宇田道信インタビュー
ポケット・ミクとその先の夢——理想の楽器を広めるために
ポケット・ミクのインターフェース開発
その頃大人の科学マガジン編集部では、ボーカルをリアルタイムに演奏する世界初のキーボードの開発に取り組んでいた。その後半年間の検討で、音程を指定するインターフェースには、部品点数も少なく、かつ、かつてのふろくアナログシンセ「SX-150」を想起させる、カーボンパネルと電極棒によるリボンコントローラとすることが決まった。
しかし、今回の音源はデジタル音源。そこでアナログの回路にもデジタルのプログラミングにも精通している開発者として、宇田さんに白羽の矢が立った。これを引き受ければ、量産版ウダー開発はその間ストップすることになる。だが、宇田さんの答えは明快だった。
「面白そうだと思ったので、ぜひやらせてくださいと返事をしました」
こうして設計されたのが、カーボンパネルと電極棒というわずかな部品で、なめらかに音程変化するリボン演奏と、クロマチックな鍵盤演奏を同時に実現するインターフェース。形状こそ違うものの、そうした機能はウダーとの近似性も感じさせる。この形状は西村編集長の提案によりアナログシンセ「SX-150MarkII」の製品化時に試作したこともあるが、今回の仕組みはデジタル音源用のためそのときとは全く違う。また、今回の製品版には実装されていないが、これを利用して歌詞を入力する機能も試作された。
eVocaloidのリアルタイム演奏を実現
当初宇田さんの担当はこのインターフェースの試作だけの予定だったため、この段階までは勝手知ったるPSoCで開発が進められた。しかし、製品版で採用したCPUはARMアーキテクチャベースで、その時点ではまだ商品化実績もない新製品。このような状況の中、製品版のデザインを引き受けることについては、さすがの宇田さんも尻込みしたという。しかし、音源チップとして使用するNSX-1の開発者であるヤマハの浦さんは、宇田さんの才能を見込んで強く推薦。最終的な製品版も、その回路及び基板設計、さらにはシステムプログラムまで宇田さんが担当することとなった。
NSX-1とそこに載る「eVocaloid」のエンジンも、この段階では商品化実績のない新製品であり、そもそもこれらのチップ、エンジンとも、リアルタイム演奏に特化したものではなかったため、当初は鍵盤をタッチしてから発音されるまでタイムラグ(レイテンシ)も発生していた。それを克服するため、リアルタイム演奏に適したデータ格納方法の模索から始まり、eVocaloidエンジン、データベースのチューニングなど、さまざまな対策が施され、演奏時のレスポンスも実用上問題ないレベルに向上できた。
こうして完成したポケット・ミクの豊富な機能からは、宇田さんがこれまで培ってきた数々のスキルやアイデアが惜しげ無く注ぎ込まれていることを感じるだろう。それにも関わらず、目標とした水準に近い低価格で、ボーカルをリアルタイムに演奏するという前例のないこの製品を作り上げた。この経験は、同じく前例のない製品である量産版ウダーにも、いずれ活かされるだろう。『理想の楽器』を広めるという夢の第2幕は、ポケット・ミクの完成でやっとスタートラインに立てたのかもしれない。そんな宇田さんに、今目指していることを聞いてみた。
「ウダーの演奏がうまくなりたいですね」
やはり、飄々とした人である。