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アジアのMakers by 高須正和

世界の工場深センに見る、「製品化」を助けるサプライチェーン——HWTrekのAsia Innovation Tour 世界のサプライチェーンレポート

あらゆる検査をスピーディーにEMTEK

店に並ぶような商品とスタートアップが作るプロトタイプの違いは、安全性まで含めた品質だ。量販店に並ぶには、各国ごとの認証機関で認証を取ることを含めた、安全性の保障が必要になる。EMTEKは総合的な検査サービスを提供している。

EMTEKの紹介ビデオ。会社の歴史が語られる。

2000年に創業、現在は検査だけで年間2460万ドルの売り上げがあり、毎月5~6種類は新しい製品を手掛けている。有名どころではタカラトミーの玩具はここで検査していて、前の業者に比べて15%のコスト削減になったようだ。ほか、スマートフォンとつなげて使うロボットおもちゃSpheroの新モデルBB-8もここで検査したなど、世界中に19のサポートオフィスがある一大企業である。

クライアントにはSamsung、Huawei、リコー、タカラトミーなど、世界的な企業が並ぶ。 クライアントにはSamsung、Huawei、リコー、タカラトミーなど、世界的な企業が並ぶ。
圧巻の10m電波暗室。3mの電波暗室3つを含め、合計10以上のテストルームがある。ここ深セン以外に寧波、東莞などにも検査施設がある。 圧巻の10m電波暗室。3mの電波暗室3つを含め、合計10以上のテストルームがある。ここ深セン以外に寧波、東莞などにも検査施設がある。
電波関係のほかに、防水・防塵・汚染・振動など、さまざまな検査機がそろっている。クライアントに合わせて検査プランを考える。 電波関係のほかに、防水・防塵・汚染・振動など、さまざまな検査機がそろっている。クライアントに合わせて検査プランを考える。

EMTEKではFCC、CE、技適を一つの工場で取れるが、もっとも力を入れているのはコンサルティングで、製品と予算によって最適なプランを考える。スマホのように肌に密着し、さまざまな無線機器を積んでいるものは要求されるテストも多岐にわたり、あるアメリカのスマホ開発事例だと、検査のプロセスだけで6万ドルかかったという。どういう検査をするかはEMTEKのノウハウで、さまざまな検査をすればするほどコストはかさむが、後で問題が発見されて製品リコールになるリスクは下がる。どういう製品で、どういうユーザが使うかまで踏み込んで検査プランを提案するのもEMTEKの価値のひとつだ。

テストプランをつくり、テストを終了させるまでの期間は、平均で3~4週間。テスト中にプロダクトを壊す前提のものもあるので、3~4つぐらいサンプルがあればそのぐらいの期間で終わるが、1つしかないとより時間がかかるようだ。

ゼロからバッテリーを作れるteamGiant、印刷/梱包のStephen Gould

深センには製造の最終段階を請け負う梱包サービス会社も、バッテリーそのものをゼロから作る会社も、製造業に必要なあらゆるサービスがアクセス可能な範囲にそろっている。

深センのバッテリーメーカーteamGiantは、原料を加工してバッテリーセルそのものを作れる会社だ。スマートフォンなど、一般的な電子機器で使われる500回程度の充電に耐えられるバッテリーのほか、電気自動車などで使われる2000回以上の充電に耐えられる高寿命バッテリーも製造している。

工場はほぼオートメーション化されていて、見学は可能だが内部の撮影はできない。オートメーションのモニタリングシステムも、自社用にカスタマイズして使っている。多くのドクターやマスターを雇用することにより生み出す、基本的なバッテリーセルの性能の高さと、完成したバッテリーを全品チャージして48時間放置して安全を検査する品質が同社の強みだ。テスト時には2000回の充電サイクルを自社内で行うし、完成品のバッテリーに貼られているバーコードには、製造日やロットだけでなく、材料をどこから購入したかなどの情報も含まれていて、不具合があったときにさらに品質を上げられるように工夫している。既存のバッテリーセルを使ってラベルなどを貼るだけなら数百個の小ロットから、容量・電圧・サイズなどを調整して完全にカスタムのバッテリーを作る場合は5000mAの容量だと仮定すると、1万5000個ぐらいから開発できる。電気自動車用など容量がもっと大きければ個数は少なく、アクションカメラ用のように容量が少なければ個数が多くなる。

製造難易度が高い、電気自動車用のバッテリーも製造可能。中国には多くの電気自動車メーカーがあるが、teamGiantはそれらにバッテリーを提供している。 製造難易度が高い、電気自動車用のバッテリーも製造可能。中国には多くの電気自動車メーカーがあるが、teamGiantはそれらにバッテリーを提供している。
博士や修士の学位を持つ高学歴者が多いことを語るスライド。特許も多く取得している。 博士や修士の学位を持つ高学歴者が多いことを語るスライド。特許も多く取得している。
ショールームには同社が開発しているさまざまなバッテリーが並ぶ。 ショールームには同社が開発しているさまざまなバッテリーが並ぶ。

最後に訪問したのが、アメリカ資本のStephen Gouldで、印刷工場をコアに、箱詰めと配送を手がけるサービス企業だ。こちらも工場の入り口に、飛行機に乗る前のようなホールボディカウンターがあり、工場になにも持ち込んだり持ち出したりできない。ここはGoProやドローンのParrot、またPanasonic等の日本企業ほか、深センで製造している多くのナショナルクライアントを引き受けている。

「なんでもやる」大きさとクオリティをアピールするStephen Gould。

紙のマニュアルの印刷/製本、化粧箱の印刷、箱作り、箱詰め、まとめて出荷用のダンボールに入れて配送するまで、すべてをStephen Gouldでは引き受けていて、もちろんマニュアルだけ印刷して送り届けることや、展示会などのために少数のものを作ることもやっている。

これは段ボールの箱、プラスチックのハンガー、内側は毛皮のような別の生地、マグネットで開いたり閉じたりできて、表紙には別の素材で鮮やかに印刷した写真が貼り付けてあるもので、この工場では一番手がかかった方だが、数千個単位なら1つ3ドルぐらいで製造できるとのこと。 これは段ボールの箱、プラスチックのハンガー、内側は毛皮のような別の生地、マグネットで開いたり閉じたりできて、表紙には別の素材で鮮やかに印刷した写真が貼り付けてあるもので、この工場では一番手がかかった方だが、数千個単位なら1つ3ドルぐらいで製造できるとのこと。

巨大な印刷工場は東莞市、顧客から製品を預かって梱包/発送する工場は深センと香港の国境地帯にある保税区にあり、たとえばタイなどで作った製品をここで梱包することになっても、中国に持ち込む税金がかからない。深セン/香港は東南アジアに近く、その地の利をうまく使っている感じだ。

未来の深センを考える

今回の3日間は、ここ30年で世界中から集積した膨大な製造業の蓄積を見るツアーだった。深センでは試作から出荷までのすべてのサービスを声の届く場所で受けることができる。訪ねたどの業者も英語で会話できて融通が利き、「まだ世にない、初めての作品」を製品化することに意欲を持っているようだった。単体の業者ならともかく、その集積は深センにしかないものだ。また、HWTrekは紹介してくれないだろうが、自力で探せばもっと安い業者もたくさん見つかるだろう。そのスケーラブルさも集積が生んだものだと思う。

集積によりクオリティは上がり、コストは下がる。深セン地域の工場運営コストは年々上がっているが、ここしばらくは集積が進むメリットのほうが勝っている状態と思われている。個々の業者で見ると、厦門(アモイ)やマレーシアなどに移転を考えているところも多い。深センはそれらのハブになり得る位置でもある。

また、実際は工場の多くはもう「深セン市」でなく、隣接する東莞市などに移っていて、深セン市の中心部は金融街やサービスなど、より付加価値の高い産業の街になっている。東莞であれば深センと同じ事ができるだろうが、厦門、さらに海外に工場を移転した際に、同じクオリティが出せるかどうかは、また別のチャレンジングな目標である。日本企業はそうした経験を多く持っているが、中国企業は今からそれを体験する。

とはいえ、未来はよりグローバル化する。より都市化し、より集積のメリットが出てくるようになる。役割は変わるだろうが、しばらくスタートアップにとって「とりあえず深センに行こう」という場所ではありつづけると思われる。

HWTrekは世界からスタートアップや、スタートアップをサポートしたいスペシャリストや製造業者の情報を集めている。興味を持った人はぜひ。

告知

今回の記事の中心になっている深センのエコシステム、Makersとの関わりについては、メイカーズのエコシステムという書籍にまとまっています。

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