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ジモトをつくる

個の集合体からコミュニティを育てるためにはーー石川県のMakerコミュニティ #ジモトをつくる

石川県は輪島塗、九谷焼など古くから伝統工芸の街として発展した街です。そのモノづくりのアイデンティティは今も受け継がれ、fabcrossでもこれまでに石川県で活動するMakerやアーティストを度々紹介してきました。

石川県の県庁所在地である金沢市で活動する五味さんは、Makerが集う展示会「NT金沢」の運営サポートや地元Makerとのワークショップに加え、地域のメイカースペースの運営にも携わる地元密着型のMakerです。石川県は個性的なMakerが集まる一方で、地方ならではの課題もあるという五味さんの「ジモト」の今を寄稿いただきました。(編集担当:越智岳人)

石川県の人口は113万人と多くなく、イベントを開催しても都会のように人がなかなか集まらない場所です。しかし、それが結果的にプレイヤーの数とのバランスがとれ、活動している一人一人が埋もれない程度の環境を作り出しています。そんな石川県のメイカースペースを紹介します。

私自身がものづくりを始めたのは社会人になって3、4年ほど経ってからで、そこから地元のMakerコミュニティーの方々とイベントを開催するようになりました。それがきっかけで、今はフリーランスとして製品試作や基板の開発をしたり、Makerスペース運営のお手伝いをしたりしています。

金沢駅から歩いて約10分のところにあるデパート、金沢エムザの建物の中に、金沢市が運営している「ITビジネスプラザ武蔵 サロンスペース“CRIT”」があります。ここはコワーキングスペースですが、産学官が連携して運営するメイカースペースでもあります。金沢大学がレーザーカッターを、金沢の企業のC8LINKがUVプリンターと3Dプリンターを設置しており、大学の先生や企業でデジタル加工機を使っている方も一緒にこの場を使い、利用者同士がノウハウを共有しています。

ITビジネスプラザ武蔵 サロンスペース“CRIT”。コワーキングスペース内にデジタル加工機が設置され利用できる。(撮影:五味) ITビジネスプラザ武蔵 サロンスペース“CRIT”。コワーキングスペース内にデジタル加工機が設置され利用できる。(撮影:五味)

月に1度、オープンデーという無料で利用できる日を設けており、親子連れやMakerたちがデジタル加工機を利用しに訪れています。また、加工機の利用の手ほどきを受けた人が申請すると無料で利用できるため、製品試作や作品製作にMakerが活用しています。

産学官が連携し、ノウハウを共有しながら製品試作にも使える設備を活用できる。(撮影:五味) 産学官が連携し、ノウハウを共有しながら製品試作にも使える設備を活用できる。(撮影:五味)

金沢から車で約1時間の加賀市大聖寺には、メイカースペース「KAGAものづくりラボ」があります。ここは加賀市が運営するインキュベーション施設の中にあり、施設利用者が使うレーザーカッターや3Dプリンター、電子ミシンなどのデジタル加工機を、毎週土・日曜に市民に対して無料で開放しています。

KAGAものづくりラボ。インキュベーション施設内にあるメイカースペース。(撮影:五味) KAGAものづくりラボ。インキュベーション施設内にあるメイカースペース。(撮影:五味)

週末に開放されていることもあり、常連のMaker以外に親子連れも多く訪れます。LEGOマインドストームを組み立てて遊ぶ小学生や、3Dプリンターを使って作品を作る中学生、レーザーカッターや電子ミシンを使ってオリジナルグッズを作る親御さんなど、クリエイター以外の方も一緒にものづくりに触れ、楽しんでいる姿が見受けられます。また、インキュベーション施設利用者がラボに来た方にアドバイスしたり、イベントを開催したりしてものづくりの楽しさを広めており、地元の人と密着した運営が魅力です。

クリエイターだけでなく地元の一般の方もものづくりを楽しみに来ている。(撮影:五味) クリエイターだけでなく地元の一般の方もものづくりを楽しみに来ている。(撮影:五味)

ものづくり施設を開放する大学も出てきました。以前fabcrossでも紹介されていましたが、金沢駅から車で約20分の北陸大学内に、今年の7月「北陸大学ものづくりLab」がオープンしました。レーザーカッターや3Dプリンターといったデジタル加工機や工具が利用可能です。この場を活用されている学生さんが作品をイベントで発表するなど、活発に活動されているようです。

北陸大学ものづくりLab。大学内の施設が開放されたラボ。(撮影:五味) 北陸大学ものづくりLab。大学内の施設が開放されたラボ。(撮影:五味)

北陸大学ものづくりLabの特色は、大学の先生から、ものづくりだけでなくそれに関わる経済・経営を含めアドバイスしてもらえる点です。まだできて間もないスペースですが、今後ものづくりを行う場所として賑わうだけでなく、社会に生かすものをどうつくり、どう広めていくかを含めて実践できる場所として発展していくことを願っています。

オープンして間もないが、多くの学生たちが多く利用し、活発に活動している。(撮影:五味) オープンして間もないが、多くの学生たちが多く利用し、活発に活動している。(撮影:五味)

石川Makerの頼れる味方といえば「マルツ」

話は少し変わりますが、電子基板を扱う人にとって重要な要素の一つとして、電子部品店が地域にあるかどうかがあります。作ってみたいアイデアが湧いたとき、機材が故障して修理するとき、短納期で部品が急に必要になったときなどに、近くに電子部品店があれば駆け込めるからです。ネットで発注すると届くのは1、2日後、冬場だと雪の影響でさらに時間が掛かる恐れがあります。電子部品が置いてあるお店があるかどうかは重要なライフラインとなります。石川県には電子部品店として唯一「マルツ金沢西インター店」があります。

マルツ金沢西インター店。会社帰りにも寄れる石川県唯一の電子部品店。雪の日でも開いている。(撮影:五味) マルツ金沢西インター店。会社帰りにも寄れる石川県唯一の電子部品店。雪の日でも開いている。(撮影:五味)

夜19時までお店が開いているので会社帰りにパーツを買いに行くことができ、動作確認やはんだ付けができる工作スペースもあります。

月に一度、地元のMakerが集まりものづくりを行うイベント「Maker’s Night」を開催したり(コロナ禍のため現在はオンライン)、ものづくりイベントの際に部品販売をしたり、地元のMakerが作ったモジュールを販売したりするなど、地元のMakerに寄り添うありがたいお店です。

地元のエンジニアが作ったモジュールやパーツも店頭に並んでいる。(撮影:五味) 地元のエンジニアが作ったモジュールやパーツも店頭に並んでいる。(撮影:五味)

誰でも・何でもOKな展示イベント「NT金沢」

メイカースペースやお店など、ものづくりを支える場所をいくつか紹介しましたが、作ったものを発表する場というのも大切です。

石川では作ったものを展示するイベントとして「NT金沢」が年に1度、開かれています。このイベントは、「作ってみた」「やってみた」を合い言葉に、基本的には誰でも、何でも展示可能な有志によるものづくりイベントで、現在金沢駅の地下で主に開催されています。

例年、出展者の3割程度が県内の方で、県内の大学や高専の研究室、学生個人、そのほかにもプロ・アマ、年齢・職業関係なくさまざまな方が出展して、作品を通してコミュニケーションする場として賑わっています。最近は小中学生も作ったものを自分で展示・紹介し、プログラミング教育で学んだことを発表する場としても使われています。

また、企業に勤める方が展示する、その企業の経営者がイベントのことを知って見学に来る、経営者がイベントを支持し協賛する、という流れが生まれており、イベントの内容を理解し、地元のものづくりを応援するため協賛する地元企業が年々増えています。ジモトでのものづくりを支える要素として、継続して開催されるイベントの存在は重要だと思います。

ものづくりの祭典「NT金沢」の様子。2021年は感染対策や中止条件を明確化して開催された。(撮影:五味) ものづくりの祭典「NT金沢」の様子。2021年は感染対策や中止条件を明確化して開催された。(撮影:五味)

Makerコミュニティと県民性を考える

ここまで、行政や学校が運営するメイカースペースの話をしました。無料で使えるのは非常によいのですが、課題点もあります。石川県には工業試験場や子供向けのプログラミング施設などはありますが、ファブラボのようなデジタル加工機を自由に使えるMaker向けの拠点で民間の企業・個人だけで運営している場所はありません。行政などに依存したメイカースペース運営は、社会・経済情勢による影響を強く受けます。運営するための補助金が終了する、政権が変わるなどの要因から状況が変化し、最悪の場合は閉鎖される可能性があります。

かつて民間でものづくりスペースを開こうと試みたグループはありましたが、利便性と採算性のバランスが適した場所を借りることが難しいといった理由から断念していました。個人的な考えですが、石川県民は新しい文化を好み受け入れやすい反面飽きっぽく、Maker文化が根付き、収益につながるには時間がかかりすぎるのが理由の一つかと考えています。

石川のMakerたちは、メイカースペースを拠点とするよりは、自宅なり会社なり研究室なりでものづくりをしています。また、ものづくりの動機が地元のイベントやスペースに依存していない人が多く、メイカースペースの有無に影響を受けない人が多いように思います。車で移動しやすい場所にあるメイカースペースはなく、都会のように公共交通機関も充実していないため、冬場はメイカースペースを訪れること自体が困難となります。そのため、個々で拠点を作るというのが最適解となるのではないかと思います。現にこのコロナ禍では、個々が各々の拠点でものづくりを続けています。

とはいえ、物理的な場所がないとMaker同士の交流やノウハウの共有が進まないため、今後さまざまな形態でのメイカースペースが生まれるといいなと思います。

石川を代表するMaker3人

ここからは石川県のMakerたちが個々でどのようにものづくりをしているかを知ってもらうために、地元のMaker3人を紹介します。

akita11(大学教授)

akita11さんはだれでもLSIを作れるようにする「Make LSI」の活動や、チップを炙って中身を覗いて理解を深める活動、無駄な抵抗コースターの製作などのMaker活動をしています。

本職は大学の教授であり、もともと研究上でもプライベートでもものづくりをしていたため、それをやりやすいよう自分の研究室に工具などを少しずつ整備されきたそうです。

小さな電子部品のはんだ付けにも困らないように、やや高価なはんだごてや顕微鏡リワーク用の工具なども揃えている。(写真提供:akita11) 小さな電子部品のはんだ付けにも困らないように、やや高価なはんだごてや顕微鏡リワーク用の工具なども揃えている。(写真提供:akita11)
電子部品など一般的なパーツはダイソーで売っている箱に種類ごとに整理している。(写真提供:akita11 ) 電子部品など一般的なパーツはダイソーで売っている箱に種類ごとに整理している。(写真提供:akita11 )

なにか作ろうと思ったときに、パーツが手元にないと気分が一気に萎えてしまうことから、「使うかも」と思ったパーツは予備も含めてなるべく購入し、スタックできる箱に種類ごとに整理されています。

また3Dプリンターやレーザーカッターなどのデジタル工作機械や、デジタルオシロ、ロジックアナライザーなどの電子関係の計測機器は、高価なのですべて自分のところで揃えるのは難しいのですが、近隣の研究室と適宜シェアをしながら、普段から使える環境を整えられているそうです。

本当は学内でファブラボをやりたかったが、自由に使える場所がなく、機材を揃えるお金もないため、結果的に研究室でものづくりを行うようになったそうです。しかし、研究者以外の理由でものづくりをしたい学生は一定数いて、工作室を共有してみたところオンラインベースで活動する以上に興味を持っていたので、学内でのメイカースペースの必要性を感じているそうです。

yukima77(会社員エンジニア)

燃えるゴミ等、今日出すゴミをLEDの色で知らせてくれるガジェットを制作するyukima77さんは、地元企業でエンジニアとしてものづくりに携わっているので、製作の拠点は主に自宅と会社とのことです。

ただ、コロナ禍の影響で出社する機会が減ってきたこともあり、作業する場は徐々に自宅に集約されつつありるそうです。部材が自宅と会社を行ったり来たりすると効率も下がるので、最近は自宅で主に開発しているとのことです。

また、ものづくりだけでなく、会社でそれぞれが作ってみたものや触ってみた技術などを紹介し合ったり、作っているモノの助言を貰ったりする有志でのモノづくり活動を行う場作りもされているそうです。最近は活動をオンラインで行うことが多くなり、話す内容も会社とは関係ない内容なので、誰でも参加可能な運用でやっているそうです。

テレワークが増えたことをきっかけにデスクも新調。サイドテーブルをハードウェア開発のスペースに使うことが多い。(写真提供:yukima77 ) テレワークが増えたことをきっかけにデスクも新調。サイドテーブルをハードウェア開発のスペースに使うことが多い。(写真提供:yukima77 )
はんだごてなどの工具などは常に出しておくわけではなく、机の引き出しや棚にしまっておいて、必要な時に出すことが多い。( 写真提供:yukima77) はんだごてなどの工具などは常に出しておくわけではなく、机の引き出しや棚にしまっておいて、必要な時に出すことが多い。( 写真提供:yukima77)

ヒゲキタ(Maker)

先日fabcrossで紹介されていた、手作りプラネタリウムや段ボールで作った着ぐるみ恐竜のうちのシロ等を作られる、職業Makerのヒゲキタさんは、特に工作部屋や自分の部屋を持たず、大抵の工作を居間の床やテーブルでされているそうです。

プラネタリウムドームなど超大型のもの(直径10m高さ6mのエアドームとか)の最終組み立てにはプラネタリウム投影に行ったことのある公民館、児童館、学校の体育館やホールを借りたりすることもあるそうです。

うちのシロ( 全長4.5m)は居間で作り、最終組み立ては庭でやっている。( 写真提供:ヒゲキタ ) うちのシロ( 全長4.5m)は居間で作り、最終組み立ては庭でやっている。( 写真提供:ヒゲキタ )

ジモトのMakerコミュニティをメルマガで配信

私は各メイカースペースのお手伝いや、NT金沢などのMakerイベントのお世話係をやったりして、いろいろな方の協力を受けつつこの石川のMaker活動に関わらせていただいています。また、昨年からNT金沢やMakerたちの活動を応援してくださる方々に向けて、石川県のMaker情報をまとめたメールマガジン「Ishikawa Maker's News」を配信しています。石川県のMakerイベントを横断的にまとめたメデイアがなかったこともあり、自分の行く範囲だけではありますが、スペースで開催しているイベントや地元のMakerのインタビュー、自分の作っている作品などをまとめています。

石川のMakerイベント情報やMakerのインタビューをまとめたメルマガ。月1回発行。( 画像提供:五味) 石川のMakerイベント情報やMakerのインタビューをまとめたメルマガ。月1回発行。( 画像提供:五味)

また学校などでの講座や、テクコスワークショップというワークショップも開催しています。プロの造形屋さんとタッグを組み、造形をされている方にオンラインで電飾造形を学んでもらうイベントです。自分のやりたいことを実現する手段の1つとして、さまざまなレベル、さまざまなジャンルの方とものづくりとの橋渡しをしていきたいと思っています。自分もプレイヤーでありつつ、イベントを開催してMakerやスペースをつなぎ、Makerが増えて継続できる場作りをのんびり続けていきたいと思います。

さて、石川県のMaker事情をスペースやイベントの面からまとめさせていただきました。問題点を含めていろいろ書きましたが、各拠点はものづくりをする人を応援してくださっています。地元でものづくりをしている人と毎年新たに出会っていますが、今もまだ自分の目に見えていないところでものづくりをしている人はまだまだいるでしょう。それぞれの拠点が継続されていくことで、いろいろな方が現れてくるのではないかと思います。

一人だけでものづくりを続けられる人はいいのですが、ものづくりの楽しみを分かち合ったり相談したりできる場所があることはやはり大事です。単に問題を解決するだけでなく、新しい視点や技術を得ることにつながり、それが結果的に、皆が長くものづくりを続けられることにつながると考えるからです。そのためにはMaker、それを束ねるコミュニティとともに、支えるスペースやイベントなど、ジモトという場所の存在もまた重要とあらためて感じました。

気兼ねなく移動できるようになりましたら、ぜひ一度石川県のメイカースペースを利用しに来てください。また、ぜひ寿司を食べに来るのを兼ねて、作品を持ってMakerに会いに来てください。

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