FabLab Japan発起人田中浩也インタビュー前編
一人一台3Dプリンタ社会は来るか?─次世代エンジニアのありかた
「完璧じゃないとだめ」という日本の悪い癖
企業と市民と大学がデジタルファブリケーションを中心に繋がりつつある中で、製造業はどのように変わっていくのだろうか。田中さんは未熟な段階から製品を出し、社会の中で育てていく仕組みが、大学だけではなくもっと広がって欲しいと語る。
「日本には完璧癖というものがあって、技術も製品も何もかもが完璧にならないと世には出ない。それは作る側だけでなくユーザー側も一緒で、企業が作るものは完璧であると思い込んでいて、だからちょっとでも不具合があると猛烈に不平不満を言ってクレーマーになる。それは、完璧さを巡る、非常に悲しい関係だと思います。
しかし、それだけではイノベーションが生まれなくなってきています。新しい発想や技術を未熟な段階から社会の中に出してしまい、ユーザーも完璧ではないという事をわかった上でより良くするためのアイデアを出し、社会の中でそれを育てていくというのが、これからの時代だと思います。
これは、「完璧でなくていい」とか「未熟でもいい」と言っているのではありません。常に「改良し続ける」「学び続ける」という姿勢が大事だということなのです。
ソフトウェアは既にそうなっているんですよね。今から思えばWindows NT 3.5やPhotoshop 1.0は今と比べると非常に未熟で、そこから時間をかけて改善しているわけです。イノベーティブな日本にするためには、ハードウェアも未熟な技術を社会の中で育てていく取り組みがもっとなされるべきです。未知の実験をする場所としてファブラボがあるわけで、技術の意味や役割、応用先が深まってきたタイミングで大企業が拾い上げて品質の高い製品に仕上げるということがあっていいと思います。
つまり、ファブラボの役割は0を1にすること。企業の役割は1を100にすること。0を1にするのがイノベーションなのです」
「エンジニアも家に帰るとお父さんになる」というところから始まる
ものづくり
ファブラボが新しいものづくり創出に寄与した事例としてIRKitという赤外線リモコンデバイスがある。
IRKitはiPhoneやiPadを使って、外出先から自宅のエアコンやテレビを操作できるリモコンデバイスで、内部のプログラムもオープンソースで公開されていて、例えば室温がある温度になったら、エアコンを自動的につけるといった機能を後付けで実装することもできる。
ファブラボ鎌倉の大塚雅和さんが中心となって開発され、試作・開発にはファブラボ設備が利用されたそうだ。
「大塚さんはたぶん、メイカーとユーザーの両方の目を持った人なんです。自分の“身の回り”を便利にしたい、という素朴なところから発想しているのではないかと思うんです。また、IRKitは、私の周りにいる他のエンジニアや研究者からも、『中がいじりやすい』と評判でした。オープンソースハードウェアの日本での貴重な成功例ですよね」
メーカーとユーザーの境界を横断する事に新しいものづくりのヒントがあると田中さんは感じている。
「一メーカー企業の中の私というアイデンティティでは、自社のリモコンも他社のリモコンも同時に使えるようにしよう、という考えにはならないんですよ。
ところが忘れてはいけないのは、誰もが、会社員の顔と生活者の顔を両方持っていることです。日中会社にいるときはメーカーに勤める企業人かもしれないけど、家に帰ってお父さんに戻るとユーザーになるわけですよ。誰もが。
ユーザーの目で機器を見たら、メーカーの違いなんて関係ない、もっと便利に使いたいだけだと思うんです。いまは、メーカー(つくり手)とユーザー(つかい手)、それぞれのアイデンティティが分断されているのでしょう。
しかし、その間にある境界が無くなったところに生まれる第三のアイデアというのがあって、それこそが『発明』だと思うんです。そうした発明に根差したアイデアが次の産業になるべきで、それは、技術の可能性を示すと同時に、それが問題解決とセットで提案されているようなものなのです。
つまり、イノベーションがソリューションにもなっているようなもの。そういうところには、まだまだニッチがあるんじゃないかと思います」
(後編に続く)