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アジアのMakers by 高須正和

Makerムーブメントで2015年に予想したことは、どれだけ当たったか

2016年1月に「メイカーズのエコシステム」(インプレスR&D)を出版した。原稿はほぼ2015年に書いていた。そして2020年7月31日に「プロトタイプシティ 深センと世界的イノベーション」(共著、KADOKAWA)を出版する。
どちらの本も、出版の言い出しっぺは僕だが、全体はニコ技深センコミュニティという、僕とJENESISの藤岡さんが共同発起人になって始めたコミュニティで話し合って寄稿してもらい作ったものだ。メイカーズのエコシステムがMakerを前面に押し出したのに比べて、今回のプロトタイプシティはビジネス本的な内容になっているが、どちらの本でも自分のパートではMakerムーブメントの可能性、Makerがどうやって社会を変えていくかについて紹介している。

同じことを5年の間隔を開けて説明するのは良い機会なので「この5年間で変わったことは何か、未来予測が当たったところと外れたのはどこか」についてまとめてみよう。

ニコ技深センコミュニティで作成した年表。2016年前半の時点だと、深センはマイナーな街だったし、Makerムーブメントは何よりもお金を生むものと考えられていた。 ニコ技深センコミュニティで作成した年表。2016年前半の時点だと、深センはマイナーな街だったし、Makerムーブメントは何よりもお金を生むものと考えられていた。

2020年に見つかったMakerムーブメントの新しい価値

改めて両方の原稿を見てみると、その間ずっとfabcrossに連載してきたさまざまなレポートと同じく、基本的には一貫してMakerの可能性を書いている。その中で差分を見る上で一番良いのは、「2020年に書いていて、2015年には書いていなかったこと」だろう。たとえば以下のようなことは、2015年以降に僕が気づいた可能性だ。

・深センという街に注目が集まる
メイカーズのエコシステムがこのタイトルになっているのは、2015年の前半に元原稿を、Maker本を出してくれそうないろんな編集者のところに持ち込んだときに、「深センってどこですか?」から説明をする必要があるほど深圳がマイナーで、書籍のタイトルに入れるのは反対されたからだ。広い意味でイノベーションについて書いているので、プロトタイプシティのメインタイトルからもやっぱり深センは外れたが、こちらは「すっかり有名になったので新鮮味がない」という理由からだった。このように、街に対する注目はこの5年で大きく変わった。
・東南アジア諸国の躍進
今も20万台のマイコンボードを配布したタイ政府と、プログラミング教育のジレンマ記事が読まれているように、ここ数年のMakerムーブメントのアジアでの盛り上がりはすごい。
・安価なAIチップの登場によるAIとハードウェアの融合
目指すはオープンなAIプラットフォームの構築 深センSiPEEDの挑戦などの記事で見るように、AIの範囲が広がり、ハードウェアと融合したものも出てきている。
・コンピュータサイエンスの重要性が増している
DIYで作られるハードウェアもますます高度化している。また英国がコンピューターの歴史を作るときが来た——「英国のMakerムーブメントは世界一」Raspberry Pi財団代表エベン・アプトンが語るにあるように、ムーアの法則まで含めたコンピュータサイエンスがますます重要になってきている。
・中国ハードウェアスタートアップの躍進
もう少し、中国のスタートアップは欧米で有名になったものを安く作る、みたいな時代が続くかと思ったが違った。これは次の項で特記する。
・ハードウェア量産は今でも(中国以外では)大きな課題
これはむしろ予測が外れた方かもしれない。これも次の項で特記しよう。

(中国では)成熟しているハードウェアスタートアップのエコシステム

2015年頃僕が愛用していたガジェットは、だいたい大企業の製品だったが、今はスタートアップが作ったものの割合が多い。

などはすべてハードウェアスタートアップの製品だ。こういうコンシューマエレクトロニクスに近い部分のハードウェアが、スタートアップ製で占められるのはあまり想像できなかった。とはいえ、ハードウェアスタートアップの世界では中国企業の存在感がとても大きく、他の国々とかなり違う。中国のECサイトでは次々に面白いハードウェアが出てきている。

個人的にすごく欲しい、モーターで変型してくれるロボットベッド。Xiaomiがプロデュースしているクラウドファンディングサイトで大成功。 個人的にすごく欲しい、モーターで変型してくれるロボットベッド。Xiaomiがプロデュースしているクラウドファンディングサイトで大成功。

上記のロボットベッドは4099元(約6万3000円)、Xiaomiのパーソナルモビリティは1999元(約3万円)、追尾してくれるロボットスーツケースも同価格である。大物でモーター入りのロボットでもそんな価格でスタートアップが製造販売できて、もっとシンプルなIoTなら数千円で出てくるなら、どんな大企業とも勝負していけるだろう。だが、残念ながらそういうスタートアップ→クラウドファンディング→大成功してみるみる大企業へ というプロセスができているのは、今のところ中国(さらにいうと深セン周り)ぐらいだ。

また、マイクロプロセッサのCANAAN(北京)やESPRESSIF SYSTEMS(上海)、先ほど挙げたSiPEEDや日本でも大ヒット中の「M5Stack」など、コンシューマエレクトロニクスだけでない、もっと深い部分についてもスタートアップが出てきているが、ここでも中国の存在感が大きくなっている。

音楽デバイスや楽器など、趣味性が高い分野では中国以外のスタートアップも健闘している。先ほどリストアップしたうちのNuraLoopはオーストラリアの会社だ。また、fabcrossでも記事が出ているインスタコードのように、JENESISほか深センEMSの利用は、2015年当時よりも今の方が、知見がたまっている。とはいえ、ボリュームの小さいスタートアップの製品で、大企業とまったく同じ市場で正面から勝負していくのはつらいし、日本と深センの差が埋まったわけではないことは、このレポートに詳しい。

スタートアップは日本で量産できない——深センのジェネシスがスタートアップの駆け込み寺EMSになった理由|fabcross

また、新著プロトタイプシティでは藤岡淳一さんがまるまる1章、製造についての事情を書いている。

これまでリストアップしたものは日本では合法的に使用できないものも多い。日本の家電量販店でスタートアップの製品の影は薄い。「Makerムーブメントは終わった」的な話を日本で多く聞くが、メイカースペースのビジネスモデル バブル期を越えてで書いたとおり、深センに住んで日々新製品に飛びついている僕が、いまひとつその感覚を共有できていないのは、そのせいじゃないかと思う。

2015年に見ていたMakerムーブメントは今も変わらない

一方で、2015年も今も変わらずポジティブに感じるMakerムーブメントの可能性は大きい。2015年でも2020年でも、以下のような要素は共通している。

  • オープンソースソフトウェアによってシステム開発のハードルが下がってYahooやGoogleみたいなベンチャーが生まれ、クラウドによってシステム開発から大規模化に向かうハードルが下がり、スタートアップアクセラレータによってスタートアップがよりたくさん出てくるようになった。
  • DJI、Xiaomi、GoProみたいなハードウェアのスタートアップが続々出てきている。
  • GoProは同じカメラメーカーで伝統的な製造業のニコンを時価総額で抜いた。そういう事例がもっと起こるかも。(これはまさにトヨタとテスラで起きた)
  • とはいえ、そういうトップよりもボトムアップを増やすことが大事で、アメリカも中国も学校にFablabを作ることにすごく投資をしている。
  • ソフトウェアに比べるとハードウェアは最初の資金調達が必要なのだけど、Pebbleのようにクラウドファンディングの成功例も続々出ている。僕は試しに30万円ほどいろいろなハードウェアを出資したら、80%ぐらい納期遅れしたけど、クラウドファンディングはそういうものだ。(これは中国以外ではそうなってない)
  • オープンソースソフトウェアも、開発者向けのエディターやサーバー向けソフトから広まり始めているし、勢いが強い。ハードウェアもそういうところ、マイコンボードや3Dプリンターから来るんじゃないか。
  • PCB(プリント基板)のオンライン製造も人気になったし、発表の場やマーケティングの方法もできた。同人誌的なハードウェアがますます増えるだろう。

こうしてみてみると、全体的には大きく外していないようだが、ハードウェアにおける中国のアドバンテージはむしろ大きくなっているかもしれない。

今後のMakerムーブメントを予測する

プログラミングや大規模システムの開発はかつて、資本を持つ集団に所属してやっと始められる限られた専門職だった。ところが、さまざまなオープンソースのプロジェクトによって、誰でも巨大システムの開発スキルを身に付けられるようになった。こうした技術の民主化は、ソフトウェア開発だけでなくあらゆる側面に及んでいる。Makerムーブメントはその一つだ。

アメリカのGoogleやFacebookも、中国のファーウェイやアリババも多くのオープンソースプロジェクトを公開し、自分たちの取り組む問題に多くのエンジニアを巻き込もうとしている。中国発のプロジェクトは言語の壁があって中華圏のエンジニアに偏りがちだが、アメリカの大学で働く中国人研究者などはGoogleのプロジェクトにもAlibabaのプロジェクトにも分け隔てなく参加している。ハードウェアについては中国の強さが目立つ中で、Googleは半導体製造をオープン化するプロジェクトFOSSiへのサポートを始めた。

そうした要素から、

  • どういうものがどう作られているか
  • どういう技術や手段がどう民主化されつつあるか
  • コンピューターにできることとできないことはなにか

についてコミットし続けることが、今後のMakerムーブメントを予測することに繋がるだろう。

総論として、2015年の予測はおおむね外れておらず、Makerムーブメントは今も世界を変え続けている。一方でハードウェアスタートアップの分野で中国とそれ以外でここまで大きく差が付くとは思わなかった。中国のハードウェア企業は、僕の予測を上回って実力を付けつつある。東南アジアがここに続くのかは興味深く、また新型コロナ前のように飛び回りたいところだ。

今後もAI、半導体といった分野で技術の民主化はさらに進み、Makerムーブメントは拡大していくだろう。そこでは日本のエンジニアコミュニティにスポットライトが当たることも多いに違いない。

【著者からのお知らせ】
2020年7月31日に「プロトタイプシティ 深センと世界的イノベーション」という書籍をKADOKAWAから出版しました。

定価: 2640円(税込)
詳細:https://store.kadokawa.co.jp/shop/g/g321810000028/

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