新しいものづくりがわかるメディア

RSS


今月もクラウドファンディングに◯◯万円使っちゃいました by Kibidango

5年待っても僕がテスラの車を欲しかった理由——テスラが実証した「クラウドファンディング」的な事業成長の軌跡

実際にロードスターが出荷されたのは2008年3月から。最初の100台の注文を届け切ったのは2008年末。当初の予定からは約1年遅れでした。この頃は今と違って、そもそもクルマを出すことができるのかどうかも怪しい状態でした。

ただ、すごいのは2008年末の時点ですでに2007年、2008年生産分は売り切っており、900台の予約注文を抱えていたという事実。そして、2012年までに最終的に2500台弱を作りロードスターは生産を終了します。

二番目のクルマとなる4ドアセダンのモデルSも同様です。2006年のロードスター発表時にすでに構想は発表されていた4ドアセダン。その生産にあたっては、そもそも大量生産ができる拠点が必要でした。もともとロードスターは、同社の本社内の空いているフロアを使ってアセンブリが行われていました。

ところが2007〜8年のリーマンショックを経て自動車業界は激動の時代を迎えます。GMが国有化、クライスラーが倒産と、米国自動車業界が信じられない形で変容していく中、テスラもリストラを経て2008年10月にマスクが第四代のCEOに就任します。この時点までにマスクが同社に個人で投資した金額は55百万ドル(55億円)

その後もリストラで従業員の4分の1を減らし、倒産の危機を逃れるために何度も資金調達を行います。

そして2010年に、自動車史上で日米の巨人が手を結んだとして象徴的な存在だった、トヨタとGMとの合弁工場であるNUMMI(2009年に閉鎖発表)を買い取る形で念願の大規模生産拠点を確保します。その後紆余曲折がありながらも、ようやくモデルSが完成します。その納車イベントはメディアも集められ、盛大に行われました。

ただ、その後も2013年2月半ば、予約をうまく売上に結びつけることができず、再び経営危機が同社を襲います。この時には、500人を営業に人員転換したことで、予約はしていたものの注文をちゅうちょしていた人たちが次々と売買契約を締結、数週間分の現金しかなかった2013年の第1四半期を何とか乗り切ったという逸話が残っています。

ニュース

編集部のおすすめ

連載・シリーズ

注目のキーワード

もっと見る