ジモトをつくる
福岡は「Makerの玄関口」——手を取り合いながら、コロナ禍を乗り越えようとする街の今 #ジモトをつくる
各地のMakerコミュニティの今を、その地域に住むMakerがレポートする連載企画「ジモトをつくる」。第3回は福岡県福岡市。アジアの玄関口として知られる福岡はIT企業の集積地であり、ファブ施設やスタートアップ向けのコワーキングスペースが充実している街でもあります。
新型コロナウイルスの影響から活動に制約を受ける一方で、オンラインの活用や自分たちの技術を生かした社会貢献など、知恵と工夫を凝らしたアクションを打ち出すMakerも増えています。福岡のMakerコミュニティで活躍するキーマンを地元在住の若きMaker河島晋さんがレポートします。(編集担当:越智岳人)
福岡でロボットや電子工作などのものづくりに取り組んでおります、河島晋(かわしま すすむ)と申します。私自身が仕事やプライベートでものづくりに携わる中で、特に福岡市内のクリエイターやエンジニアと顔を合わせることが多くあります。今回は、そんな福岡市でご活躍されている方々の普段の活動やコロナ禍が始まってからの動向についてご紹介します。
エンジニアが集う街、福岡市
朝鮮半島や大陸に近い九州北部に位置していることから「アジアの玄関口」とも呼ばれている福岡市。東京や大阪の中心街と比べると家賃相場が安いため、住みやすい都市としても注目されています。その影響もあり、「人口増加数」「人口増加率」「若者(10代・20代)の割合」で政令指定都市中1位となっています。
福岡市は自治体としてIT分野などの先端技術を積極的に導入する取り組みが活発で、企業やコミュニティなどさまざまな形態でエンジニアが集まる土壌ができています。LINEの国内第2拠点となるLINE Fukuokaや、IoTデバイスの開発・量産を手掛けるBraveridgeも福岡市内に拠点を構えている企業です。
2012年に福岡市が「スタートアップ都市」を宣言してから、自治体としてスタートアップを支援する取り組みが活発に。2018年には、新たなサービスを生み出すテクノロジーの核を担うエンジニアが働きたいと思えるまちづくりを目指す取り組みとして「エンジニアフレンドリーシティ福岡」が宣言されました。
エンジニアフレンドリーシティ福岡の取り組みの一環として、2019年8月、「エンジニアカフェ」がオープン。エンジニアカフェにはカフェ併設のコワーキングスペースや集中スペース、ミーティングスペース、レーザーカッターなどの機器を使えるMAKER’sスペースが設けられており、趣味から仕事までさまざまな目的で利用者は足を運びます。福岡の中心部である天神エリアにあるため、アクセスも抜群です。
女性が参加しやすい電子工作コミュニティをつくる
「電子工作にかわいいが加わったら、きっと最強!」のフレーズをモットーに活動するコミュニティ「女子だらけの電子工作」で代表を務める山田美穂さん。電子工作を体験するワークショップを数多く開催し、多くの参加者が楽しめる場づくりを手掛けてきました。
「『女子だらけの電子工作』を始めたきっかけは、あるIoTの勉強会に参加したときのことでした。知り合いの女子大学生と勉強会に参加する予定でしたが、私が別の用事との兼ね合いで遅れて会場に行くことになったんです。でも、いざ会場に着いてみるとそこに学生の姿はありませんでした。後で本人に事情を聞いたところ、周りが男性ばかりという状況が怖くて先に帰ってしまったとのことでした。
周りの女性と話してみると、同じような経験をした方が多いことが分かり、それをきっかけに女性がメインの電子工作イベントを試験的に開催するようになりました」(山田さん)
「『女子だらけの電子工作』というコミュニティ名は、昭和っぽいキャッチーな表現にしたいという思いもあってインパクトを強くしていますが、重要なのは女性“だけ”ではないこと。男性の参加も歓迎しています。
これまで実施してきたワークショップでは、光るネイルづくりやピカピカUFO基板のはんだ付け、micro:bitのプログラミング、ゲルマニウムラジオなど、多様なものを題材に実施しました。ゲルマニウムラジオは電池を使わなくてもラジオの音が聞こえるのがポイントで、多くの参加者はその不思議さにすごく驚きます。ただかわいいものを作るだけでなく、サイエンスやエンジニアリングに興味を持つきっかけになるコンテンツを考えています」
博多の地下から世界一を目指すエンジニア集団
九州一の交通の要所である博多駅から徒歩7分の場所に位置する「ニワカラボ」。ここでは世界最大級のロボット競技「RoboMaster」で世界一を目指すチーム「FUKUOKA NIWAKA」の活動拠点として利用されています。
「RoboMaster」とは、中国のドローン最大手DJIが開催している次世代ロボット競技会で、世界中から300チームを超える学生が参戦し、製作したロボットを操縦して熱戦を繰り広げます。基本的なルールはFPS(一人称)視点で操縦するロボット同士の球の射撃によるHPの削り合いで、相手フィールドに構える基地ロボットのHPをゼロにすると勝利となります。
FUKUOKA NIWAKAの拠点であるニワカラボには、3DプリンターやCNC、卓上旋盤、ボール盤などの機材を設置している工作室をはじめ、ロボットの試験走行を行う専用の部屋も備え付けられており、ロボットの製作と実験を効率よく繰り返すことができます。
FUKUOKA NIWAKAの成り立ちと近況について、チームの発起人である古賀聡さん(ニワカソフト株式会社 代表取締役)と、現在キャプテンを務める林田健太郎さん(九州工業大学3年)、チームの広報を務める河島萌さん(福岡工業大学4年)にお話を伺いました。
「FUKUOKA NIWAKAを立ち上げたのは、2017年、出張で中国・深圳へ行き、現地の会社の方とロボットに関する話題になり、その方から『最近、日本のロボットは面白くない』と言われ悔しかったことがきっかけです。それから中国のロボット関連の情報を調べていくうちにRoboMasterを知りました。日本のチームがまだ出場したことがなかったこともあり、福岡でチームを立ち上げてチャレンジしたいという思いが強まりました」(古賀さん)
「メンバーの多くは九州各地の大学・高専の学生です。ロボコンの経験がある学生のほか、初めてロボット製作に取り組む学生、さらには広報活動やマネジメント、グラフィックデザインなどを専門とする学生もいます。また、社会人エンジニアの方々にもアドバイスをいただきながら日々スキルアップを重ねています」(林田さん)
「大会出場だけでなく、学会での論文発表、クラウドファンディング、九州各地の小中学校や公民館・科学館などでの講演や実演にも積極的に取り組んでいます。地域の方と交流をすることで学べることも多く、『地元に応援されるチーム』を目指して活動を継続しています」(河島さん)
「RoboMasterの競技で特徴的なのは、大型のロボットを9台作る必要があるためロボットの開発規模が非常に大きいという点です。また、世界大会では活躍したチームメンバーをMVPとして紹介・表彰する、エンジニア一人一人に対するリスペクトがあるのも魅力のひとつです」(林田さん)
ホビークラフトとデジタルクラフト
福岡市中央区に店舗を構える「クラフトハウス」は、レザークラフトや銀粘土、ペインティング、レジン、アクセサリーの材料や道具など、ホビークラフト用品を取り揃えています。しかし商品はそれら手芸用品だけでなく、2足歩行ロボット用のサーボモーターなどのホビーロボット関連用品や、3Dプリンター、3Dスキャナー、レーザーカッターなどのデジタル工作機械も販売しています。
アナログとデジタルのクラフトを端から端まで手掛けるのは、栗元一久さん。栗元さんはシルバーアクセサリやレザークラフトなどの制作指導や材料販売を手掛けながらロボット製作にも取り組んでおり、二足歩行ロボットバトル「ROBO-ONE」全国大会でも優勝経験を持つ実力者です。
「ロボットやデジタルなものづくりに進出したのは、商品として合成樹脂を取り扱っていたことがきっかけでした。2000年代初頭にエポキシ樹脂やシリコンがすごく売れていて、企業の研究所や大学の研究室からも受注がありました。あるときにそのお客様に何を作っているのかを聞いたところ、ロボットの手や皮膚の部品の材料として使っているとのこと。『ロボットの外側ができるなら……』という考えから、ロボットパーツのメーカーにもご協力いただいてモーターなどの中身の部品も取り扱いを始めました。それをきっかけにROBO-ONEも始めました」(栗元さん)
「ホビークラフトは着手から完成まで短い時間で柔軟に作ることができますが、細かい作業が苦手な人にとっては思うような完成度を出すことができず、それがホビークラフトのハードルの高さにもなっていました。そこに3Dプリンターのようなデジタル機器が登場したことで、細かい作業が苦手だった人でもCADなどを使って商品として販売できるクオリティのものづくりができるようになりました。特にレーザーカッターは、2D CADやAdobe Illustratorなどを使える人なら簡単に使えるのでとても人気があります」(栗元さん)
新型コロナウイルスによる活動の変容
福岡市内では2020年2月下旬に初めての新型コロナウイルス感染者が確認され、それ以降も感染拡大が続きました。これまで当たり前のように行われてきたワークショップやロボット競技会などのイベントは中止を余儀なくされ、イベントの主催者・参加者ともに経験したことのない手探りの模索が始まりました。
オンラインワークショップの開拓
「女子だらけの電子工作」は、はんだ付けやマイコンボードを扱うようなハードウェア寄りのワークショップを行うことが多いため、オンライン開催をするとしても準備が非常に難しくなります。参加者各自で必要な部品を買ってもらうのは難しいため、参加希望者に郵送で部品を届けていました。
オンラインでのワークショップは画面越しだと意思の疎通が特に難しくなります。対面で行うワークショップでは参加者の表情や手元の動きをよく見ることで、作業が進んでいるか遅れているかをスタッフ側で察してサポートをすることができます。しかし、オンラインの場合はそれらを察することがほぼできなくなります。Zoomのチャットやリアクション機能を使って質問や会話はできるようにしていますが、こっそり質問することが難しかったり、参加者が作っている物を直接触ることができなかったりするため、どうしてもオンラインでは扱う物の制約が厳しくなってきます。
そんな難しいことがあってもオンラインイベントを続けることについて、「女子だらけの電子工作」代表の山田さんは語ります。
「すべての根源は『やりたいからやる』です。自分自身がやりたくなかったら続ける意味を見失ってしまいます。ワークショップが終わった後に、楽しかったと言ってくださる方やまだ作業を続けたそうな顔をしている人を見ると、次もやりたいなって思いますよね」(山田さん)
大会の中止、オンライン審査への対応
新型コロナの影響はRoboMasterの大会にも及びます。2020年7月頃に中国・深圳で開催予定だった世界大会は中止となり、代わりにオンラインでの審査が行われると選手にアナウンスされました。オンライン審査では、各チームの活動拠点で動かしているロボットを規定に従って撮影して提出した動画を評価し、その完成度によって点数と順位がつけられます。
FUKUOKA NIWAKAではオンライン審査に向けて、新型コロナからメンバーやその周りの人の安全を守るため、ロボットをメンバーの自宅や学校に運んで活動拠点に集まらずに開発する準備が進められました。
「今までに経験したことがない“集まらない活動”に対応するため、いつ誰が何を進めるのか、どのような材料や設計データが要るのか、オンライン会議で綿密に確認を繰り返しました。チームとして動く体制を整えることの大切さにコロナ禍によって気付かされました」(林田さん)
「私たちのチームには個々のメンバーが協力しながら乗り越えていく雰囲気がありました。新しいことに挑戦していい空気を作れていたこともあって気運が高まっていたと思います。今でもその気運を大切にしながら、初心者でも挑戦できる、失敗してもいい雰囲気づくりを心掛けています」(河島さん)
クラフトの技術で新型コロナから命を守る
コロナ禍によってマスクの需要が高まり、ドラッグストアなどではマスクの在庫が足りない状況が数カ月間続きました。そんな中、広まったのが「手作りマスク」のブーム。
手芸用品を取り扱うクラフトハウスでも、マスクひもが2020年2月20日辺りで品切れになって生産が追いつかなくなり、栗元さんは「やわらかマスクひも」の開発に着手しました。
やわらかマスクひもはゴムのように軟らかく伸びるTPE(エラストマー樹脂)の3Dプリンター用フィラメントを材料としています。2020年3月にはネット販売も始めました。また、エレベーターなどのボタンを押すための「プッシュリング」も抗菌素材のフィラメントで作りました。
「2020年4月中旬頃には、知人から『医療機関のフェイスシールドが足りない、3Dプリンターで作れないか』と相談があり、複数台の3Dプリンターをフル稼働させてフレームを作成し、知人を介して医療機関に届けていました」(栗元さん)
栗元さんはその後も「メガネをかけたまま使えるフェイスシールドを作れないか」「額にスポンジが当たると汗で化粧が乱れるがどうにかならないか」との要望から、メガネ装着型フェイスシールド「スマートシールド」を制作しました。
「ちょっとしたものを作ることは普段から取り組んでいたので、このコロナ禍で必要とされているものを作ったことは特別なことではありません。ただ、事態の変化に柔軟に取り組むことができたのはパーソナルなものづくりの良いところだと思います。商品がお客さんの手に渡って、感謝の言葉をいただいたときは何よりもうれしいですね」(栗元さん)
まとめ
今回お話を伺った皆さんと筆者とは、「ロボット」や「電子工作」といったキーワードでつながっている間柄なのですが、近しいものづくり界隈でありながらも全く違う背景でものづくりに励んでおられることを改めて認識しました。コミュニティをつくる、世界大会のトップを目指す、ものづくりで人を助ける。異なる目的を持ってそれぞれの方向に進み続けることで、パーソナルなものづくりが徐々に広い世界へと浸透しているようにも見えます。これから福岡でも、さらにメイカームーブメントが広がっていく——そんな期待が膨らみます。