ジモトをつくる
人と街が一体となってつくり上げる、メイカー文化がある豊田市 #ジモトをつくる
日本屈指の工業都市である愛知県豊田市。人口約42万人対して、製造業従事者は約11.5万人と市民の4人に1人はものづくりに携わっています。そんな豊田市に住み、自身も製造業に従事するfabcross工作ライターの小林竜太さんに、Makerから見た豊田市のコミュニティについてレポートしていただきました。(編集担当:越智岳人)
私は豊田市に住み始めて、今年で13年になります。恵み多き緑の町である豊田市は、その名前から推測される通り、日本屈指のクルマの町でもあります。そんな豊田市が、人と町、一体となってつくり上げている独自のMaker文化について紹介します。
クルマの町、豊田市
豊田市は愛知県のほぼ中央に位置し、県全体の17.8%を占める広大な面積を持ちます。市内の製造業で働く人の約85%が自動車関連産業に従事しており、その強固な産業基盤から、ものづくり中枢都市として知られています。
数々の工場が立ち並び、町全体で製造業の発展に寄与する一方、Maker文化の醸成については、未成熟のように感じられていました。例えば、私は趣味でハードウェア中心に個人開発をするMakerなのですが、ファブ施設を借りるために、週末はよく名古屋市を訪れていました。また、ものづくりイベントに至っては、その数の少なさから、東京まで足を運ぶことも数多くありました。豊田市内ではMaker文化に触れる機会や場所が、あまり存在していなかったのです。ところが、それは過去の話。現在の豊田市の印象は、これまでとは大きく異なります。
ものづくり創造拠点 SENTANの誕生
現在、豊田市のMaker文化の発展に大きく貢献しているのは、2017年12月にオープンした「ものづくり創造拠点 SENTAN(以下、SENTAN)」です。SENTANは、人やアイデアがつながる交流スペースや、 アイデアを形にできるものづくりスペースなどを活用し、 新たな事業を展開したい企業や創業を志す人々を支援する新たな拠点です。そして、その大きな特徴は市営のファブ施設という点でしょう。
SENTANは、豊田市名誉市民である豊田英二氏(元トヨタ自動車最高顧問)のご遺族からの寄付金で運営されています。ものづくりの発展に寄与することを目的としており、豊田市次世代産業課、豊田市ものづくりサポートセンター、とよたイノベーションセンターといった3つの機関で構成されています。その名前には、閃きを鍛える「閃鍛」、千の訓練で鍛えれば事は全うできる「千鍛」、先を行くもの「先端」と、3つの意味があります。
とは言いつつも、いきなり市営のファブ施設をつくるのにはさまざまな課題がありました。例えば、どのような設備を導入すべきかという点です。民営のファブ施設であれば技術者を経て運営されている方も多いので、きっとノウハウも多いと思いますが、市営だとそうもいきません。ものづくり未経験者の方がほとんどです。その課題を解決すべく、SENTANオープン前にTechShop TokyoやDMM.make AKIBAを見学したり、市内大手企業の技術者からの意見を参考にしてきました。そうした苦労の末、今では金工・木工・レーザー加工など、潤沢な各工作機器が用意されるに至っています。また、熟練の技を持つものづくり企業をリタイアした方たちをテクニカルスタッフとして配置し、ものづくりのイロハを丁寧に教えてくれます。
SENTANを通じた人々の交流
SENTANの利用者数は年々増加し、今では60を超える団体が、その活動拠点としています。もちろん、私もその一員です。そして最初の登録団体は、空飛ぶクルマを開発する「CARTIVATOR」でした。CARTIVATORは「モビリティを通じて次世代に夢を提供する」をミッションに2012年に始動した有志団体です。今では「Dream On」に名前を変え、未来の世界を体験できるタイムマシンを開発しています。
私は週末、SENTANで作業することが多いのですが、そこでは素敵な出会いも数多くあります。例えば、レーザー加工機で作業していた時、横で同じく作業していた「オスカ」という団体の方と話が弾み、記念に自作された名刺ケースをいただいたことがあります。オスカは、障害者施設での木工指導および試作品の提供をしている団体です。このように、ものづくりを通じて気軽に交流できるのはとても良いものですね。
SENTANの2階は交流スペースとなっており、ミーティングやソフトウェア開発で利用されています。私の職場の仲間もよく利用しており、仕事終わりの技能交流スペースとして有効活用しています。
中小企業・スタートアップ支援
SENTAN内の大きな人材育成の取り組みのひとつに「ものづくりミライ塾」があります。これは、市内中小企業の若者が社会に役立つ、今までにない大きなテーマをやり遂げることで、ものづくり力を育成するプロジェクトです。自ら考え、自ら行動できる人材を創出し、企業へ戻った若者が核となってイノベーションを起こし、新商品の創生で企業力を向上させることを目的としています。
例えば、第1期生は「無人雪下ろし機」や「家庭用水素発生充填機」を開発しました。「無人雪下ろし機」は、雪による住宅への損害や、雪下ろしの際の事故、除雪の担い手の不足といった課題を克服する「人にやさしい自動除雪システム」を開発することで社会へ貢献することを目的としています。
また、新製品の取り組みとしては、ものづくりベンチャーとのマッチング事業も精力的に行われています。マッチング後は、コーディネーターや専門家による伴走支援を通じて、製品の共同開発を支援しています。
「このような取り組みを通じて、中小企業が頼れるネットワークをつくる。この場所が入口になってつながることができるのは、SENTANの魅力のひとつです」(豊田市役所 北川裕介氏)
ハードルの低いロボットコンテスト「とよたヘボコン」
近年は、SENTANの場を活用したコンテストも開催されています。2019年には、みんなが作ったロボット同士で相撲を取る「ヘボコン」が開催されました。ヘボコンとは、技術力が低い人のためのロボット相撲大会です。まともに動かない、出来の悪いロボットばかりが集まり、おぼつかない足取りでなんとか戦います。世界で唯一の、ロボットを作る技術を持たない人が表彰されるロボットコンテストです。
イベント当日は、SENTANの工房をオープンスペース兼パーツショップとして開放し、ワークショップを実施。飛び入り参加も大歓迎のオープンなイベントとして、大盛況でした。
豊田市の未来を創り出すハッカソン「HACK the TOYOTA」
2020年にはSENTAN初のハッカソンも開催されました。市内企業やものづくりで起業を目指す市民らの新たな出会いや交流を促すとともに、「起業」や「アイデアを形にする」過程と手法を学ぶ機会を提供することで、新たな価値の創出やオープンイノベーションの推進を図ることを目的としたものです。
ハッカソン当日は、名だたる協賛・協力企業や、SENTANテクニカルスタッフによるハードウェアものづくりの技術支援を受けることができるのが最大の特徴でした。私が知る限り、3Dプリントや機械加工をその場で実現できるハッカソンは珍しいと思います。また、生み出されたプロトタイプの実証実験や事業化の基盤づくり、人材のビジネスマッチングを豊田市と協力企業が支援し、ハッカソン終了後も精力的に取り組みを継続しています。
ものづくりの楽しさを広げる、わくわくワールド
豊田市では毎年秋ごろ、とよたものづくりフェスタ実行委員会とトヨタ技術会実行委員会が共催する「わくわくワールド」というイベントがあります。訪れる多くの子どもたちが、さまざまなものづくりを体験することで、その楽しさを感じてもらうことが狙いです。
これもまた、イベントのコンテンツづくりのために、さまざまな団体がSENTANを活用しています。例えば、わくわくワールドでは、自動運転ミニカーバトルというコンテンツがあるのですが、その試走会がSENTANの大きなセミナールームを貸し切って行われたりします。また、斬新なアイデア満載の乗り物を披露するアイデアコンテストの開発場としても、多くのチームが工房を使用し、チーム同士の交流の場として活用しています。
枠を超え活躍する人々
ひと昔前の豊田市は、Maker文化が企業内で閉じている印象でした。ところが近年は、SENTANという入口を通じて、企業の枠を超えて多くのMakerがつながり、新たな“コト”に挑戦しています。しかしながら、町や地域が取り組むいろいろな場や施策は、あくまでその活動のキッカケでしかありません。そこから一歩踏み出す”人”こそが、さまざまなモノをつくり出しているのです。今後も豊田市は人が中心となりながら、町が一体となり文化を発展させていくことでしょう。そして、さらには町の枠も超え、日本のメイカームーブメントの中枢となっていくことに思いを馳せています。