Fabbleの使い方
Fab(ble)から生まれた新しい教育/学習スタイルとは?——「ものづくり」と「ものがたり」の連動・補完・相互作用
「ものづくり」と「ものがたり」を編み合わせるために
留学を終えて帰国した後、慶応大学SFCにおいて、同様のやりかたで授業を始めてみましたが、効果はすぐにありました。まず、手元にプロトタイプがある。そして、Web上には、その生の制作過程を記録した文章や材料がある。この2つを組み合わせて話を始めると、本当にその人の「内側」から言葉が生成されてくるのが分かるのです。Googleでちょいちょい調べて、切り貼りコピペして作っただけの、即席適当PowerPointによる発表とは雲泥の差があると思いました。即席適当PowerPointは、たいてい言葉は『借り物』にすぎず、自分の内側から生まれていないのではないでしょうか。このような発表会を週1回、1学期に14回程度続けると、毎週毎週積み重ねてきた「エピソード」が数カ月をかけてひとつの線へとつながりはじめ、だんだん大きな、その人ならではの「太いストーリー」へと昇華していく成長プロセスを踏みます。
そして、半年間の授業の最終段階では、「ものづくり」と「ものがたり」を自在に絡み合わせながらプロジェクトを構成できるようになっているのです。この「ものづくり」と「ものがたり」を絡み合わせる、という方法論は、慶応大学SFC出身で現在はTakram Design Engineeringの渡邉康太郎さんの『ストーリー・ウィーヴィング』(ダイヤモンド社刊、2011)で紹介されていたやりかたでもあります。渡邉さんもこの本のなかで、「『作ること』と『語ること』を同時進行させ、2つを相互作用させる」ことの重要性を語っています。コンセプト(言葉)を先に全部固めてしまってから制作をするのでもなく、逆に、制作を先にしてしまってから後付けの説明ストーリーを捏造するのでもなく、2つを車の両輪のように同時に走らせることに意味がある、というわけです。
慶応大学SFCでこのスタイルを試しているうち、ICT時代の新しい教育学習法として、手ごたえが感じられるようになってきました。そして次第に、この授業の進め方のノウハウ自体をWebサービスにまとめられたら、方法を確立できると同時に、日本中のファブラボや教育機関でも試してもらえるのではないかと思うようになったのです。そうした考えが、「オープンソース」や「ものづくりの知識のレシピ化」といった他の文脈とも混ざりあいはじめ、同僚の筧康明先生やMozilla Japanの方々と意気投合してはじまったプロジェクトが“Fabble”でした。
研究室でも、授業でも、そして展示でも
筧康明先生の回にもあったように、Fabbleと名付けられる前、このサービスは「GitFab」という仮名称で試験運用され、さまざまな可能性が学生とともに検討されました。そして2015年の1月、Fabbleという名称で、現在の仕様の原型となるサービスがリリースされました。以来、私も利用者としてさまざまなレベルでFabbleを活用しています。
まず田中浩也研究室では、学生ひとりひとりがアカウントを持ち、ひとつのグループ(田中浩也研究室)のメンバーとして登録しています。そうすると、研究室のメンバーの誰かひとりがメモなどを更新・追加すると、Notificationがつき、他のメンバーにもそれが伝わります。研究室では、Fabbleの「メモ」欄に、関連研究や関連作品のURLを書き込むことが多いのですが、この機能によって、それを研究室内みんなで共有できているのです。研究室のゼミではみんなFabbleを使ってその週の活動を報告します。
また、連載第2回で樋山理紗さんが報告してくれたように、授業でもFabbleを全面的に活用しています。慶応大学SFCの授業「デジタルファブリケーション」では、最終作品の製作記録をFabbleでつけ、最終発表会では完成した作品(実物)と共に、Fabbleでストーリーを語ることを求めました。発表会は非常にスムーズに進行し、履修生もうまく自分の体験を「上滑りではない自分の生の言葉」で語ることができていたと思います。先にも書いたように、これまで、授業の最後にPowerPointで発表をまとめることを求めた場合、特に最近の大学では「IoT」とか「ヒューマンセンタード」など、流行りの言葉だけで自分の作品を飾り立てて、ごまかしてしまい、結局、自分の言葉で自分の作品を説明できない状態に陥ってしまうことがよくありました。しかし、Fabbleは制作日記ですから、そういうことはまず起こりません。
さらに、この「デジタルファブリケーション」の授業では、制作した実物のランプシェードを慶応大学SFC内の「SBCセンター(SBCはStudent Build Campusの略)」に2年間展示しているのですが、その空間の壁には、各作品の短い紹介文とQRコードが添えられています。
展示物が規定のテンプレートに沿ってレーザーカッターで「タグ化」される。QRコードにはFabbleの制作レシピサイトへのリンクが埋め込まれている。
そのQRコードには実はFabbleへのリンクが埋め込まれています。SBCセンターで作品を見て興味を持った学生は、その作品の制作者自身がつけた『制作日記』へとアクセスできるような仕掛けになっているのです。ただ作品を鑑賞するだけではなく、制作プロセスを見れば、より理解も深まり、自分もなにか作ってみようとする意志が芽生えるかもしれません。こうして、Fabbleは、「つくる人」どうしだけなく、「つかう人」までエンゲージメントするツールとして、利用されるようになってきているのです。