私がカセットテープDJになった理由(ワケ) By 大江戸テクニカ
レコードというと過去の製品としてのイメージが強いですが、実は現在でもDJ文化として世界中に普及しています。先日、DJの世界大会で日本人が優勝したというニュースもあったように、レコードでのDJ文化の盛り上がりを伺えます。
一方でカセットテープも一昔前の製品でありながら、新しくカセットテープ専門店ができたり、アイドルが新曲をあえてテープでリリースしたり、現在でも根強く愛されています。
「レコードでのDJはレベル高くて無理だけど、カセットテープDJなら世界一になれるかもしれない」そんな思いから私は日々カセットテープDJの研究をしています。なぜ私がこのように屈折したB-Boyになってしまったかというと、それは私が入学した美術大学時代までさかのぼります。
美術大学というと華やかな世界と勘違いされがちですが、そこは勝者のみが呼吸をすることを許されるウィナーテイクオールの世界。
田舎から上京して来た私はハイソサエティな環境に馴染むことができず、1日のほとんどをゴミ捨て場で過ごしていました。学生時代、私が通っていた大学内のゴミ捨て場は、ものぐさな学生たちが不要品を勝手に捨てていくため何でもありました。私はそこで拾った家電を修理したり、分解して部品取りをしてヤフーオークションで出品したりするという毎日を過ごしていました。
現在ではネット通販やハードオフなどで家電の調達を行なっていますが、この時の私はゴミ捨て場で使える物を発掘するという行為により、やさぐれた心を慰めていたのです。
当時、私は油絵学科の授業で日々油絵を描いていましたが、修理や分解を繰り返していく過程で、油絵よりも電気や機械に関する知識を増やしていくことに快感を覚えるようになっていました。そしてある日、学校の授業で描いた自画像が大和田伸也に似ていると講評されたことにショックを受け、ますます油絵を避けて家電の修理や分解に没頭するようになりました。
そんな中、1台のラジカセに出会います。最初は動きませんでしたが分解して電源部分の接触不良を直すとすぐに動き出しました。試しに手元にあったグループサウンズのテープを再生してみました。ラジカセで再生した若大将は、デジタルの音源よりもはるかに温かみがありました。
そして分解して気づいたのは、中の機構部分の精密さです。
小さなギアとカムが緻密に配置されており、ワンタッチでさまざまな動きに切り替えることができる仕組みは、ほとんど芸術作品の域。
「これを授業の提出課題にそのまま提出すれば単位がもらえるかもしれない。そして、音が出せるならDJ的なこともできる」
美術大学というコンクリートジャングルの中で、DJは食物連鎖の頂点に位置するポジションです。カセットテープDJになることで、ハイソサエティな環境になじめるようになるのではないか。そんな思いから、カセットテープDJを目指してジャンク品の改造を始めました。
カセットテープの機構について、あえて学ぼう
最低限のDJプレイを行うにあたって、3つの機能を備えたものを目指しました。
1. 速度を変えることができる
2. 曲の頭出し(キューポイント)を制御できる
3. 逆再生をシームレスに行う(スクラッチする)ことができる
まずは、カセットテープを観察してみましょう。カセットテープは大まかに下記のようなパーツで構成されています。
- 磁気テープ(磁性体と呼ばれる微細な磁石が塗布されているテープ)
- 磁気ヘッド(磁性体の磁力変化を読み取り、音声信号に変換する)
- キャプスタン(磁気テープを送り出すための回転機構)
- ピンチローラー(磁気テープを安定して送り出すためのゴムローラー)
- 巻き取りリール(キャプスタン、ピンチローラーで送られた磁気テープを巻き取る)
テープの再生時は、キャプスタン、ピンチローラーと呼ばれる機構でテープを送り出し、それに追従してリールがテープを巻き取るような仕組みになっています。
テープの巻き戻し/早送りを行う際は、磁気ヘッドとピンチローラーがテープから離れ、巻き取りリールが直接テープを巻き取るようになっています。速度の可変はモーターの回転数制御である程度のコントロールができそうですが、キャプスタン、ピンチローラーを使った機構では逆再生の仕組みを作るのが難しそうです。そこで、キャプスタンとピンチローラーを省略し、巻き戻し/早送り時の機構のようにシンプルにリールの巻き取りでテープ送りをする機構を検討しました。
リールは通常再生の場合は右側のリールを反時計回り、逆再生の場合は左側のリールを時計回りに回転させる必要があります。隣接する歯車は回転方向が逆になる性質を利用し、テープのリールの間に2つの歯車を設けて、カセットテープ、磁気ヘッドと共にリール軸を片側ずつ2つの歯車がある位置に移動させることで正転、逆転を実現します。
実際のカセットテープのサイズを測りながら、Fusion360でカセットテープのベースの部分をモデリングしました。磁気ヘッドを支える箇所は、カセットテープの取り外しを行いやすいようにスライド機構を取り入れました。
その他、モーター取り付け用のベースを作成し、板金加工サービスや3Dプリントサービスでパーツを出力し、組み立てます。
実際に動かしてみました。
側面から見るとこのような機構です。モーターの速度はArduinoで制御しています。
リールでのテープ送り機構は、キャプスタンとピンチローラーの機構と比べて、ワウフラッター(テープや機構部の振動による音の揺らぎ)が発生しやすくなるようです。当初はモーターの減速機構として歯車を使用していましたが、歯車同士の接触もワウフラッターの原因となるため、モーターの軸には歯車ではなくローラーを取り付け、ガスケットで作った自作のローラーで減速とトルクの強化を行っています。
さらに、カセットテープのベースにスライドとバネを追加することで、スムーズな曲の頭出しとスクラッチのような音をカセットテープで再現できるようになりました。
なんとかDJプレイはできるようになったので、2台作ってさっそく場末のクラブでプレイしてみました。カセットテープでDJをするというコンセプトが珍しがられ、そこそこ盛り上がりました。
こうして私はカセットテープDJとしてデビューしました。大学では落ちこぼれでしたが、カセットテープDJを通じて新しい自分と出会うことができました。
皆さんも今の生活に不満や疑問を感じていたら、身の回りの機械を分解して、自分で新しく組み立ててみると新しい発見に出会えるかもしれません。
※自治体のルールに沿って正しく捨てられた資源ごみの無断持ち去りは、多くの地域で条例違反になりますので絶対に止めましょう。