アジアのMakers by 高須正和
ブランドロゴを貼るだけから共通パーツの製造まで 「世界の工場」に見る、製造業のグラデーション
誰が公板を作るのか? 方案(ファンアン)と呼ばれるデザインハウス
こうした公板を作るのも製造業の一つである。PCB基板の設計を行う彼らは方案(Fāng'àn ファンアン:デザインハウス)と呼ばれる。方案はMediaTekのようなICメーカーの周辺に存在し、先ほど挙げたようなパーツを設計製造し販売する。たとえばカメラのメインチップをICメーカーが開発したら、周辺の回路を設計して「このパーツを付ければカメラとして使える公板」として、基本的なソフトウェアも合わせて販売する。(非合法なケースとして、受託開発で受注した製品を多めに作って販売することもある)
ヒットした公板はさらにそのコピーが作られ、コピーキングの異名を持つ中国の発明家「山寨王」の考える中華コピー対策のレポートで触れたように、最初だけはライバルが少ないぶん高い価格を付けられるが、どんどん利幅の少ないビジネスになっていく。開発競争がすぐさまコストパフォーマンス競争に移行する。
方案のビジネスモデルは、初期から開発する=知財の分を多く価格に乗せられる形から、コストパフォーマンスの高い製造ができるが小ロットに弱い形まで、ハッキリした境界のないグラデーションで数多くの製造業が存在する珠江デルタならではと言える。『「山寨」携帯電話:プラットフォームと中小企業発展のダイナミクス』(丁可・潘九堂)によると、2010年の時点で2000社もの方案が存在しているという。
エコシステムを利用して「作る」訂做(ディンズォ)
中国でハードウェア製造を手がけるJENESISの藤岡淳一社長は、深センに製造工場を構え、こうした製造業のエコシステムを利用して独自ハードウェアを受注開発するビジネスを行っている。
JENESISの資料によると、公板/公模などの深センエコシステムを利用した場合、Androidセットトップボックスを開発する際に、日本では1万個/製品単価1万円ぐらいでないとスタートできないものが、深センであれば1000個/製品単価5000円程度からスタートでき、期間も半分以下に短縮できるという。モジュール化されて出回る多様な公板が、カスタマイズハードウェアの開発の手助けにもなっている。
また、価格も性能も品質もバラツキがある公板から適切なものを選び、製品としてインテグレートし、品質保証するのは多大なノウハウの積み重ねが必要で、JENESISは自社工場での組み立てやテストの他、日本国内にサポートセンターを設けることでクオリティを担保し、それが他の深センの会社との違いになっている。こうした会社もハードウェア企画製造で、訂做(Dìng zuò ディンズォ)と呼ばれる。訂做は貼牌を行う会社と違い、自社で製品カタログを持たない。訂做ごとに製造ノウハウやクオリティ、価格の違いがあり、同じような公板を使って製造するとしても、それぞれのキャラクターがある。自社の製品をノーブランドで売るのが貼牌/白牌、注文を受けて設計するのが訂做である。
どこの会社もきわめて小さな、イノベーションとも呼びづらいような差異を出し、新しいチップを採用したりコストを下げたりしている。各社生き残るために必死に企業努力をしている結果がこのエコシステムを生んでいる。そうしたエコシステムの利用により、本当に差を出す部分のみにリソースを集中させることができ、また少ないロットから製造販売をできることは、初期投資を少なくすることにもつながっている。
いつもラクダと暮らす遊牧民はラクダの呼び方が一次名詞で数百あり、エスキモーも氷の呼び方がいくつもあるという。貼牌、方案、訂做などの一次名詞は、世界の工場での「作る」という言葉に内包するグラデーションを表している。コスト的に世界でいちばん安い場所ではもうなくなった珠江デルタは、このエコシステムを武器に世界のハードウェアビジネス企画者を相手にする場所になりつつある。