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アジアのMakers by 高須正和

ブランドロゴを貼るだけから共通パーツの製造まで 「世界の工場」に見る、製造業のグラデーション

ハードウェアを製造するためのビジネスが世界中から集まり、工場、検査会社、部品商社、倉庫や配送業などのハードウェア製造に必要な業種すべてがそろっていることから「ハードウェア開発のハリウッド」と呼ばれる中国・深セン。 魚料理が盛んな日本では同じ魚をハマチとブリなど成長段階で呼び分けるように、深センでは「作る」という作業が細分化されて多くの一次名詞がある。それは他に見られない多くの製造業のグラデーションを示している。

中国の南部広東省、珠江という河が海に注ぐ東岸と西岸に香港とマカオがあり、その周辺の深セン市を中心に周辺の東莞市、珠江市、中山市、佛山市などを含めた総人口4000万人ほどの地域を珠江デルタと呼ぶ。
急激な経済発展と今も続く拡大化により、珠江デルタのなかでも香港に近い深センの中心部は、今や工場が見られない金融の街になっているが、工場は郊外への移転を繰り返し、今もこの珠江デルタは「世界の工場」と呼ばれ、深セン中心部から離れるにつれて小規模組み立て工場→小規模の射出成形工場→大規模な部品製造企業や大物を作る金属加工→自動車などさらに大きなものを作る工場と、拡大と郊外への移転を繰り返している。

この一帯は中国で最も平均給与が上昇した地域であり、2000年当時と比べて今は4倍以上の給与になっている。急激な発展のために企業間の淘汰も行われ、2000年当時は下請けがメインだった会社の多くが独自の製品を作るに至った。

「世界の工場」では、「自分の製品を作る」という行為がさらに細かくグラデーションを持って、それぞれ別の仕事になっている。

貼牌(ティエパイ)名乗るだけでハードウェアビジネスが始められるODMビジネス

下請けだった工場が独自製品を作り出す。独自製品と聞くと研究開発に投資して、他との違いが一目で分かる製品をイメージしてしまうが、実態としては以前に下請けとして受注して組み立てたものとほとんど同じものを他の会社に売り出す。結果として市場は「別の会社が作ったことさえ分からないような、似たような製品」であふれる。

名もなき多くのアクションカメラやホバーボード、今ならハンドスピナーなどはfabcross読者も見たことがあるだろう。こうした工場の多くは販売チャネルがなく、香港などで行われるトレードショーに自らの「製品」を出展する。

トレードショーの一つ、Global Sources(香港)の様子。ノーブランドの家電が並び、化粧箱の印刷工場もブースを出している。 トレードショーの一つ、Global Sources(香港)の様子。ノーブランドの家電が並び、化粧箱の印刷工場もブースを出している。

これらはいわばノーブランド家電で、白牌Bái pái バイパイ:「牌」はブランドを指す中国語で、白牌は転じてノーブランド品を指す)と呼ばれる。数百台単位から発注することができ、発注元の指示に応じたカラーやロゴを付けてくれる。筆者が「星のマークのタカス家電」といったブランド名を名乗り、いくつかの白牌を購入して製品ラインアップを作れば明日から家電メーカーだ。こうした行為は貼牌Tiē pái ティエパイ:ブランドをペタンと貼りつける行為を指す)と呼ばれる。東南アジアの家電量販店などではこうした方法で作られた量販店の独自ブランドを見かけることがある。

もっとも、作ることにはほとんどコミットしなくてよくても、仕入れて売りさばいたり、買った人へサポートを提供したりするのはまったく別の仕事だ。白牌のノーブランド業者(に限らず、深センの業者全般)は「荷物が深センから出たところ」までしかサポートしてくれないので、小売店で買ったら壊れていた場合にどう対応するかはバイヤーの判断になる。信頼できる業者を見つけることや受け入れ検査、製造の監視など、利益を出しつつビジネスを続けていくのは簡単ではない。「バイヤー」は誰でもできるビジネスではないのだ。

公板(ゴンバン)/公模(ゴンモ)自作PCのように自作カメラや自作スマートフォンを量産できる

深センでは自作PCと同じように、スマートフォンやタブレット、さらにはアクションカメラやホバーボードを作るための部品が市場に出回っている。深センの公板/公模 700円の粗悪アクションカメラに見るイノベーションのレポートでも触れたそれらのパーツ類は公板GongBan ゴンバン:パブリックに出回っているボード類)/公模GongMo ゴンモ:模はケース製造に使う射出成形の金型を指す中国語で、転じてパブリックに出回っているケース類を指す)と呼ばれる。

中国のショッピングサイトTaobaoで売られている公板パーツ類。 中国のショッピングサイトTaobaoで売られている公板パーツ類。

ヒマがあると秋葉原のパーツ屋に行くような人なら、PCを自作した経験があるだろう。でも、CPUやデータバスの設計から含めてコンピュータを自作できる人は、自作PCを作った人に比べるとだいぶ少ない。
筆者も自作PCは作れるがCPUの設計はできないし回路もほぼ組めない。それでもPCが作れるのは、中身の構造が分からなくても組み合わせることができる規格品の部品が出回っているからだ。

筆者が最後にPCを組んだのは2年前で、その後は最新のパーツを追いかけていないが、IDEやSATA、M.2といったストレージを接続する規格の違いや性能差、だいたいどのぐらい価格が違うかぐらいは分かるし、ある程度は部品の見分けや買うべき商店も判断できる。バルク品の買い方や組み立ての順序みたいなことも含めて、パソコンの自作ができる人とできない人の間では書籍数冊分ぐらいの知識差があるだろうし、その知識はアップデートしておく必要がある。コンピュータに触ったこともない人がいきなりできるほど簡単ではない。

また、部品を組み合わせるだけだからといって、できあがる自作PCがみな同じなわけではない。「Oculus Riftを満足できる解像度で動かそう」「リビングに置くから省電力で静音にしよう」「とにかく安くしよう」といった企画と、それにあわせてどのような部品をそろえるかといった設計は必要になるし、机の中に格納するとかバックパックのように背負えるようにするなど、同じマザーボードやCPUを使っても「部品は同じだが、普通のPCと異なった製品」も生まれている。秋葉原で部品を買ってきて組み合わせる自作PCとはいえ、そこには企画も設計もあり、すべてを間違いなく動かす品質管理もある。こうしたパーツ類の存在やそれを生み出すエコシステムは、深センが「ハードウェア開発のハリウッド」と呼ばれる大きな要因だ。

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