誰でも弾けて何にでもなれる、理想を追い求めたガジェット楽器「かんぷれ」
初代ゲームボーイほどの大きさの電子楽器「かんぷれ」がKibidangoでクラウドファンディングを実施中だ。音楽は好きだが楽器は弾けないというエンジニアや、ガジェットは大好きだがプログラミングはハードルが高いというミュージシャン、双方を新しい地平へといざなう大きな可能性を秘めた、注目の電子楽器だ。(撮影:宮本七生)
“誰でも弾ける”を目指した電子楽器「インスタコード」から生まれた新楽器「かんぷれ」
2020年に登場し話題を集め、高額クラウドファンディングの成立、そしてAIWA ブランドからエントリーモデルのリリースと、大成功を収めたインスタコード。液晶ディスプレイに表示されるコード(和音)ネームと同じ配列で並ぶボタンを押すだけで、初心者でもすぐコード演奏ができるようになるウクレレサイズの電子楽器だ。インスタコードの演奏システムは WEB アプリ「KANTAN Play online」でも体験できる(スマートフォンではタップ操作、パソコンではキーボード操作で演奏できる)。それらのプロデュースを手がけたゆーいち(永田雄一)さんが新たに取り組んでいるのが、かんぷれだ。
インスタコードの「誰でも弾ける」演奏システムをさらに広めるために、その先へ
インスタコードを製造/販売する過程ではさまざまな人々との出会いがあった。永田さんは、Maker FaireなどのDIYコミュニティやアメリカの楽器見本市であるNAMMショーなど、技術やビジネスについて語り合う機会が国内外に広がった。一般ユーザーやインスタコードに興味を持った多くの人々と触れ合う機会も増えた。
そうした中、永田さんは1つの思いを抱くことになる。
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永田
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「誰でも弾けることを目指したインスタコードですが、小学生や障がいを持った方など、両手を使って演奏することが難しい人もいる。そうした人がもっと簡単に演奏できる楽器を目指そうと思っていたんです」
そうした流れの中で、永田さんはGOROmanさんと出会った。OculusやFacebookでVRの伝道師として活動していたGOROmanさんは、インスタコード発売当初からのユーザー。インスタコードに惚れ込み、自らインスタコードを広めているうちに永田さんと知り合い、良き相談相手でもあった。
この頃の永田さんはインスタコードのⅠ〜Ⅵの数字を使って簡単にコード演奏できる音楽システム「KANTAN Music」の国際特許を取得しており、そのライセンスを玩具メーカーや楽器メーカーに提供したいと考えていた。その構想を相談したところ、GOROmanさんがWEBアプリKANTAN Play onlineを提案し、彼自身が制作。
ギター型のインスタコードは片手で演奏するのは難しいが、アプリ版ではリズムマシンのパッド方式で演奏するため、片手で演奏できる(m/M/7thなどの指定のために同時押しは必要)。永田さん自身、このWEBアプリ版にはインスタコードとはまた違った面白みを感じた。また、WEBアプリなら学校の授業でも使えるし、演奏の体験者を増やせる。そして他のメーカーにも説明しやすい。しかしやはり……
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永田
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「物理ボタンがあった方がいいなと思って。楽器ってノールックで演奏できてなんぼなので(※編集部注:普通の楽器では鍵盤や弦、フレットなどを演奏中常に見ているわけではない)。そのためには物理的な感触が欲しいんですよね」
とも感じた。
M5Stackとの出会い、そしてらびやんさんとの出会い
その席で、GOROmanさんがジミー氏に、M5Stackに電卓のようなインターフェースをドッキングして電子楽器にするアイデアを提案した。らびやんさんもまた、個人的に入手したインスタコードを深圳に持参。ジミー氏も元々音楽好きだったことから、爆速で製品化へと動き出すこととなる。
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高須
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「ジミーとGOROmanさんの会合の時点では、M5Stackに電卓(のようなもの)を付けるだけなら簡単そうだから、やろうやろうとなったんですけど、その後、永田さんからさまざまな思いを聞いて、そこからさらに話が進んでいったんです」
永田さんのいない場所で突如始まったプロジェクトだったが、製品化への道筋が見え始めたことを歓迎しないはずはなかった。とはいえ、そう簡単にいくわけでもない。
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永田
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「ボタン1つでコードを弾ける、というおもちゃ的なものを低価格で販売するという選択肢もあるかもしれません。しかしM5Stackがベースになるならそれなりの価格にせざるを得ませんから、それに見合った機能と魅力が必要。この「魅力」作りにものすごく労力を割きました。結果的に、楽器が苦手な人からプロミュージシャンまであらゆるレイヤーの人が『楽しい』と言ってくれる製品が完成しました。」
ここで強い味方となったのが、らびやんさんだ。らびやんさんはM5Stackに精通し、彼が制作したプログラムは世界中のM5Stackコミュニティで高い評価を受けている。
そして、らびやんさんは大のインスタコードファンでもあった。自身のインスタコードはジミー氏にプレゼントして、改めて自分用のものを入手するほどインスタコードにひかれていた。
らびやんさんにとっても、今回のプロジェクトは個人的に思うところがあった。
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らびやん
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「スイッチサイエンスに(転職で)入社して、製品化の始めの時点から関わった最初のプロダクトとなるので、持っているものを全部つぎ込んでいきたいという思いもありました」
M5Stackの日本代理店であるスイッチサイエンスは、日本におけるM5Stackコミュニティの先導役としての役割も担っている。同社の取締役である九頭龍雄一郎さんはヤマハ時代に、学研の「ポケット・ミク」に搭載され、ボーカロイド(eVocaloid)をハードウェアで具現化したチップ「NSX-1」を用いた製品の企画や試作品開発にも携わった。電子楽器開発の第一線で活躍し、電子工作にも明るい九頭龍さんは、らびやんさんについてこのように語る。
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九頭龍
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「そもそも、らびやんさんがM5Stackでできることの可能性を誰よりも知っていて、それを信じていたからこそ、ここまでのものができたんだと思います」
かんぷれならではの演奏体験を
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永田
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「(2023年の)8月に出会って、作るよ、年内に売ろうよ、と(ハードの部分は)どんどん話が進んで。でも中身がまだできてない。そこで電子楽器として必要な、MIDI周りのことが分かる人として、音楽系の電子工作作品を多数開発しているnecobitさんにも加わってもらい、どういった機能を盛り込むかを詰めていきました。一方、らびやんさんはヌルヌルした動きや画面レイアウトの効率化といったESP32の画面処理に非常に長けていて、そうしたUIの部分はもちろん、楽器の初心者目線、ガジェット好き目線での意見ももらい、らびやんさんが面白いと思うものを作ろう、というのが開発の1つの指標になりました」
その結果、かんぷれにはプログラマブルなアルペジエーターのような機能も搭載された。ロック、ポップスなど多数用意されたリズムやアレンジのプリセットに従い、ギター、ドラム、ピアノ、ベースをはじめ、最大6音色を指1本で同時に鳴らせるユニークな機能だ。インスタコードから蓄積されてきたKANTANコードなどの支援アプリを使えば、数字で書かれたコード譜で、既存楽曲の伴奏をアレンジも含めてすぐに演奏することができる。
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永田
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「他の楽器ではできないことをやりたいんです。一番の特徴である、ボタン1つ1つにコードが割り当てられているのはWEBアプリと一緒ですが、ドラム、バイオリンなど6つの楽器を(一緒に鳴るだけではなく、それぞれのパートに最適なアレンジで)同時に演奏できる。自動演奏できる楽器は他にもあるんですけど、同時に(音楽的に)“弾く”というのは、今までにない体験だと思います」
M5Stack採用のメリットは拡張性の高さ
かんぷれは、CoreS3 SEが同梱される「かんぷれフルセット」と、ボタンと各種ポートを搭載したドッキングベースであるかんぷれ Base単体での販売が予定されている。かんぷれ Baseが正式対応するのはM5Stack Core2/CoreS3/CoreS3 SE。これらの機種にはI2Cなど標準規格の拡張ポートがあり、Bluetooth MIDIなどにも対応しているので、オープンソースのファームウェアを誰かが書くことで、拡張ポートを通じた距離センサーやボタンとの接続など、さまざまな拡張ができる。また、そのためのチュートリアルが用意される可能性もあるとのこと。
M5Stack Basicや、今後発売される可能性のある新型や、その他の機種では「KANTAN MUSIC」システムを含む楽器としての『かんぷれ』としては動作しない。しかし、オープンソースで公開されたファームウェアを利用すれば、かんぷれBaseをM5Stackの拡張ハードウェアとして利用できる。また、誰かがプログラムを書けば、多種多様な外部デバイスにつながる可能性もある。つながるデバイスやプログラムの組み合わせによっては楽器以外の使い道もあるかもしれない。
かんぷれ Base側に搭載される音源部には、dreamの「General MIDI」音源チップを使用。楽器音の処理は専用チップで処理しているのでESP32のパワーを割かれることはなく、発音に遅延は発生しない。
もちろん、M5Stack側で音源部分の独自プログラムを書くことも不可能ではない(画像処理にかなりのリソースを割いているので、かんぷれのプログラムとの同居はかなりの高難易度となるが)。
最終形状ではBase側にステレオスピーカーと音声用の3.5mmステレオミニジャックを搭載。本体だけで音を出してすぐに演奏できるほか、ヘッドホンを挿したりラインアウトとして使用したりできる。Base側には独自のDACや加速度センサーも入っているので、MIDIのコントロールチェンジメッセージでエフェクターを操作する、ジョグダイアルや2つのロータリーエンコーダーでチョーキング、ピッチベンドする、フィルターを開け閉めするといったことも可能になる予定だ。
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高須
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「誰が言ったとかではなく、最初から、まあつまみはいるよねと。それを実際に何に使うかは、永田さんが考えていったんです」
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永田
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「そこには音楽が好きなジミーの思いも入っていて。ジョグダイアルをばねが入っているものにしたのは、ギターのチョーキングがしたいと言ったから(笑)」
また、USBポートやBLE MIDI、かんぷれ Base側のGrooveコネクターが備えるUARTポートに接続したMIDIインターフェースなどを通じて、外部MIDI機器との接続も可能。GroveコネクターはM5Stack側のI2Cポート用に加え、Base側にはUART、GPIO用の2ポートと、さらなるハードウェアの拡張が可能になっている。
これらのポートは、かんぷれプログラム上からも簡単にアクセスできるようにし、MIDIインターフェースや独自の操作用コントローラー(障がいのある方が普段使っているポインティングデバイスなど)を接続できるようにすることを予定しており、当初の永田さんの「誰でも弾ける楽器のさらなる追求」という思いを形にすべく、その操作性にも気を配っている。
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永田
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「M5Stack上でプログラミングしたシンセの音やマイクでサンプリングした音は、I2C経由で直接Base側のDACに送れます。Baseに載せているGM音源の音もそのDACに送ってミックスして出力されるので、M5Stack側で生成した音もかんぷれUIで操作しやすくするようなプログラムにする計画です。また、らびやんさんはM5Stack公式ライブラリのプログラマーなので、この開発を機に汎用ライブラリとしてM5Stack公式のMIDIライブラリを作成しようかという話になっています。それらのライブラリを使えば、かんぷれUIと自作した音の連携もしやすくなると考えています」
オープンソースコミュニティのM5Stackと合体する、かんぷれのライセンスとは
かんぷれの開発、製造、販売の主体はM5Stack社ではなく、あくまでInstaChordとなる。InstaChordにとっては将来に向けて、KANTAN Musicをライセンス化する際のリファレンスとしての役割も担っている。
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永田
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「インスタコードやかんぷれの演奏システムにはこんな使い道もあるよ、と提示しやすくなりました。かんぷれ内のⅠ〜Ⅵの数字で演奏する『KANTAN Music』のアプリケーション部分にはライセンスが発生しますが、その部分のプログラムはかんぷれのハードとくっつけないと動かないようになっています。ハードと一緒に使ってください、アプリケーション単体で使うのは規約違反になります、と。ハード部分のファームウェアはオープンになるので、逆にハード単体でゲーム用のコントローラーとして使うなど、全く別の用途に使うことは自由です」
それでは、スイッチサイエンスとの関わりは、どのようなものなのだろうか?
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九頭龍
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「InstaChordからの依頼ではなく、あくまでM5Stack社の日本代理店として動いています」
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高須
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「代理店としては、とにかくM5Stackを広めていきたいです」
Makerムーブメントからの出発
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編集部
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インスタコードから始まり発展した、現在のリッチな人材がそろった開発チームの環境については、ご自身はどのように感じていますか?
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永田
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「インスタコードを一緒に開発した宇田道信さんは今回登場しませんが、宇田さんと仲違いしたわけではなく、別の開発案件で動けなかっただけで(笑)。今回もスイッチサイエンスさんなど一流の人を集めて仕事ができるというのは、ベンチャーの強みかなと思っています。大きな企業だと内製でやらなければならない部分も、世界からすごい人を自由に集めて、最短ルートで成功へ持っていけるのが楽しいし、良いものが作れる要因だと思いますね」
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編集部
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そうした名うてのエンジニアやビジネスパーソンがなぜ永田さんの元に集まってくるのでしょうか?
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永田
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「インスタコードのときもそうでしたが、そこは答えが出なくて。いい人っぽく、一生懸命やってるように見えるからじゃないですか(笑)」
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高須
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「そもそも今回関わっているメンバーはほぼ全員、インスタコードのクラウドファンディングでバックしているんですよ(笑)。みんなMaker Faireでつながりはあったんです。でも、DIYはやるんだけど、大きなお金を動かす必要のあるプロジェクトをゼロから自分でやろうという人はあんまりいないんですよ。いない理由は単純に難しいからだと思うんですけど、大きい夢と絵を描ける人がいた、ということはすごく大きいと思うんです」
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永田
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「Makerの人はすごく応援してくれてます。個人プロジェクトでそういうプロセスを踏んでいる人の例があまりないので、そこへの期待とか応援の気持ちを感じますね」
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編集部
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作っている側からすると自分たちに足りない要素を永田さんに見いだして、永田さん側も自分に不足している要素をMakerのコミュニティを通じて人とつながることで、それらがうまく組み合わさっていく、そんな期待感が両者にあったということですね。
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九頭龍
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「スイッチサイエンスのポリシーとしては、うちのお客さんが困ってたら全力サポートする、という姿勢で、永田さんもお客さんの一人だったので全力サポートしようと(笑)。で、そういう人は基本的に大抵面白い人なんですよ(笑)」
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高須
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「necobitさんのMIDIだったり、らびやんさんのプログラムだったり、それぞれの部分ではプロとしての仕事をしてるんですけど、永田さんだけ他の人にはできなさそうな規模の大きいことをやってるんですよ。
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こんな大きな案件が1年に何件あるかジミーに尋ねると、滅多にないと答えていましたね。開発者たちはみんなMakerだから、いつも何かを作っていたい。でも普段は誰かに頼まれた仕事や、趣味から仕事になったものを作っているけど、たまにすごく面白そうな仕事が見つかると、みんな喜んで乗ってきますよね(笑)」
かんぷれとインスタコードのこれから〜海外展開を目指して
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編集部
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クラウドファンディングでの資金調達が成功した場合に出荷を予定している2025年4月までと、それ以降の予定を教えてください。
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永田
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「クラウドファンディング達成後、部品調達の時間も含めて4月までは構造設計や基板設計を進めます。その後、クラファン以降に欲しいと思った人を集めて、できれば楽器店に流通させたいと思っています。製品が届いた後にユーザーの皆さんが使い方を編み出して、それがまたさらに広まって、ということもあると思うので」
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編集部
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インスタコードでの経験は今回どのようなところに生かされていますか?
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永田
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「インスタコードは海外での展開も考えていますが、一遍に海外にも出すとサポートなどが大変ですし、まずはファームウェアアップデートで本体や、工場での製造工程を洗練させているんです。かんぷれも同じ考え方で、前段階の日本でしっかり洗練させて、それから海外にと考えています」
インスタコードは日本でゼロから設計開発され、クラウドファンディングを利用して製造販売し、そこからさらに大量生産品にまでたどり着いた、という意味では実はまれな存在でもある。永田さんの掲げる「誰でも弾ける楽器」という、ある種無謀とも言えるほどの壮大な理想と、そこに向かって突き進む永田さんの「熱」こそが、多くの人々を突き動かす原動力となっているのかもしれない。永田さんとかんぷれの今後を、ますます期待して見守っていきたい。気になった方は、Kibidangoのクラウドファンディングページから、ぜひバックしておくことをお勧めする。