アジアのMakers by 高須正和
シンガポールの国家戦略に組み込まれる Maker Faire Singapore 2016
東京23区ぐらいの大きさの国土しかない小国シンガポールは、東南アジアで最初のMaker Faireを開催し、現役の閣僚がMakeを楽しみMaker Faireに続々と来訪する、Makerの国でもある。国営機関であるScience Centre Singaporeが運営するMaker Faire Singaporeは、年々倍以上の規模に拡大し、「小さな国の大きなMaker Faire」を実現している。6月23-25日の週末に開催されたMaker Faire Singaporeは、急成長するシンガポールのMakerシーンを象徴するイベントとなった。その様子をレポートする。
急成長するシンガポールのMaker Faire
僕が住んでいるシンガポールは、Maker Faireを開催している国の中ではいちばん小さい国だと思われる。国土はわずか南北23kmに東西42km。東京23区とほぼ同じぐらいの面積に約550万人が居住している。この550万人は、僕みたいな期限付き労働ビザや外国人留学生を含めた数で、シンガポール人は330万人あまりだ。横浜市が360万人なので、市がそのまま国になっているような都市国家である。
そのシンガポールは、台湾と並んで東南アジアで最初のMaker Faireを開催した国である。2012年にわずか30の出展者のMini Maker Faireから始まったシンガポールのMaker Faireは、2014年からMiniの取れたFeatured Faireとなった。
2015年の時点で、出展者は500を超え、来場者は1万2000人に届く。この小さいシンガポールに、25ものMaker Spaceが生まれている。Maker Faire Tokyoや台湾などと比肩するサイズのフェアが小国シンガポールで行われている。
なぜ国の機関がMaker Faireを運営するのか?
Maker Faire Singaporeは、この連載でもTinkerling Studioを紹介した、Science Centre Singaporeが運営主体となっている。Science Centre Singaporeはお台場の日本科学未来館に当たるような体験型の教育施設で、シンガポール教育省が運営している。国の機関が運営している、国営のMaker Faireといえる。ここに運営チームの一覧があるが、ボランティアで参加している僕や何人かのインターンのほかはScience Centre Singaporeの科学者たちだ。僕は2013年に初めてシンガポールのMini Maker Faireに参加し、2014年からは運営委員を務めている。
労働力(人口)も国土も小さなシンガポールは、国民全員を高度に情報化することによって、今でもアジアでもっとも高い生産性(日本のよりも高く、ヨーロッパ先進諸国並み)をさらに上げようとしている。“サイエンス”、“テクノロジー”、“作ることを楽しむこと”は、その重要な要素であり、国全体を「作ることを楽しむ人たち」に仕上げようとしている。すでにほとんどの中学校にはプログラミングの教育に加えてArduinoなどを使ったMake教育が導入されている。
Maker Faire Singaporeもその流れの中に位置づけられるイベントだ。規模の拡大とともに毎年場所を移して行われるMaker Faireは、今年は6月23~25日の週末、シンガポールのSUTD(Singapore University Technology and Design)で開催された。
ヴィヴィアン大臣が語る「テクノロジーの普及により、Makeはみんなのものとなった」
Maker Faire Singaporeの初日夜には、外務大臣にしてスマートネーション推進担当大臣を勤めるヴィヴィアン大臣がキーノートスピーチを行った。
彼は今もPython、Javascript、Raspberry Piや電子工作を用いてさまざまな開発をするMakerとして有名で、シンガポールのMakerたちの愛と尊敬を集めている。
途中でRaspberry Pi Zeroを大臣はポケットからを取り出した大臣の短いスピーチは、シンガポールのMakeに対する姿勢を明確に表すものだった。
これは補助金を含めて数ドルのコンピュータとして話題になったけど、補助金を抜いても数十ドルのものだ。僕がティーンエイジャーの頃最初に手に入れたコンピュータは何千ドルもした。今僕のポケットには何台ものコンピュータが入っている。安くなったコンピュータは社会に満ちあふれ、今もうこの会場には、人間よりもコンピュータやセンサーの数が多い。この小さいシンガポールに、1億ものコンピュータとセンサーがあふれる時代がすぐにやってくる。
センサとAIによるロボットが、ほとんどの単純労働をこなすようになり、答えの分かっている問題はロボットがやることになる。
「自分で考えて作る」ことこそが人間の次の世代の仕事だ。Makingは今や限られた特殊な人たちがやるものではなく、みんながやるものになった。
その後、大臣は時間を大幅に超過してほぼ全ブースを丁寧に見て回っていた。この日6月23日は、イギリスのEU離脱投票が決まったまさにその日で、朝から世界は大騒ぎだった。外務大臣がこの日Maker Faireに3時間いたのは、世界でシンガポールだけだと思う。
翌日からのMaker Faire本番では、ヤコブ・イムラヒム情報通信担当大臣がセレモニーに訪れ、おなじように各ブースを見学していった。現役の大臣が2名もMaker Faireに訪れるのも、シンガポール以外の国では珍しい風景だと思う。
「オカンアート」とクラフトコーナー、シンガポールのホビーが花開く
もちろん、政治家や官僚だけが盛り上がっているわけではない。華人の多いシンガポールほかマレー半島では、伝統的に手芸やハンドクラフトの文化があった。金融国家となった今もクラフト「オカンアート」などを楽しむシンガポール人は多い。Maker Faire Singaporeでも、1フロアがまるごとクラフトゾーンにあてられていた。
ここに見られるような作品たちは売られているものもあるが、最初からビジネスを考えて作ったというより、もともと得意で好きだったアクセサリー作りや手芸が高じて拡大してきた、まさにオカンアート的なクラフトによって作られたものだ。オカンアートは主婦の工作全般と、情念と暇つぶしのみで作った工作(ドアノブの手芸カバーとか)が家中を埋め尽くす様子を表した単語だが、シンガポールのそれは他人に見せて売ることも考えているせいか、もう少し洗練されたものが目立つ。
これはまさに伝統芸の、中華の書を扇子に書くブース。シンガポールで見られる中国語は簡体字も多いが、書の対象になるのは伝統的な字体のものだ。ブース全体の写真にあるバナーを見ればわかるように、これは伝統芸能というよりコスプレの文脈から出てきている。シンガポールはコスプレ大国でもあり、大規模なコスプレイベントが開かれている。
こちらは手芸の編みぐるみで、ゲリラ的にMaker Faireの会場を編み進めていく、日本でいう203gowさんのようなアートだ。
シンガポールのMakerシーンを支えるスタートアップたち
もちろん、政治家やクラフトだけがMaker Faire Singapore ではない。一般的にMaker Faireと聞いたときに予想するようなブースも多く見られる。
この連載でも紹介したウィリアム・フーイのESPertも、もちろんホームグラウンドであるシンガポールのMaker Faireにブースを構えている。
今回のMaker Faireは、シンガポールでMaker Faireが立ち上がって5回目ということで、初回から関わっている人たちは表彰を受けている。ウィリアムは最初のFaireの発起人であり、大きな拍手を受けていた。ESPartのまわりにも古参のMakerたちがあつまり、どの国のフェアにも共通する「Maker Faireっぽい」空間ができている。
Hackerspace Singaporeのメンバーが運営する通販サイト12GEEKSも初回からの出展。彼らもシンガポールのMakerシーンを支えるスタートアップと言える。シンガポールでArduinoやMakey Makeyのようなツールキットを入手する人多くが、12GEEKSから購入している。
ますます拡大が予測される
シンガポールは、未来に向けて年齢を問わない科学教育を大きな目標にしている。ほぼすべての国民がエンジニアリングやプログラミングの素養を持ち、テクノロジーを活用して新たな発明がドンドン生まれてくる国になることをさまざまな施策で志向している。例えばMaker Faire Singaporeの運営母体であるScience Centre Singaporeは、2020年を目処に数倍の大きさの新しい科学館にリニューアルすることが、首相直属のプロジェクトとして発表されている。「これまでMakeに触れていなかった人を引き込み、Maker同士をより楽しくさせ、活発化させる」というMaker Faireは、そうした目標にぴったり合っていると言える。
ますます拡大が予測される来年のMaker Faire Singaporeが、今から楽しみである。