企業もはじめるFab&Hack
深センで見たものづくりの原点——リコーにファブスペースができた理由
かつてあった姿が深センにはあった
さっそく上司にファブスペース構想を提案したが、すぐには了解が得られなかった。
「1年ぐらい前に提案したら『それを誰が喜んで、どれぐらいのフィードバックが会社にあるんだ』って話になってうまくいかなかったんですけど、その年の夏に中国の深センの工場やスタートアップを見学するツアーがあったので、上司も誘ったんですね。
彼はEMSで100万台単位の量産を経験してきた人なので『大量生産だけじゃない時代が始まっていて、深センにいっぱいそういう話があるから絶対見に行ったほうがいい』と言ったら、半信半疑ながらも参加してくれて」
深センではSeeedStudioやHAXLR8Rなど気鋭のスタートアップやアクセラレーターを見学。そこではエンジニアだけでなくマーケティングや企画職の人も試作品開発にいそしむ姿があった。
「大量の試作品を手にしながら『これは試作したけど駄目だったからやめた』みたいなことを言っていて、とにかく早く試作して駄目だったら別の試作をやるみたいな感じですごく面白かった。
上司も『リコーも昔はこうやってたけど、何で今はしないんだろう』と言ってくれて、私がやりたいことを理解してもらえました」
試作に必要な工作機器が安価だったことも後押しになった。
「会社の中の試作関連の機器って1台何億もすることもあるんですけど、深センで見たスタートアップやアクセラレーターは結構なクオリティの試作品を30万円ぐらいの機器で作っていました。会社の高い試作器で作ったものにはかないませんけど、少なくとも取っ掛かりとしてアイデアが面白いかどうかの判断ができる程度のものはできるし、そんなに安くできるならなおさら社内にファブスペースを作ろうという話になりました」
帰国後、井内さんはデジタルファブリケーション関連の事業提案をしたときの仲間に声をかけ、すぐに動き出した。新横浜事業所内に空いた部屋を見つけ、機材の調達や室内の家具の組み立ても自分たちで行った。
「近くにある大型家具店に行って棚や椅子とか買って自分たちで運んだりもして、ちょっと部活動っぽい感じもありましたね。前々から私がこういうスペースを作りたいと考えていたことは周囲も知ってましたので、最初の仲間以外の同僚や他部署の人も手伝ってくれました。部屋の準備と平行して『RICOH THETA』と3DプリンタとArduinoを使った試作品も作って、こういう場所があればこういうものができるという具体例も早い段階から作っておきました」
周囲に自分のアイデアを話すことでデジタルファブリケーションやファブラボの活動に興味を持つ仲間と繋がりが広がったことも大きかった。
「意識して周りに話したわけではなく、もともと興味があったことをごく自然に周囲に言っていたというのが正しいかもしれません。思っている事は言葉にしないと誰にも伝わらないし、『それ、俺もやりたい』って言ってくれる人も出てこないし見つからない」
井内さんがやりたい事を周囲に言い続けた結果、企画が承認され実行できる段階になった時点で多くの仲間の支援があったからこそ早い立ち上げが可能になった。
ファブスペース発であたらしいものを
現在は電気、機械、組み込みなどさまざまな専門分野を持つ仲間とチームを組んで運営にあたっている。部署ごとに管理していた3Dプリンタやレーザーカッターが誰でも使えるとあって見学に来る社員も少なくない。
「まずはここで面白いものをどんどん作ってMaker Faireに出したいですね。その中から『これ、もっと作りこんだほうがいいんじゃない?』と言われるようなものが出てきて、ゆくゆくは製品化まで進むものが誕生すればと思います」
社内サークル活動やワークショップでの活用にも取り組んでいきたいと井内さんは話す。
「ワークショップをどんどんやっていって、いろんな部署の人を呼びたいですね。今まで面識の無かった人同士が集まって、一緒に何か作ってみると普段とは違うアイデアが生まれるし、リピーターを増やしていって、『あそこに行ったらなんか面白いことがあるよ』って言ってもらえる場所にしたいですね。また、社員だけじゃなくて社員の家族や社外の人も参加できるようなものも企画したいと思います」
この取材の後、機材の使い方講習会や利用希望者向け説明会にリコーのグループ会社や社外から申し込みが入るようになり、ワークショップやハッカソンも開催され、好調なスタートを切ったという。
上司に却下されないためのファブスペースとして始まったつくる~む新横は、社内外の人たちをつなげるファブスペースとして多くの人から注目され始めている。
※本文中の所属は2015年3月時点のものです。