Cerevoが歩んだ道のはじまりとこれから
ネットと家電の未来を追求してきた、Cerevo岩佐氏の失敗と経験のいま
日本のハードウェアスタートアップの先駆けであるCerevo。設立は2008年だが、起業当時はIoTという言葉もMakersという言葉もまだ登場しないなか、ネットと家電の融合の未来を見据えて、いち早く一歩を踏み出して現在に至る。これまでの経験や失敗、当時と今のものづくりの状況の違いなど、代表取締役の岩佐琢磨氏にCerevoの歩みについて伺った。(撮影:加藤甫)
家電スタートアップのCerevo。日本のハードウェアスタートアップやIoT分野の第一人者として知られている。近年では、Webサービスと連携する小型の鍵スイッチ「Hackey」の販売や、Googleカレンダーと連携してアラームを設定するクラウド連携のスマート・アラーム「cloudiss」、スポーツ用品をスマートフォンやクラウドと連携させ、スポーツの新たな価値を提供する製品ブランド「XON series」の開発、ときにはアニメ「PSYCHO-PASS サイコパス」に登場する武器を精巧に再現したスマート玩具「DOMINATOR MAXI(仮)」を開発するなど、幅広い製品作りを行っている。
「グローバルニッチ」を掲げ、製品としてのこだわりと斬新なアイデアをもとに日夜開発を進めているCerevoだが、IoTという言葉もハードウェアスタートアップという言葉もまだない頃に岩佐琢磨氏は起業。ネットと家電がつながることが一般化する前から、岩佐氏はインターネットとものづくりの未来を考えていた。
インターネットと家電がつながる未来はいつ来る?
「もともとインターネット好きで、ネット企業への就職も考えていたくらい。けれども、誰も挑戦していない新しいことをやりたいと思い家電業界を選んだんです」
1978年生まれの岩佐氏。インターネット好きが高じてネットサービスに学生時代は没頭。盛り上がるネット業界にいち早く入り、新しい分野を切り開こうと意気込んでいた。しかし、大学院を卒業する頃には、ブログサービスやSNSの登場、ライブドアや楽天、ヤフー・ジャパンが急成長するなど、すでにネット業界自体が注目の業界となりつつあり、「いち早く業界に入り新しいことを仕掛けるにはタイミングを逸したかもしれない」と岩佐氏は考えた。
“ゼロイチ”、つまり何もないところからものごとを立ち上げるのが好きだった岩佐氏。遅くにネット企業に入るよりも、大企業のなかでインターネットに関連したことを企画してゼロからものごとを立ち上げようと考えたとき、「当時はまだ家電はネットにつながってなくて、アナログな分野でした」ことから松下電器産業(現:パナソニック)に入社。デジタルカメラ、テレビ、DVDレコーダーなどのネット連携家電の商品企画を担当した。
家電業界は、2000年頃はWindowsと冷蔵庫が連携したインターネット冷蔵庫が登場し、その後液晶パネルを搭載した冷蔵庫が誕生するなど、業界としてネット家電の動きはあったものの、魅力的な商品やコンセプトは生まれていなかった。岩佐氏も、さまざまな商品企画を提案するもなかなか開発までたどり着くことができず、家電業界のなかでもがいていた。
対して、ネットサービスやソーシャルゲーム、その後にはスマートフォンのアプリケーション開発が盛り上がるなど、ソフトウェア産業は市場全体も活性化しており、その開発のスピード感や新規開発の動きに自身の家電業界との乖離を感じていた。
「大企業しか製品が生み出せていない閉塞感を打開し、もっとユーザーに寄り添ったハードウェア作りに取り組みたい。それは、仮にパナソニックを辞めて違う家電メーカーに行っても同じ。それでは業界に変化も起こせない。ソフトウェア産業がネットによって大きく変わったように、ハードも企画や設計、流通や販売がネットとの連携によって大きく変わるような、国内のハードウェアスタートアップの成功事例を目指したい」
そう決意し、岩佐氏は独立した。