの数字にも文字にも意味がある。見過ごすと電圧が異なって使えない部品や、環境規制上輸出できない部品、何個単位でパッケージされているかが異なってお金を無駄使いする部品を買うことになる」と語る。

『ハードウェアハッカー』バニーのスタイル

研究者でもありスタートアップでもあるなど、いくつもの顔を持つバニーだが、彼の仕事のしかたは常に一貫している。最終的に自分が作ろうとするハードウェアがどうやって作られていくのかを手を動かして解析し、自分で作り上げていく。「量産は工場で行われることで、スタートアップの仕事ではない」と考えられがちななか、バニーは製造工程、契約、物品調達などの製造に関わるあらゆる部分についてスタートアップが自ら取り組むことの重要性と効果について語る。

バニーは世界最大のハードウェアスタートアップアクセラレーターHAXのメンターでもあり、いくつものスタートアップの量産レビューやサポートをしている。MIT/東京大学の学生向けに行われた今回のレクチャーも、HAXのプログラムに参加しているスタートアップが詰めかけるなかで行われた。

生産工程を知ることがどれだけ最終製品のデザインに影響するか

「かっこいいデザインは最終的な売り上げを左右する。でも、どんなデザインでも、製造方法がなければ成立しない。だからプロダクトデザイナーこそ素材や生産方法を深く理解し、自分の頭の中にあるものをどう製品に結びつけるかにコミットする必要がある」とバニーは語る。

バニーが開発したプロダクト「chumby One」では、白いプラスチックの外装に青いラインを引いて、全体をフキダシに見えるようなデザインを採用した。

chumby Oneの全体をフキダシにみせるようなデザイン chumby Oneの全体をフキダシにみせるようなデザイン

ところが、このデザインを実際に製造するためには工場での製造工程を変える必要があり、製造プロセス全体に大きく影響した。当初は白いプラスチックに青い塗料を塗ることで実現する予定だった。ところが、湾曲したプラスチックに充分なクオリティで塗装するのに難航し、結局ダブルショットの射出成形で、2種類のプラスチック(この場合は色の違う白と青)を組み合わせる設備がある工場で改めて製造することになり、多くの時間を失った。

左側の塗装では色むらが激しくて出荷できるクオリティに達せず、ダブルショットの射出成形ができる工場に変更する必要があった。確かに右の方が、白と青の境目がクッキリしている。 左側の塗装では色むらが激しくて出荷できるクオリティに達せず、ダブルショットの射出成形ができる工場に変更する必要があった。確かに右の方が、白と青の境目がクッキリしている。

このエピソードは『ハードウェアハッカー』でも紹介されているが、本人の口から直接、しかも実際にいま深センで製品作りに取り組んでいるスタートアップに向けて話すことで、講義はより印象深くなる。

金型を手に、射出成形について研究者たちに説明するバニー。 金型を手に、射出成形について研究者たちに説明するバニー。

パートナーを選び、継続的な関係性を築く

前回の記事(研究者と製造現場の間を埋める MITメディアラボのResearch at Scale)でも少し触れたが、このプロジェクト単体では深センの業者にはほとんど利益が出ていない。欧米人が中心で中国にリソースがなく、中国語も話せないし現地の支払いもできない学生たちのメンターとして、業者との交渉に同行するフリーランスの中国人エージェント2人に時給を支払っているのと、学生たちがこのプログラムで購入するわずかなサンプルに、製造コンサルティングやOEMなどをメインにしているAQSが利益を乗せるだけだ。バニーが彼らと手がけている他のプロジェクトでは利益が出ているが、それも金額で評判になるほどではない。

「よいパートナーシップとは工場と対立するのではなく、工場の中に入っていくことだ」と語るバニー。 「よいパートナーシップとは工場と対立するのではなく、工場の中に入っていくことだ」と語るバニー。

にもかかわらずバニーのアプローチは中国の製造業者を引きつけており、プロジェクト最終日の報告会には各工場から関係者がわざわざ参加して、その後は大宴会になった。また、プロジェクト中に工場主たちと何度もビールを手に交流する機会が設けられた。「自分はコンピューターの前にいたときよりも、一緒にビールを飲む場で問題解決につながったことが多い」とバニーは語る。実際にビールを飲んでいる間も話題のほとんどは、仕事や、仕事につながるもろもろのものづくりエピソードだった。

その意味で、自分と近い趣味の人間たちをうまく集めることはリソースの少ないスタートアップだからこそ大事なのだろう。「工場はハリー・ポッターの映画に出てくる魔法の杖のようなもので、良い工場は向こうからパートナーを選んでくるんだ」とバニーは語る。

そうしたウェットな部分を含みつつ、スライドで語られるのはとても具体的なTipsだ。

  • 良い工場は忙しい。付き合ってもらえることはありがたいことだ
  • 老板(ラオバン:ボス)にいつでも会えないなら、あなたはその工場に取って価値がない
  • スタートアップが持ってこれる予算には限りがあることを、工場の側でも知っている。お金しか価値を提供できないなら、良いパートナーは探せない
  • 価格の透明性はすごく大事、見積もりの中身が信用できないところとはつきあえない
  • どんなによいと思えても、最初の製造バッチを少量で走らせてから続きを作るべきで、一気に全量を作るべきではない
  • 予備の製造数と予備の予算は必ず確保しておかなければならない

などなど、『ハードウェアハッカー』をはじめいろいろなところでバニーが話していることを中心に、経験をサマライズして教えてくれた。

ハードウェアスタートアップでは不可欠なサプライチェーンのハンドリング

「クラウドや全体としてのサービスに価値があってハードウェアそのものにはあまり価値がない」というスタートアップに比べて、開発ボードやオモチャなど、ハードウェアそのものに価値を持たせているスタートアップにとって、「どういうものをどうやって製造するか」はすごく大事だ。有名企業だと、たとえばダイソンはかなり小さい頃から自社工場を持っている。ファブレスのAppleもプロダクトデザイナーのジョニー・アイブの伝記を読むと、素材と加工方法についてのエピソードが大量に出てくる。

実際に、中国では多くのスタートアップが自社工場を持っている形や、早期にパートナー工場を確定する形がよく見られる。ハードウェアのスタートアップにとって製造工程は会社全体を左右する大事な部分だ。バニーは自社工場を持っていないが、Research at Scaleで案内された中でバニー自身が仕事を発注している工場とは、どことも10年近い付き合いがある。今回のレクチャーは、そうした「デスクトップファブリケーションの向こう側」を見せてくれたものだ。

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