楽器に挫折した人々を救う新楽器「インスタコード」誕生
コード演奏の壁をインスタントに越えることのできる全く新しい電子楽器「インスタコード」開発の道のりと量産へ向けた展望を、企画開発者の永田雄一さん、デザイナーの武者廣平さん、試作開発者の宇田道信さんに伺った(撮影:加藤甫)。
音楽好きなら誰もが夢見る姿を簡単に実現
ステージで楽器を弾きこなす姿に憧れを持つ人は多いだろう。燕尾服姿のピアニスト、薄暗いバーでリズムを刻むドラマー、おしとやかな和服姿のお琴奏者。そして多くの人が憧れるのは、まばゆいばかりのステージで「ジャーン!」とギターをかき鳴らす姿。そうした夢をかなえるべく楽器の練習にいそしんだ人も多いと思う。
そんな時、多くの人が突き当たる壁がコード演奏だ。 Dm、Csus4、AmM7add13……。暗号のようなコードネームと、それまで動かしたことがないような形に指を折り曲げる指使い。
インスタコードは、そんなコード演奏の壁をインスタントに越えることのできる、全く新しい電子楽器だ。
インスタコードはどんな楽器?
ステルス戦闘機やコンセプトカーのような未来的フォルムが目を引くが、どんな楽器なのか? 全体のプロデュースを手がける永田雄一さんと、デザイン担当の武者廣平さん、ハードウェア試作を担当した宇田道信さんにお話を伺った。
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永田
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「インスタコードは、コードの種類や指使いを覚えなくても、液晶ディスプレイに表示されるコードネームと同じ配列で並ぶボタンを押すだけで、初心者でもすぐコード演奏ができるようになる楽器です。また、複雑なコードや高度な奏法に対応する発展性もあります」
一目見て感じるのは、小さなギターのような形であること。使い方は、まずギターで言うサウンドホールの位置にある「♯/♭」キーで、液晶ディスプレイ最上段に表示されるキーを合わせる。
すると、画面のマス目内にキーに合ったコードが一覧表示される。マス目はネック部分の7×3のボタンに対応し、中央の3×3部分にはポピュラーミュージックで頻繁に使われるダイアトニック3和音のI〜VIIに相当するコードが表示される(残り2 カ所には、次に使用頻度の高いコードが表示される)。
そして、弾きたいコードに対応するボタンを押しながら、ギターの弦のように6つ並んでいるパッドをはじくと、選択したコードが「ジャーン」と演奏される仕組み。
さらに「m ⇄ M」と表示されたスワップボタンを押せば、1〜9に割り振られたコードがメジャーコードはマイナーコードに、マイナーコードはメジャーコードに切り替わる。一般的なロック/ポップスならば、ここまでの操作で必要なコードがほぼそろうだろう。
ダイアトニック3和音の例:
キーCのとき、I=ド ミ ソ、ii=レ ファ ラ、iii=ミ ソ シ、IV=ファ ラ ド、V=ソ シ レ……と、Cメジャースケール上の音=♯や♭などが付かない音で、ルート+第3音+第5音を重ねた和音
インスタコードの発展性
また、それらに加え7、M7、Sus4、aug、dimなどのボタンを併用すれば、より複雑なコードも扱うことができ、さまざまなジャンルに対応できる。
音源やスピーカーを内蔵し、外部のアンプや音源を用意せずに演奏が可能。また、ギターだけでなくピアノやバイオリンなど 128 音色から選択でき、ギターの弦やピアノの鍵盤の役割を担うパッド部分はベロシティ(強弱)にも対応する。それぞれの音色に応じて、はじく、叩く、押さえる、などさまざまな奏法で演奏できる。USBやBluetooth経由でMIDI楽器との接続に対応する。DTM の入力にも使用可能だ。将来は外部アプリとの連携や、ファームウェアアップデートを可能にする構想もあるそうだ。
はじいて演奏するストラムモードでは、コードボタンを押しながらパッドをかき鳴らせば、コードボタンを離した時にサスティン(音の持続)が止まる。パッドは、発音状態の弦を軽く押さえて弦の鳴りを止めるギターのミュート奏法も再現するので、それらを組み合わせれば、非常に高度なカッティング奏法も再現できる。
このように、インスタコードは高度な表現にまで気を配った発展性を備え、プロミュージシャンからも高い評価を得ている。
インスタコード誕生のきっかけ
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永田
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「僕自身ミュージシャンで作曲の仕事もしていますが、元々は大学で合唱を経験して歌を勉強するようになり、その後アカペラグループに所属していました。専門は歌なので、楽器演奏は苦手。でも自分で弾き語りしてみたいという思いもずっとありました」
自分自身、そして歌は好きだが楽器は苦手、と同じ思いを抱いている人のために、より簡単に伴奏ができる楽器を作りたいという思いから開発はスタートした。
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永田
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「2018年10月に開発を始めた頃は、スマホアプリを作ろうと思っていて、単にボタン1つ押すだけでコードが鳴るものを考えていました。でもタッチパネルだと画面を見ながら弾かなきゃいけないので、やっぱり前を向いて弾けるハードウェアじゃないと面白くないと思い始めました」
しかしハードの設計製造の経験はなかったので、いろいろな会社に問い合わせるも、具体的な設計のないものは無理と門前払いをくらってしまう。
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永田
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「それまで知らなかったんですが、最終製品をゼロから作れる会社はそんなになくて、基板とか構造とかプログラムとかそれぞれ専門会社があって、それを束ねて作っているんだと。それでも設計から製造まで一貫してやっている会社さんにたどり着いて、いろいろアドバイスをいただきました」
武者さんや宇田さんとの出会い
年が明けて2019年1月、長年プロダクトデザインを手がけている武者さんの元を訪ねた。
「お仕事でご一緒したことはなかったんですけど、『教えてください』って連絡したら、親身に相談に乗ってくださって。形状も僕が漠然と描いていたものから、だんだん形にしていただきました」
武者さんは、誰も見たことのない新楽器をゼロから作るプランを聞いて、大変だと思わなかったのだろうか?
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武者
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「むしろ楽しいと思ったくらい。普段は、前例があってその評価を知った上でデザインするけど、前例がないものはすごく考えないといけない。逆に言うと、前例がなければそれらを気にせず何でもできる。そこが楽しい。あと久しぶりに連絡がきたのも嬉しかったし(笑)」
しかしやはり、前例がないゆえの難しさもあった。
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武者
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「形も前例ないものにしたかったけど、弦楽器の弦をはじくしぐさは世界中で人類の歴史と共に人々に刷り込まれてきた形。楽器が弾けない人もエアギターでみんなあの仕草をやってるし(笑)。でも単にギターの小型版だと、ウクレレねって言われるのも悲しいし、どこにも似てないけど楽器っぽくて、弦がないのにここを触ると音が出そう、と予感させる形にしたかったんです」
こうして外観デザインにギターのような左右対称の形が取り入れられた。これで、画面表示やボタンの配置の向きを入れ替えれば、左利きの人も使えるようになった。
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武者
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「長年ユニバーサルデザインをやってきたんで、右利き左利きに関係なく使えるものにしたいと思っていました。サイズも、持ち歩いてすぐ弾けるよう、僕らが普段使うA3サイズのバッグに入る前提でデザインしました」
武者さんが専門とするユニバーサルデザインを取り入れることは、永田さんがそもそも描いていた「誰でも演奏できる楽器」というコンセプトにもつながっている。
並行してさらなる出会いが。宇田さんの存在を当サイトfabcross の記事で知る。
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永田
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「ポケット・ミクは参考用に買っていたし、インタビュー記事を見て『これは連絡しよう』と思いました。今年の3月に初めて会って話してみたら、相対音感で捉える考え方がウダーと近いこともあり、コード演奏のシステムをすぐに理解してくれました」
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宇田
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「最初にアイデアを聞いた時は、ボタンがいっぱいあって画面表示もあって、それが無い形を理想とするウダーとは趣味が違うなと。でも、こんなに面白いものなんだ、って情熱を持って話をされる様子に影響を受けて、一緒に作ることにしました」
そこで宇田さんが提案したのが、宇田さんが長年開発を続けている電子楽器「ウダー」のセンサーに使われている、導電ゴムによってタッチの強弱を感知するインターフェースだ。これをギターの弦のように並べ、それをはじいた強さで音が鳴るようにした。
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宇田
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「実際出来上がって弾いてみると、とっても面白いんです。僕は元々クラシックギターを弾いてまして、ギターって、ジャカジャカ弾くのがとっても面白いんですが、ピアノやウダーではなかなかまねできなくて、あの楽しさを電子楽器で再現したい気持ちがありました。しかも永田さんの考えたコードシステムですごく簡単にコードを選べる。いいものになったと思います」
量産へ向けて
こうしてデザインや仕様の方向性も定まり、現在は量産開始に向け準備が進んでいる。2019 年10月には音楽版コミケとも呼ばれるイベントM3で試作機をお披露目した。明けて 2020年1月には世界最大の楽器見本市、アメリカのNAMM Showに出展した。
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永田
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「試作品はまだ3台しかないので、音楽好きが集まる場で直接触ってもらいたいと思ったんです。Kibidangoでクラウドファンディングの話を進めているところです。価格はできるだけ抑えて3万円くらいを考えています。試算は出ていて、成功も不可能ではないと思っています。ただしそれには数がかなり必要になってくる。その数を集めるために、どう認知を広げるかが今の課題で、本当に苦労しています」
部品や工場の手配も着々と進む。Bluetooth関連では、レガシーなMIDI端子を簡単にワイヤレス化する「mi.1」を開発/販売するQuicco Soundが協力。またこうした電子楽器には珍しく、スピーカーもおまけ程度ではなく、画期的な新技術で高音質化に成功した国内某メーカーの協力も得た。そして製造は大ヒット翻訳機「ポケトーク」の製造を手がけるジェネシスホールディングスが担当している。
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永田
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「クラウドファンディングが成功しても、なかなか製品化が実現しない、というケースを今までたくさん見てきたので、経験者の方々からアドバイスや経験談をいろいろ教えてもらいました。成功談よりも失敗談の方が参考に、そういうことがないよう準備はしています」
ハードウェアの素人であるはずのミュージシャンが「自身の夢をかなえる楽器」のために描いた戦略は、意外や相当にしたたかで周到。今後の展開にも期待したい。
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