新しいものづくりがわかるメディア

RSS


日本のファブ施設調査2023——定着と代謝を経て

fabcrossでは2015年から国内のファブ施設(メイカースペース)の動向を調査しています。今年も編集部による調査に加え、FabLab Japan Networkの協力を得て、日本各地のファブ施設の運営状況をまとめました。

2023年に確認できた施設数は154、緩やかな増加が続く

photo
photo

2023年12月時点で日本に存在するファブ施設は、2022年から10件増(新規オープン7ヶ所、既存施設3ヶ所追加)の154件、3年連続で純増という結果でした。

ここ数年は小規模な施設を中心に緩やかに増えています。ファブ施設の存在も珍しくなくなり、一定の新陳代謝を繰り返しながら都市圏でも地方圏でも新たに施設が誕生しています。

手前味噌な話題になりますが、fabcrossで編集・ライターを担当する淺野義弘さんが共同運営という形で、2023年7月にファブ施設「京島共同凸工所」を立ち上げました。10年前にfabcrossをスタートさせた時は、編集部からファブ施設オーナーが生まれるとは予想できませんでした。デジタル工作機械が比較的リーズナブルな価格になり、運営にまつわる情報が手に入りやすくなったことで、ファブ施設は小規模な組織でも運営しやすい存在になりつつあるのかもしれません。

photo

10周年を目前にして、DMM.make AKIBAが終了

この記事をまとめようとしていた際、DMM.make AKIBAが施設運営を終了する報せが届きました。

DMM.make AKIBA(以下、AKIBA)がスタートしたのは2014年11月。fabcrossがスタートした1年後の出来事であり、当時はメイカーズムーブメントの流れを受けて個人でもハードウェアを開発・製造し、ビジネスに参入できるという機運が高まっていました。

運営面では、「グローバルニッチ」というキーワードを掲げさまざまなハードウェア製品を手がけていたCerevoと同社に出資するABBALabが機材選定し、会員向けにビジネス面の支援を提供。総額数億円とも言われる設備は、メイカースペースとしては群を抜く充実ぶりで、秋葉原駅徒歩5分にある工房が24時間利用できる点も画期的でした。

毎年1月初頭にアメリカで開催されるCES出展に向け、年末年始は深夜でも工房スペースに会員が集まるのもおなじみの風景。それまで個々のスペースで黙々と作業していたエンジニアが、周囲のスタートアップや腕利きのフリーランスエンジニアに囲まれながら、切磋琢磨していた場でもありました。

工房の取材で最も印象深いのは、AKIBA主催のワークショップ体験記事。1日がかりで多面体スピーカーを作るワークショップを通じて、機材の充実ぶりだけでなく、技術スタッフのスキルやファシリテーション能力の高さに気付かされました。

AKIBAは2024年4月30日の営業最終日にクロージングイベントを予定しており、それまでの間にもミートアップイベントを定期的に開催する予定とのこと。これまでAKIBAに行ったことがない人も、しばらく足が遠のいていた人も足を運んでみてはいかがでしょうか。

いずれにしても、運営に携わった関係者の皆様、お疲れ様でした。

2020年にはTechShopも閉店していますが、都市圏の会員制大型メイカースペースは、日本だけでなく海外でも減少傾向にあります。一方、アメリカでは50億円規模の予算を投じてニュージャージー州に大型の開発拠点を新設するHAXや、約7500平方メートルの工場を買収して大規模なイノベーションセンターを立ち上げるmHUBなど、VC(ベンチャー・キャピタル)が投資先を支援する一環で、大型の研究開発拠点を構える傾向が出始めています。

こうした施設は限られたスタートアップしか利用できないため、fabcrossが取材しているファブ施設とは異なりますが、一つの傾向として今後も注視していきたいと思います。

ファブ施設に求められるのは機材だけではない

今年、筆者にとってファブ施設のあり方を考えるきっかけを与えてくれた取材がありました。2023年9月に行った、宮城県仙台市にあるanalogDIY STUDIOevenの取材です。

そもそも3施設を取材したきっかけとなったのは、FabLab SENDAIが企画した「SENDAI MAKERSPACE TOURS 2023」。仙台市内にある4つのファブ施設を巡回し、各スペースの特徴を知ることで、新しいものづくりのヒントを探る主旨の企画でした。施設見学は個々では対応しているものの、地域内の施設を巡る企画は全国的に見ても珍しい取り組みです。

出典:SENDAI MAKERSPACE TOURS 2023 出典:SENDAI MAKERSPACE TOURS 2023

参加施設のうち、FabLab SENDAI以外の3カ所は当時まだ取材していませんでした。しかも、それぞれアート、印刷、木工と強みがはっきりした施設だったこともあり、1日で3カ所を巡る取材を実施しました。

最初にFabLab SENDAIで仙台のファブ施設動向について伺った後に各施設を回ってみて、ファブ施設にとって機材やロケーションなどの環境以上に運営者の存在がいかに重要であるかを再認識しました。

具体的なポイントとしては、以下の2点です。

運営者のスキルと施設のコンセプトが合致している

ファブ施設が急速に増えていった2013〜2018年頃はデジタル工作機械全般を広く浅く扱う施設が多かったのに対して、近年は特定の加工方法や用途に特化したファブ施設が増えています。

「広く浅いファブ施設」は、初心者や特定の工作機械を試しに使ってみたい人には向いています。しかし、複数の基材を組み合わせた複雑な工作や、一定のクオリティを要求する試作品の開発には向きません。またそのような複雑で高度な作業をする場合はさまざまな機材を運用する必要がありますが、「広く浅いファブ施設」はスタッフの人数が限られており、施設によっては全ての機材に精通しているわけではないケースもあります。

一方で特定の用途に特化した施設の場合、運営者もプロフェッショナルであることが多く、初心者から上級者まで制作の相談に乗ってもらいやすい、一部の加工や制作を委託しやすいという利点があります。

例えば仙台で取材したanalogは、運営母体が製本会社であることからシルク印刷や版画印刷、特殊製本など「紙モノ」に特化しています。また、DIY STUDIOは建築業界でキャリアを積んだ担当者がサポートしていることから木工に強く、一般ユーザーには難しい作業を有料で請け負うサービスもあります。

施設の個性がはっきりしていることで専門的な相談もしやすく、結果的に単純な機材利用だけでなく、頼れる相談相手として機能します。また運営側にとって、自分たちの強みを際立たせることはマーケティングの観点でも有効な手法です。

運営者間の連携・交流が、利用者の利便性を高めている

仙台を取材した際に印象的だったのは、各施設の運営者がお互いのスキルや強みを十分に理解している点です。

過去にFabLab Sendaiの大網拓真さんが寄稿した記事でも触れられていることですが、市内のファブ施設運営者同士で定期的にミーティングを実施するほか、会員からの相談に対して、他施設が適切に対応できる場合には紹介・斡旋しています。

それぞれが異なる特定の領域に特化して足りない部分をお互いに補完し合う関係は、利用者にとっても利点があるでしょう。仙台が比較的コンパクトな街であることも後押ししているかもしれません。

今回の取材のきっかけとなったSENDAI MAKERSPACE TOURSも、相互のつながりがあってこそ実現した企画だったのでしょう。こうしたネットワークが日本各地のファブ施設で実現することを期待しています。

取材先を募集しています

ファブ施設調査も9年目を迎え、国内のファブ施設の数はゆるやかに変動している一方で、日本各地の動向を把握しにくくなっている課題に直面しています。

この記事をご覧になった方の中で、ファブ施設運営者の方や関係者の方がいましたら、お気軽にお問い合わせフォームからお声がけください。取材の条件としてはオープンから1年を経過していることと、一般の方が利用できるファブ施設を対象としています。

なお、関東圏以外の取材については、すぐに実現できない場合もあります。あらかじめご了承ください。

調査概要

本調査は、2022年12月23日から2023年12月20日にかけて、主にこれまでの取材記録やインターネット検索、プレスリリース、Eメールおよび電話での取材を基にしたものです。

対象施設
有料/無料を問わず工作機械が利用可能な施設
利用者が自ら工作機械を操作できる施設

対象外施設
社員や生徒などに利用者を限定する企業/学校内施設
利用者が機械を直接利用できない制作/加工に特化した施設や店舗
ホームセンター内の施設など、小売店の一機能として提供している施設(2020年度調査より)

調査結果をまとめたグラフはクリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示–非営利–改変禁止 4.0 国際)の範囲であれば、ご自由にお使いいただけます。

調査協力:FabLab Japan Network
http://fablabjapan.org/

おすすめ記事

 

コメント

ニュース

編集部のおすすめ

連載・シリーズ

注目のキーワード

もっと見る